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いわゆる日本に定着してきた「それ」とはひと味、ふた味も違うテイストのオリジナル・ミュージカルを手がけている「conSept」という、宋元燮がプロデュースするチームがある。“~Simple, Small but Special~”を掲げ、これまでのキャリアや常識ではなく、描きたいテーマに必要だからこそのスタッフやキャストを起用している。いや、どこだってそうだと言われてしまえばそれまでだが、少し注目していてほしい。次回作『SERI〜ひとつのいのち』(2022年10月6日~16日 東京・博品館劇場、10月22日〜23日 大阪・松下IMPホール)は、異国の地で働くキャリアウーマンが、両眼性無眼球症という見えない、話せない、歩けないという障害のある娘が誕生したことから、押し寄せてくるさまざまな難問に立ち向かう姿をつづった倉本美香の「未完の贈り物」(2012年刊)を原作にしている。娘の名は千璃(せり)。舞台では、彼女自身が感じたかも知れないことに想像を巡らせ、千璃と母・美香、父・丈晴の親子を通して、人と人が共感し共存することの本質を探り、描いていく。音楽を手がけるのはconSeptのオリジナル作『いつか~one fine day』『GREY』をはじめ、最近は各方面で高い注目を集める若手・桑原まこ。演出はconSept作品に振付家として参加してきた「泥棒対策ライト」の下司尚実がミュージカルに初挑戦する。プロデューサーの宋元燮を交え、話を聞いた。

『SERI〜ひとつのいのち』出演者のめんめん

『SERI〜ひとつのいのち』出演者のめんめん

 

――座組みが面白いですね。もちろん、桑原さんをはじめ、ミュージカル畑の方もいらっしゃいますが、ミュージカルのイメージのない方も顔をそろえています。まずクリエイターから紹介してください。

 原作である倉本さんのご本は知人からの紹介でしたが、障害のある子の話であり親子の話でもあり、しかも母親の目線で描かれているので、女性のクリエイターと一緒に創作したいと考えました。桑原まこさんはうちの作品のほとんどに関わってくださっていて、オリジナルは3作品目になるんです。これまでと座組みを変えてみたいということを桑原さんに話し、脚本と作詞を高橋亜子さんにお願いしました。演出家を決めるにあたっては、話せない見えない千璃さんのことをどう表現するかが根幹になることと、千璃さんを中心に置きたいという思いがありました。たぶん動きでの表現になるだろうと思い、これまでご一緒した方で、コンテンポラリーにより過ぎず、かといってど真ん中のミュージカルの表現とも違う下司尚実さんにお願いすることになりました。

――キャストの皆さんはいかがですか。 

 障害の話だけじゃなく、多様性をテーマにしたかったので、なるべくいろいろなところから集めたかったんです。下司さんがこれまで出会ってこられた方が、僕とはだいぶ違うこともあって、この人を必ず呼ぶということではなく、脚本を真ん中に置き、この役にはどういう人が必要か一人ずつ相談して決めました。全員がそれぞれ個性がある状態になることが理想ではありましたね。

――下司さん、お話をもらったときはどんな思いを抱きましたか。

下司 もちろんうれしかったですけど、最初は「どうして私なんですか」とお返事したような気がします。でもミュージカルの演出に挑戦してみたいという思いがあったのと、東京2020パラリンピックの閉会式で旗手入場のシーンの振付を担当させていただいたときに気づいたことが大きく関わって、お受けすることを決めました。日本に暮らしていると障害を抱えた人と会わないまま、もしくは距離を置いたまま生きていくことが当たり前になっているようなそんな感覚にハッとしたんです。私もその中の一人で、でもそのことに気づいたなら出会っていきたい、気づいていきたいと思っていたんです。なのでお話をいただいた時点でこれはとても難しい作品づくりになるだろうと思いながらも、やるべき仕事だなと何かピンとくるものがありました。

下司尚実

下司尚実

――主宰されている「泥棒対策ライト」というプロデュースユニットでの活動もここにつながっている部分もあるのでしょうか?

下司 個性がバラバラな人たちをキャスティングするようにしていて、役者に踊ってもらう、タップダンサーに演じてもらうなど、いろいろなジャンルの人と得意なことも不得意なことも愛しながら、登場人物の弱いところ、柔らかいところを描いていくうちに思わず共感して笑っちゃうみたいな創作活動を行なってきました。やっぱり人間って完璧ではないから面白いし、自分で嫌だなと思うところも他の人から見るとかわいく見えたりして、浮いたり沈んだり凸凹を抱えて生きている。自分を愛せないときがあっても、だれかが幸せになれると思えたら、もしかして自分も幸せになれるんじゃないかという、祈りみたいなものも込めてつくっています。

――桑原さんもオファーがあったときの印象を聞かせてください。

桑原 宋さんとは『グーテンバーグ!ザ・ミュージカル!』(2017)で出会いました。私はとても落ち込んでいた時期で、その仕事をやって本当に良かったと今も思えるんです。私は線引きをするのがあまり好きじゃない。人間って「この人はこうだ」と勝手に決められたら、そっちに引きずられてしまうことがあるじゃないですか。私も「明るいよね」と言われたら明るくいなきゃいけないと囚われてしまいますし、縛られている方も多いと思うんです。それは演劇でも同じことが言えると思うんですけど、宋さんは自由になることを許して見守ってくださる。突拍子もない発想が何か面白いものを生み出すことにつながっていると思う。それでいて作品それぞれに強いテーマがあるので、みんなでそこに向かえるから座組みはとても雰囲気がいいし、やって良かったと思える作品ができ上がるのだと思います。身の丈に合わない大きなものではなくて、「小さな宝物をつくりましょう」みたいな雰囲気が私は素敵だと思ってご一緒させていただいています。それは今回も同じですね。

桑原まこ

桑原まこ

――戯曲に向き合ってどうだったかを伺います。

下司 まず原作の文章の端々から美香さんの持つエネルギーを感じました。千璃さんにすごくいろいろなことが起きているのに、美香さんの強烈さがそれに負けておらず、読んでいても何か正面衝突したような、圧倒されるような感覚になりました。そうした美香さんだから千璃さんが会いにきたのかもしれないとも思えるようなパワーを感じたんです。もちろん美香さんにしたら、知らない人間にそんなことは言われたくないだろうし、簡単に言ってくれるなよと思われるのもわかっています。でもなんかこう「美香さんすごいな」と読みながら何回か呟いていたような気がします。

 そして戯曲では、旦那さんである丈晴さんの存在が大きいんです。原作でも旦那さんが美香さんを支えていることを感じられる描写があるのですが、戯曲では実体を持ち、ともすればどこかの家庭でもあるようなすれ違いや、千璃さんへの向き合い方の違いやそれによって生じる心の揺れが描かれ、より物語や千璃さんが身近に感じられるように思いました。

桑原 原作を読んだあと、私は少し考える時間をくださいとお願いして、2、3カ月いただいちゃったんです。原作に衝撃を受けたり感動して泣いちゃうというレベルではなく、たとえば隣に千璃さんが来てくれたときに自然に話しかけられるぐらいまで落とし込んでから引き受けたいと思い、何度も原作を読みました。

 戯曲を読んだ印象は「あれ、曲が多いぞ」って(笑)。音楽に何とかしてもらおうという戯曲も結構あるんですよ。でも亜子さんの戯曲はそうじゃなくて、この物語を伝えるには音楽が必要なんだという意図を感じました。これは責任重大だと思って、そこからまた時間をいただきました。そのときに、偶然「Coda コーダ あいのうた」という映画を見たんです。両親と兄の四人家族の中で、一人だけ耳が聴こえる少女のお話ですが、一度耳の聴こえない家族の視点になる瞬間があるんです。もし千璃さんの立場になったらと考えてみたら、いろいろな音であふれていて、聴いたことのない音や楽しい音など、音がカラフルであったら、それだけでいいんじゃないかと思ったんです。

桑原まこ

桑原まこ

 そこから書き始められました。そのときに亜子さんが書いた言葉と、美香さんの感情が伝わること、日本語がきれいに聞こえること、お客様がストレスなく物語に入れることをルールにして取り組みました。マルチリードを起用して、サックス、フルート、クラリネットも使います。そういう彩りを音楽で与えたかったんです。

――下司さん、どんな演出プランを検討されていらっしゃいますか?

下司 まず亜子さんが、とても物語に入りやすくなるように戯曲を書いてくださったことに感謝しています。私がわがままを言って、亜子さんにこういうふうに物語を始めたいとお話しして、それを踏まえて書き換えてくださったことで取り掛かりやすくなり、走り出せる予感がしました。まこさんとは何回かご一緒させていただいていますが、不意に口ずさんでしまう曲が多々あって、すごく素敵な作曲家さんだと思っています。今回も1曲目から気持ちのこわばりがふわっと抜けるような、鮮やかな音が聞こえてくる素敵な曲をいただいたので、しっかり応えていきたいと思っています。何かバトンを渡されたような気がしました。

桑原 ありがとうございます。先ほど下司さんがおっしゃったオープニングを変えた案が曲の書き始めも導いてくれたんです。亜子さんの戯曲、下司さんの演出、私の音楽それぞれが引っ張り合う印象があります。この作品は情報を的確に伝えなければいけないので、言葉が難しいし、多い。そして美香さんの感情の振り幅をしっかり伝えることも重要なので、それを音で表現する必要もありました。美香さんの感情に寄り添う曲は自分なりに実現できたと思います。あとはどの曲も演奏が忙しい。もうハードワークです、全員。とにかく音楽がずっと鳴っているんです。期待していてください!

下司尚実

下司尚実

――冒頭にも伺いましたが、ミュージカルから想像するキャスティングとはひと味違う印象がありますが、その意図をあらためて教えてください。

下司 スターがいて、2番手3番手が支えて、そしてアンサンブルという感じじゃなく、全員野球をできるキャスティングを目指しました。当たり前ですが、各々が責任感を持ってそれぞれのポジションに向き合っていくことでしか、この作品のコンセプトを叶えられない。だからチームになれる人を宋さんと一緒に探しました。豪奢のミュージカルではないかもしれないけれど、皆さんにポッと温もりを届けたい。そのためには汗をかいていかないといけないし、出演者の熱が感じられる異種格闘技戦みたいな強度のある作品になると思います。目指します。

――千璃さんを演じる山口乃々華さんはどんなふうな存在になりそうですか?

下司 やはり身体を使って全身で表現していくことになります。写実的にというよりは内側からのエネルギーを使った身体表現で千璃さんを描きたいと思っています。ともするとご両親の話になってしまいそうになるけれど、千璃さんの話であり、だれにでも起こりうる物語として体感するようにしたいし、その積み重ねが多様性に結びつくのではないかと思っているんです。演出としては、全部リアルにしようとしてもどうにも追いつかない。でもお客様は想像してくださるから、その想像力をノックするようなつくり方をしていきたいです。シンプルにクリアに、手の届く表現を目指していきたいです。

 自分の出自をいうとダンス界と演劇界が重なり合ったところで創作力を培ってきました。小野寺修二さんのもとでプロの世界に入り、その後、野田秀樹さんという演劇だけど身体をすごい使う人と、近藤良平さんというダンスだけど演劇の心も使う人に同時に出会って、その現場を経て泥棒対策ライトを起ち上げ、公演を重ねるうちに演劇作品の振付をする仕事をいただくようになりました。何かそういう自分が歩いてきた道を信じ、エネルギーにして試行錯誤していきたいと思ってます。

取材・文:いまいこういち