楽しいニュースをまとめてみました。

2022年8月5日(金)東京・サンシャイン劇場にて幕を開けた舞台『漆黒天-始の語り-』。初日を前に行われたゲネプロの模様をレポートしたい。

※本文記事にはネタバレの要素が含まれています。ご注意ください。

 

これは、数奇な運命に飲み込まれた双子の物語である。

聡明な妻と愛しい子供たち、そして家族同然の心友や慕ってくれる弟子らと共に日々を平穏に暮らしていた宇内陽之介。あるとき、陽之介の強さを伝え聞いた二郎太と三郎太の兄弟が、自身が営む道場に「兄の仇討ちのために剣を教えてほしい」とやってくる。ふたりの敵は近頃「日陰事変」などと呼ばれるほどに江戸の町で好き勝手暴れているはぐれ者集団・日陰党。しかし、そのお頭の旭太郎は、陽之介とうりふたつであった──!

幕開け、屈託なく壮健、まっすぐおおらかな陽之介はまさに誰からも好かれ頼りにされるお日様のような存在。演じるのは荒木宏文。柔和な表情と嘘のない言葉がパンっと心に飛び込んでくる“ザ・主人公”のオーラが心地よい。一方、様々な理由で社会からこぼれ落ち、手を汚し、泥水をすすりながら生きながらえてきた者たちを束ねている旭太郎。町へ斬りに出る際は面をつけ、「生まれてから一度も笑ったことがない。いつかお前たちと一緒に笑いたい」とつぶやく。剣の腕は人外級。圧倒的なカリスマ性を纏ったこのダークヒーローもまた、演じるのは荒木宏文だ。生まれてすぐに引き離され、天と地ほどの差の境遇でここまで生きてきた双子を、場面場面で瞬時にしなやかに演じ分けていく。

独自の判断で腕の立つ道場主たちに声をかけ、日陰党討伐の壮絶な闘いを仕掛けていく与力の玖良間士道を演じるのは鈴木裕樹。個性の強いキャラクターが多々登場する中、表裏のない武士らしい武士を正統派の佇まいで表現。意志の強さがきっちりと乗った台詞回しが勇ましかった。同じく武士道を抱き常に身なりを正した精錬さが目を引くのは嘉田蔵近。演じる梅津瑞樹は道場主仲間として、幼馴染として、心友として、常に陽之介の傍で己の信念を貫くストイックなキャラクターを造型。胸の内の熱情激しく、その生き様を剣に乗せた。

不器用で粗野なところもあるが心の綺麗な人情派兄弟・二郎太と三郎太を演じる松田凌と長妻怜央は、デコボココンビの愛嬌もあってコメディリリーフとしても魅力的だった。陽之介の元で確実に“守るための剣”の腕を磨き、やがて本当の意味で剣を振るうことの大切さと人を斬ることの虚しさや哀しさを知り、もうひとつ上の強さを獲得しながら生きることを問うていく精神の成長が胸を打つ。

日陰党のメンバーは曲者揃い。金髪で鎌と剣の二刀流、とにかく俊敏に暴れまくる伽羅役の橋下祥平は旭太郎大好きっ子。クライマックス、彼の笑い声に込められていた深い思いがこちらの胸に深く刺さってくる。ゴージャスな着物に身を包む蒿雀は、伽羅の兄貴分。演じる松本寛也は、自身の生い立ちへのトラウマを抱えながらもぶっきらぼうに仲間を思う人間臭さをふんだんに込めてくれた。千蛇役の加藤大悟はフェミニンな怪しさの中に世を儚む悲しみを詰め込んだような空気を丁寧に振りまき、印象を残した。集団の中で一番の年嵩であろう來役の安田桃太郎は“生き残ってしまった”侍の亡霊のごとく、血の匂いに心躍らせる座頭を泥臭く舞台上へ刻みつけていく。

陽之介と旭太郎。ふたりはそれぞれ子供の頃から繰り返し夢を見ていた。その夢とは互いに存在を知らぬはずの相手の人生を生きる夢。長い間、夢の中でもうひとりの自分として生きる体験を断続的にしてきたふたりが正面切って対峙した瞬間、心のうちに抱いていた疑惑が確信となり、彼らの中にあった世の理が全てひっくり返っていく。親しい者でも見分けのつかないくらい「離れて生きてきたのに境遇以外は全て生き写しのよう」な目の前の“自分”。その衝撃に「自分は本当に自分なのか?」という思いにとらわれるのは同じだが、日陰の生き方に飲み込まれることを恐れる陽之介と、日なたの生き方に憧れ引き寄せられていく旭太郎。現実の出来事と並行して精神に起きる改革が真逆なベクトルを示す彼らの精神世界が舞台上に現れるたび、観客も、今どちらを観ているのかが曖昧になっていく。拍車をかけるように陽之介の温かい大地にじっとりと湿り気が侵食し、旭太郎の苔むす大地にカラリとした陽光が差していき──始めに「演じ分ける」と言ったが、むしろ荒木はこのふたりを次第に「融合」させることに演じる喜びを見出し、物語の進行と共に陽之介×旭太郎という第3の人物を生み出しているのではないだろうか? そこに、嬉しくもゾクッとさせられた。

血気盛んな剣戟とふたりの青年の魂のストーリーが渾然となった『漆黒天』。繰り返し観るほどに新たな観劇後感が生まれてくるタイプの、ぬめりとした1作だ。

宇内陽之介役:荒木宏文  初日コメント

開幕を迎える事が容易ではないこの時勢に今日を迎えられる事をとても幸せに思います。常日頃から毎公演初日であり千秋楽の意識で行っていましたが、実際にこのカンパニー、このキャストでできるのがこの一公演のみになるかもしれない状況に置かれ、より一層その想いは強くなりました。

誠心誠意、最高の公演を許される限り届け続けて参ります。

宜しくお願い申し上げます。

取材・文=横澤由香