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2023年1月、クラブチッタ川崎が新しいツーマンライブシリーズをスタートさせる。その第一回目にエントリーされたのが、90年代から一貫して日本のポップスの良心を体現し続けるアーティスト・堂島孝平と、バンドとソロ活動を並行させ、近年はアニソンシーンでの活躍でも知られるアーティスト・大石昌良の二人が共演する「MY CITY TOWN ~堂島孝平×大石昌良~」だ。理想のポップスを追い求める同志として、久々の共演を前に顔を合わせ、ライブのこと、現代のシンガーソングライターシーンのこと、曲作りの喜びと苦しみ、楽曲提供のエピソードなど、様々なテーマについて語ってもらった。

――お二人の最初の出会いというと、いつ頃になりますか。

堂島:僕が覚えているのは、MBS(ラジオ)にプロモーションか何かで行った時に、Sound Scheduleがたまたまいて、挨拶しに来てくれたこと。たぶん20年近く前だと思う。

大石:そもそも、僕が所属しているSound Scheduleというバンドは、神戸商科大学、今は兵庫県立大学という名前になってるんですけど、そこの軽音楽部で組んだバンドなんですね。そして堂島さんは、僕らの在学中に学園祭に来ていただいたんですよ。学園祭に来ていただけるアーティストなんて、一生先輩じゃないですか(笑)。

堂島:そういうの、意外と覚えてるよね。学生さんは。

大石:その時に感動しながらライブを見て、プロのライブってすごいんだなと思いました。その時堂島さんのMCで覚えてるのが、会場になっていた講堂の中がすごく暑くて、最初から最後まで脇汗自慢をしていたという(笑)。見てこの脇汗!って。

堂島:何だろう。見せたかったんだろうね(笑)。

大石:すごいユーモアもあって、距離感もフィットしてて、その時から憧れの存在だったので。十何年か越しに初めてツーマンライブができた時は、本当にうれしかったです。

――記録によると、お二人の最初のツーマンライブは10年前の代官山LOOP(2021年閉店)だったようです。

大石:代官山LOOPの楽屋でも印象に残っていることがあって。あそこはB1がステージでB2が楽屋なので、楽屋からはステージが見えないけど、音はなんとなく聴こえるんですよ。僕はその時、「弾き語りの限界にチャレンジ」というテーマでステージに立っていて、いろんな声を出したり、いろんな音を出したり、一人でどこまでできるか?ということをやっていたんですけど、楽屋に帰ってきたら「大石くん、女性コーラスのサポート入れてた?」と言われて(笑)。それがすごくうれしくて、最高の誉め言葉をいただいたと思いました。

堂島:あの時は、大石くんが一人でやるのを聴いたのが初めてで、もともとギターがうまいイメージはあったけど、パワフルだけど細やかだし、あの時からタッピングもやってたよね。

大石:やってました。

堂島:「今夜はブギー・バック」を一緒にやった時に、すごいタッピングしてて、そんなブギー・バックあり?と思った(笑)。

大石:俺のブギーバックを聴け!と思ってました(笑)。自己顕示欲丸出しで。

堂島:あれはすごいなと思った。日本でそういうふうに歌う人ってなかなかいないと思うんですよ。歌もギターも、大石くんのようにフィジカルと繊細さをともなったスタイルの構築はほかにないと思うし、びっくりしました。

大石:僕、堂島さんのステージで励まされたことが何個かあるんです。基本、エンタメ特化じゃないですか。

堂島:そうだね。

大石:来ていただいた人にどう楽しんでいただくか、ハプニングも含めてみんなで同じ空間を共有して楽しもうという、すごく素敵なスタイルだと思うんですけど、それはめちゃくちゃ参考にさせてもらってます。当時、技術志向になりがちだったんですよ、俺のギターを聴け!みたいな。でも堂島さんのステージを見て、テクニックは何のためにあるのか?と思うようになって、テクニックは人を楽しませるためにあるものだということを感じられたのが、すごく大きかったです。あと、もう一個励まされたことがあって、堂島さんはシンガーソングライターで、自分の演奏で歌う人だと思っていたんですけど、曲によってはオケを使ったりするじゃないですか。そこが、自分のミュージシャン・レギュレーションにずっと引っかかっていたんですよ。オケを流して歌うのって、自分の演奏じゃないから、人に伝わるのかな?という疑問があって、僕はずっとバンドマンだったんで、余計にプラトニックなところがあって。

堂島:生で鳴ってないと、というね。

大石昌良

大石昌良

大石:そうです。僕はそのあとアニメソングを歌い始めるんですけど、だいたいカラオケなんですよ。オケを流して歌を歌ってお客さんを楽しませるという行為を、自分のミュージシャンシップが邪魔してしまって、これはどうなんだろう?と思ってしまって。

堂島:ミュージシャンとしてのスタンスの取り方とか、培ってきたからこそ生まれるポリシーとか、一つの流儀に自分が支えられてるからね。でもそこは、変化して行かないと時代に追いついていかないところもあるし。大石くんの活躍は、『けものフレンズ』とか、その前の『ダイヤのA』とかをチェックして、感動していたんですよ。めっちゃかっこいいなと思ったから。でもそこに葛藤があったのかどうか、僕も聞きたいと思ってた。

大石:めちゃくちゃ凝り固まってたんですよ、自分のポリシーに。『ダイヤのA』は2013年なんですけど、マイク一本持ってカラオケで歌うってどうなんだろう?と思っちゃって。でもその時にハッと思い出したのが、そういえば大先輩の堂島さんですらオケで歌ってたわということで、自分の音で演奏することよりも、人を楽しませるというところにベクトルが向くようになって。

堂島:ああー、そうなんだ。

大石:柔らかい思考を持ち合わせていなかったんですよね。時代とか、自分の置かれているシチュエーションによってアップデートしなきゃいけないことを、あんまり考えていなかった時期だったので。そこで堂島先輩の存在がすごく励みになったんです。

堂島:今の話を聞くと、確かに、技術を持ってライブをすることはすごくかっこいいし、いいなと思うんだけど、向き不向きもあると思っていて。大石くんはそれがやれる人だから強みだと思うけど、僕はいろいろ用意してきたことをやろうと思っても、ステージに立つとどうでもよくなっちゃうというか(笑)。それよりも、その場にいる人たちに対して反応したいから、それがさっき言ってくれたユーモアとか、エンタメ精神とかに繋がって行くのかもしれないけど。あまりにやりすぎると、終わったあとにマネージャーに「どうして自分はじっとしていられないんだろう」って落ち込んで話したりしてます(笑)。

大石:堂島さんにも、そういう葛藤があるんですか。

堂島孝平

堂島孝平

堂島:あるある。それこそ代官山LOOPの時の大石くんみたいに、マイク1本の前に立って、バチバチに演奏して、そんなに動かずにお客さんを沸かせるのは最大の憧れなんだけど、やっぱり向き不向きなのか、気づいたら空いてるところを埋めに行っちゃう(笑)。それと、オケを使って歌うことで、ひとつ気を付けているのは、カラオケにならないようにということ。この時間は生だから、みんなでシェアできるものを最大限に生かそうと思ってやってますね。

大石:人によるんですよね。オケが生きてるなというライブをする人と、オケが死んでるなというライブをする人がいて、堂島さんの場合はオケが生きてる。だから価値観が変わったんですね。

堂島:あとね、僕の場合、ソロのシンガーソングライターというスタイルへの抗いというものがあって、僕がデビューした時って、アコギ1本持ってたらフォークのくくりで語られたんですよ。でも気持ちはロックだし、ポップスとしての大衆性も忘れたくないからこそ、「シンガーソングライターってこうですよね」というイメージへの抗いみたいなことをずっとやってきていて、その結果としてオケも使うようになったから。たぶんその感覚は大石くんも近いと思うんだけど。

大石:近いです。ジャンルの決めつけ感って、やっぱりありましたから。僕は2000年代に入ってからのデビューだったんで、多様性がかなり認められていましたけど、堂島さんがデビューされた頃は…。

堂島:ちょうど変わり目ではあったけどね。同期が山崎まさよしくんで、山崎くんの登場でイメージが変わった気もするし。

大石:スガシカオさんもその頃ですよね。

堂島:そう。斉藤和義さんがそのちょっと前かな。そういう人たちの存在に救われていたところはあったと思う。当時、尾崎豊さんの存在があったゆえに、若くしてデビューしたシンガー・ソングライターは結構そこに一回はめられるような時代だったんですね。今は全然いいけど。

 
堂島孝平×大石昌良

堂島孝平×大石昌良

大石:逆にお伺いしたいのは、今のシンガー・ソングライターシーンって、堂島さんはどう見てますか。たとえばTikTokからとか、SNSをプラットフォームにして活動しているシンガー・ソングライターって、めちゃくちゃ増えてるじゃないですか。

堂島:そうだね。

大石:アコギ1本持って弾くにしても、なんとなく昔とは違う感じというか、それこそライブハウスの使い方もだいぶ変わって来たなと思っていて。そういう若い方々の台頭って、ベテランシンガー・ソングライターの目からはどう見えてますか。

堂島:いや、もう、めちゃくちゃ喜ばしいことだと思うよ。

大石:さすがですね。僕なんか、嫉妬しますもん。

堂島:ああー(笑)。でも「すごいな」と思うことのほうが多いよね。誰にでも音楽がやれるような時代になってきて、相当な発明がないと有名になれないじゃない? スタイルが多様だからこそ、何がその人の素晴らしいところなのか、それぞれにフォーカスが当たってる感じはするんだよね。

大石:概念が変わりましたよね。ステージに上がるために持っておかなきゃいけないのが、アコギとかピアノとは限らないとか、AKAIのサンプラー1台で歌ってる子もいるくらいだから。シンガー・ソングライターであるために持っておかなきゃいけない武器とか、方法論とか、センスがより問われる気がするんですね。時代にマッチするための柔軟な思考回路になってきてるなと僕は思っていて。

堂島:うん。

大石:僕は42になるんですけど、40代の感覚で言うと、若い子には勝てないなというか、時代をとらえている感じがうらやましいなと思っちゃったりするんですけど。

堂島:その話は理解できなくはないけど、その人たちを見ていても、自分は若返らないから。自分が自分にどうドキドキするか、自分がいかに自分をアップデートできるかという、それでしか(若い世代には)相対せないと思うんだよね。周りうんぬんというよりも、自分が作る最新の音楽が最高だというふうに、努力して持って行きたいなと思うかな。

大石:堂島さんの最新アルバム『FIT』を聴いてそう思いました。めちゃくちゃいいアルバムですね。

堂島:ありがとうございます。

大石:それこそ時代をちゃんととらえているし、シティポップさもありながら、当時のままのシティポップじゃなくて、懐かしい感じはするけど古くさくはないという、現代風にアップロードしているのがすごいなと思って、ずっと現役なんだなと思いながら聴いてたんですね。あれ、トラックメイクも堂島さんですか?

大石昌良

大石昌良

堂島:自分が作ってるのもあるし、ONIGAWARAっていう二人組の、斉藤伸也くんが作ってくれたものも多いんだけど。逆に言うと、さっき大石くんが言っていた、生で、バンドで、というスタイルで僕もずっとやってきたんだけど、いろんな人の楽曲提供とかプロデュースをするようになったら、いろんなトラックのかっこよさに気づいて、ずっと生でやってきた自分の良さを生かしながらトラックメイクしたらどうなるんだろう?というところから、2、3年前からそういう形になってきてるんだよね。だからいちおう下地には、インディーポップとか、シンセポップとかを持ってるんだけど、いいメロディといい歌詞と、日本人としてのセンスと今の洋楽を常にブレンドすることを、好きでずっとやってるかな。

大石:僕の場合、1曲作るのにすごい時間がかかるんですけど、作曲に入るまでの心の整えみたいなものがあったりするんですよ。そういうのって、ないですか。

堂島:どうなんだろう? 大石くんは、どういうふうにやってるの?

大石:お香を焚いたり、好きな匂いのスプレーをシュッシュッってやるとか、ルーティンが必要なんですね。だからホテルの一室で作曲しますとか、そういうことができないんです。自分の作業部屋じゃないと曲が書けなくて、もっと楽な気持ちで作れればいいのになと思ったりするんですけど。それと、キャリアが積み上がるほど、「大石はこういう曲を書かなきゃいけない」とか、そういう思いにさいなまれちゃったりして、作曲という作業がどんどん針の穴を通すようなものになってきて、日に日に曲を作るスピードが遅くなっていってる気がするんですね。そういうのってないですか?

堂島:でもね、大石くんぐらいアクの強い人は、何をやったって「大石節」みたいなものは出ると思うよ。歌に自分を乗せるのが上手だし。僕はそれよりも…「締め切りだけが俺を強くする」というモットーがあるんだけど。

大石:あははは。わかります。槇原(敬之)さんも言ってましたよね。「J-POPは締め切りが作っている」って。

堂島:マジでそうだよ(笑)。槇原さん、最高だな。でも自分はどっちかというと、インプットするものとして、楽しい、悲しい、怒る、寂しいとか、暮らしの中で感じることがなるべく多い方が、何かが出てくると思っているので。だから曲が書けなかったら、遊びに行っちゃったりするかな。たとえば誰かとご飯を食べてしゃべってる中から、始まることってけっこうあるし、そういうことでインプットしてる感じ。逆に大石くんに聞きたいのは、僕も楽曲提供をやらせてもらってるけど、発注を受けて作ることと、自分の作品を作ることと、エネルギーの配分というか、どういうふうにやってる?

大石:僕は、発注を受けたほうが書きやすいです。テーマや世界観や、リファレンスが決まってるんで、ステップ2とかステップ3から始められるし、その曲を判断してくる方がいらっしゃるので、ずいぶん楽なんですね。

堂島:乱暴な言い方をすると、自分の責任じゃないみたいなところもあるよね。

大石:その代わり、作品の役に立とうというモチベーションが担保されるから、楽曲提供はやりがいがあるんですけど、自分の曲はステップ1から始めなきゃいけないので、「今俺は何を思っているのか」という、それこそ心が整うまでにめちゃくちゃ時間がかかるんですよ。「俺は何を言いたいんだっけ?」という自問自答って、迷路じゃないですか。シンガー・ソングライターあるあるだと思うんですけど。

堂島孝平

堂島孝平

堂島:大石くんの言う通りで、楽曲提供の場合は制作の方がいらっしゃるから、そことのリレーションで作って行って、自分の曲の時は…最近気づいたんだけど、「自分は何がしたいのか」を考えるとロクなことがなくて、むしろ楽曲提供した時に「いいね」と言われた曲が自分っぽいのかな?と思うようになったかもしれない。向こうに合わせて書いてるように見えても、やっぱり堂島孝平っぽいね、大石昌良っぽいねと言われる何かがあるんだなって思うと、気が楽になって、自分の曲もそんなに考えることはないのかなと思うんだけど、それが一番難しい。でもなるべくそれを心掛けるようにしてる。

大石:それってめっちゃ難しいですよね。現に僕、スランプを迎えて、曲が書けない状況になったんですよ。なんとかそれは、周りの方々の優しさに救われて乗り越えることができたんですけど、堂島さんはスランプってないですか。

堂島:僕は一回もない。

大石:すごい。いかにクリエイティブなものに対して、自分が自然体でいられるかということですよね。

堂島:もうできない、ってなったことはないかな。やりたいことに対して正解が出ない、ということはあったけど、書けなくなったことはない。ただ、さっきの、新しく出てきた今のシンガー・ソングライターの話にも通じるけど、やっぱりやりたい順にやってきてるから。思いついた順に。

大石:ああ、そうですよね。

堂島:だから大変なんですよ、続けることって。これもやった、あれもやったってなっていくから。だから、気持ちはロックだけどポップな大衆性も好きという、僕や大石くんみたいなタイプは、あまりジャンルに縛られないから、明確なルーツがなくて、発明型なんだよね。発明したい、新しいことをやりたい、というのが大目標としてあるから、そういう意味での辛さだよね。

大石:発見がないと、出したくないんですよ。このコードの繋がりとか、この言葉の使い方とか、自分の中で初めてやりますという発見がないと、曲を作りたくないし、出したくない。惰性でやりたくないから。

堂島:それはすっごいわかる。ただそこで、若い人たちのことをどうのこうの言うわけじゃないけど、大石くんが42で、僕が46で、こうやって続けてきた人にしか持てない強度はあると思う。いろんなものに対して自分を出せる強みというものは、書いてる人間じゃないと出せないと思う。あと、作家性の高いシンガー・ソングライターって何人かいると思うんだけど、大石くんのように作家としての認知もありつつ、ちゃんと自分の音楽として活躍の場を広げていく、それができる人はなかなかいないから。ヒーローとしてみんなに見られているところもちゃんとあると思うし、そこは大変だろうけど、貫いていってほしいと思いますね。

大石:うれしいです。

堂島:なかなかいないんですよ。僕は先に自分の音楽をやっていて、作家もやるようになって、自分でもヒットを出したいから頑張ってるけど、大石くんは作家としての認知度にちゃんと乗ったじゃないですか。自分の音楽も、配信ライブとかでちゃんと展開して、時代に呼ばれて出てきた人っていう感じがすごくある。そういう意味ではみんなの希望だから、頑張ってほしいなと思う。

――そんな二人が久々にステージに顔を合わせる、クラブチッタ川崎でのツーマンライブ。必ず、楽しい日になりそうです。

大石:ツーマンライブに向けてこういう対談の機会があると、気持ちが溶け合ったままで臨めるのでいいですよね。その日のリハーサルで「お久しぶりです」というのではなくて。

堂島:そうだね。

大石:こうしてお話しさせていただいて、自分でもパフォーマンスして、楽曲提供もするというシンガー・ソングライターとして、我々は同じくくりの中に入っている感じがしました。それ相応の苦労とか、ぶち当たる問題の種類が似てる気がします。うれしいです。

堂島:そうだね。お互いに、ライブ活動という原点があるところも含めて。

大石:楽しみです。久しぶりの堂島さんとのツーマンなので、何をしようかな?と思うんですけど、曲も増えてますし、前に出来なかったこともあると思うので、全力でぶつかっていくしかないなと思いますけど。セッションとか、1,2曲はやりたくないですか。前の「ブギー・バック」みたいに。

堂島:やろうよ。

大石:ぜひ、二人で音を重ねたいなと思います。

取材・文=宮本英夫 撮影=大塚秀美

堂島孝平 / 大石昌良

堂島孝平 / 大石昌良