昨年(2022年)東京で開催された第一弾公演で大好評を博した石井琢磨と髙木竜馬による二台ピアノコンサート。今回の第二弾公演では、東京のみならず、名古屋、大阪の三大都市をめぐるツアーへとさらにバージョンアップする。昨年公演のテーマでもあった”舞曲”を軸に、さらなる充実のデュオを聴かせてくれそうだ。二人にツアーにかける意気込みを聴いた。
――まずは今回のデュオツアーにかける意気込みをお聞かせください。
髙木:昨年、浜離宮朝日ホールでの公演が第一回目でしたが、今振り返ってみても、とてもいい演奏会だったと思っています。十五年来の友人である琢磨と一緒に魅力的なプログラムを、しかも今回は三都市で演奏させて頂けることにワクワクしています。
石井:親友である竜馬とツアーというかたちで三都市を周れるのは本当に嬉しいですね。無二の親友同士、お互いのことをよくわかっているからこそにじみ出る味というのがあって、僕自身も「本番ではいったいどんなことが飛び出てくるんだろう……」と、今からワクワクしています。
――今の石井さんの発言そのものが、まさに二台ピアノというものの楽しみなのでしょうか?
石井:一人で表現しきれないものをお互いに補完し合えるというところも一つの大きな点だと思います。特に「ラ・ヴァルス」ではそれがよく感じられます。この作品はソロ版もありますが「二台で演奏することによって一台では表現し得ないものを可能にする」というところがまさに魅力ですね。
髙木:奏者が二人なので単純に考えたら音量は二倍になるのですが、演奏していると自然に浴びる圧や迫力というのは二倍以上のものがあるように感じています。その+αの部分は、絶対に目に見えないものが関係していると思うんです。それは僕たち同士の関係性だったり、濃密な時間をお互いに過ごしてきたからこそ浮き出てくるものだと感じています。本番で飛び出るアドリブ的なスパークでも、そういう関係が保てるからこそ自然に表現し合えるんだと思います。
――お互い手の内を知っているからこそ、ある種、気づかいなしに自由闊達に表現し合えるという境地なのでしょうか。
髙木:二台ピアノも一つの室内楽のかたちですので、その点はお互い留意しなくてはいけないと思っています。基本的に二人で作り上げるものですので「相手がわかってくれているから」という前提のもとに勝手に暴走するのは言語道断で、一方が主役で一方がそれを支えるという関係ではなく、お互いが「支え合う」という気持ちを持ち続けています。
石井:竜馬とやっていて一つ感じることがあって。例えば、電車に乗っていて、忘れ物をした人がいるとするじゃないですか、そうすると竜馬はその忘れ物を拾って、その人のところまで届けに行くんですよ。それで、自分は電車に乗り遅れちゃうみたいな……(笑)。
このような竜馬の善の心は演奏にも出ていて、例えば、ちょっと僕が取りこぼしたところも必ず押さえてくれて、むしろそれを二倍にも三倍にも“いいもの”にして返してくれるんです。これが本当にスゴイことで、彼は俯瞰的に物事を冷静に見られるんですね。なので僕が舞台上で感情が揺れ動いてスパークしちゃった時でも、しっかりと軌道修正してくれたり、さらに良い方向に導いてくれるようにトスをあげてくれたりと、僕としては本当に安心感があって、すべて預けられるという思いがありますね。
髙木:いや~気持ちいいっすね(笑)。確かに、僕たち二人でやる時には基本的に彼がファーストで僕がセカンドのことが多いのですが、僕はどちらかというとメロディを担当して歌うというよりもバスやハーモニーを駆使して“支える”ほうが好きなんです
石井:僕がいつもファーストやりたいと言っているというのもあるのですが(笑)、竜馬はいつもセカンドのほうがいいと言ってくれて、そういう風に自然の成り行きで補完関係が成立する感じなんです。
髙木:支える側の意見としては、バス(低声部)の動きや和声感を駆使して設計図を描いているような気持ちになれるんです。むしろ描きだした図面以上の音楽の流れが実現したり、美しく歌える場合のほうが多くて、もうそれを一回体験してしまうと、本当に気持ちよくてやめられないんです。
琢磨は音色もよく響きますし、メロディラインも美しく歌って描きますし、本当にファーストラインを弾くことがマッチしているピアニストだと思いますし、お互いに性格と担当するパートというのがごく自然に一致していますね。
――ちなみにその設計図、すなわち、いわゆる手の内というのは事前に言葉で打ち合わせたりはしないんですか?
髙木:一回演奏してみると、だいたいお互いが何を考えているか、この箇所はどういう意図があって、どういう作戦を練っているんだろうということが分かり合えるので、あまり言葉で主張して伝え合う必要がないんですね。むしろ、そうやってある程度お互いに余白を作っておいたほうが、本番の時に自由にスパークして、それを互いに受け止められる余裕というものができるんだと感じています。
――ラインナップについてお伺いします。今回も、ラフマニノフに始まり、ラフマニノフに終わり、その間にフランス、ウィーンにちなんだ曲やハイライトとしてプレトニョフ版のシンデレラ組曲が入ります。
髙木:今回の構成はもちろん二人で考えたのですが、「我ながらよくできているな!」と自画自賛しています(笑)。かなり綿密に二人で話し合いました。
石井:それにかこつけて飲むという(笑)。
髙木:昨年のコンサートのテーマが”舞曲(Tanze)”でしたので、今回も基本的にそのベースラインは受け継いでいるかたちです。加えて(冒頭の)ラフマニノフと(終曲の)ラフマニノフで全体的に大きなアーチを描いて、その中にプレトニョフ編曲作品を二作入れての小さなアーチがあってと、一見、バラエティに富んだ詰め合わせのようにも見えるのですが、互いの作品が緻密に繊細に結ばれ合っています。
――特に石井さんは舞曲好きでご自身のアルバムにもそのタイトルを付けていますね?
石井:もちろんそれもありますが、「ラ・ヴァルス」とラフマニノフの二台ピアノ用の組曲というのは、いわゆる二台ピアノ作品の金字塔といわれるもので、デュオの実力がすぐにわかってしまうようなスリリングな作品です。お互い初のツアーで「自分たちがどこまでこれらの作品に向き合って対話していけるのか」というのを試してみたいというのもありました。
もう一つは、テーマを立てると統一感も生まれますし、“舞曲”という親しみやすいテーマを置きつつ、僕も竜馬も「皆さんの知らないような作品も入れたいね」という強い思いも感じていました。なので、今回はプロコフィエフの「シンデレラ」を入れることにしました。
髙木:あともう一つ、このプログラムの全体像として、まず一人ひとりのソロ演奏で初めて、次に連弾が入って、最後に二台ピアノでの演奏というようにクレッシェンド的な構成になっています。さらに、その中でいろいろな国を旅して、さまざまな時代を行き来して頂ける趣向になっていますので、そのような意味でも楽しんで頂けると思います。
――ドビュッシーの小組曲と「ラ・ヴァルス」はすでに以前のお二人の演奏会でも披露していますが、今回、第二弾として、さらにどのような境地を目指していますか?
石井:二回目ということのアドバンテージももちろんあると思うのですが、あえて「二回目と思わないフレッシュさ」というものも持ち続けていたいと考えています。そういう意味では作品を寝かせることもとても大切で、今まさにちょうどその状態です。そうすることによって新たな気づきが生まれてくる、見えてくることがたくさんあると思うんです。
髙木:「ラ・ヴァルス」はYouTubeの配信やスタクラ(STAND UP! CLASSIC in AKITA )などでも演奏させて頂いたので、少なくとも20回は合わせていて経験値はかなり上がってきていると思います。ですが、お互いに「もっともっと上を目指せるよね、できるよね」という思いはありますね。
石井:構成や技術的な面に始まって、音楽的なグロテスクさや華麗さなど、様々な要素をさらに深く捉え、お互いに満足することなく、さらなる上を目指しつつ勉強していきたいと思っています。「絶対できる!」と確信しています。
――デュオ活動について、今後の展望はどのように考えていますか?
石井:まずはこの三都市ツアーをしっかりと完走させることですね。気合いを入れて体調管理も万全を期していきたいですね。
髙木:僕自身、お蔭様で最近は室内楽や教える機会も増え、新しいことに挑戦し、人生経験の幅も少しずつ増えてきています。琢磨も僕も互いにいろいろな活動をしている中で、二人で演奏できる瞬間というのは、“帰ってくる場所” であって――「二人で我が家に戻ってきて演奏しているとすごくピュアな気持ちになれる」――そんな場所なんです。なので、今後さらにいろいろな活動できるようになったとしても、お互い、いつまでも続けていきたいと思いますし、こうして帰る場所があるのは本当に嬉しいことだと思うんです。
――不滅のデュオですね。
石井:「不滅のデュオ」&「二台ピアノは僕たちの帰る場所!」いいですね。
髙木:メロドラマ感があるね(笑)。
――最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。
髙木:SNSなどでも暖かいお言葉をかけて頂いて本当にありがたく思っています。今回僕たちにとって二回目のコンサート、そしてツアーが実現したのもそうしたファンの皆様のお力によるものだと思っていますので、僕たちは演奏を通してお返しできたらと思っています。皆様に各会場でお会いできるのを楽しみにしています。
石井:大親友の竜馬とのコンサートが実際、舞台でどのような展開になるのか、ぜひともファンの皆様にも見届けて頂きたいと思っています。お一人おひとりに「聴いてよかった!」、「また明日から頑張ろう!」と感じて頂けるよう、僕たち二人で明日への背中を押せるようなパワーあふれるコンサートにしたいと思っています。
取材・文=朝岡久美子 撮影=福岡諒祠