楽しいニュースをまとめてみました。

ローマ歌劇場 2023年日本公演が、2023年9月13日(水)~9月26日(火)、東京・横浜で開催される。公演初日(ヴェルディ《椿姫》)を目前に控えた9月11日(月)には都内のホテルで記者会見が行われた。同歌劇場にとっては5回目となる来日。パンデミック後の初めての大規模なツアーとあって、劇場側も日本の主催者側もかなりの熱量が感じられる。出席した音楽監督ミケーレ・マリオッティやキャストたちからは、《椿姫》《トスカ》というイタリア・オペラを代表する二大傑作を今、上演することの意義についてなどの貴重な意見が出て公演への期待を高めた。

この日、横浜の神奈川県民ホールにおいて18時まで《トスカ》のリハーサルがあったために、記者会見は19時にスタートした。登壇者は、ローマ歌劇場総裁のフランチェスコ・ジャンブローネ、同歌劇場 音楽監督・指揮のミケーレ・マリオッティ、《椿姫》ヴィオレッタ役のリセット・オロペサ、《トスカ》題名役のソニア・ヨンチェヴァ、カヴァラドッシ役のヴィットリオ・グリゴーロの各氏。出席が予定されていた《椿姫》アルフレード役のテノール、フランチェスコ・メーリ氏は前日のゲネプロの疲れが出て欠席とのことだった。今回のプロダクションはローマ歌劇場が前回来日した2018年に上演されたソフィア・コッポラ演出、ヴァレンティノ・ガラヴァーニ衣裳の《椿姫》を新しいキャストで持ってきたのに加えて、巨匠フランコ・ゼッフィレッリが2008年にローマ歌劇場で演出した《トスカ》が9月17日に神奈川県民ホール、そして9月21日から東京文化会館で上演される。

[左から]高橋典夫(公益財団法人日本舞台芸術振興会専務理事)、リセット・オロペサ、ミケーレ・マリオッティ、フランチェスコ・ジャンブローネ、ソニア・ヨンチェヴァ、ヴィットリオ・グリゴーロ

[左から]高橋典夫(公益財団法人日本舞台芸術振興会専務理事)、リセット・オロペサ、ミケーレ・マリオッティ、フランチェスコ・ジャンブローネ、ソニア・ヨンチェヴァ、ヴィットリオ・グリゴーロ

ジャンブローネ総裁は、「今回喜びもひとしおなのは、パンデミック後の初めての大きなツアーだということ。すべての人々の記憶にまだ新しい世界の危機の期間には、私たちが劇場で生きるということが妨げられていた。ですからこの来日公演はいっそう嬉しいものに感じます」

フランチェスコ・ジャンブローネ(ローマ歌劇場総裁)

フランチェスコ・ジャンブローネ(ローマ歌劇場総裁)

「今回の《椿姫》と《トスカ》は私たちが特に愛着を持っているプロダクションです。キャストは世界で活躍している最高の歌手陣が揃いました。素晴らしいオーケストラ、合唱団、バレエ団、そして舞台裏のスタッフまで皆で一丸となって来日できたことは誇らしく幸せなことです」と挨拶した。

音楽監督のマリオッティは、《椿姫》《トスカ》で共演する歌手たちについて、「まさにファンタスティックで、一緒に音楽をできる仲間たち。私は彼らにいつもとても多くのことを要求してしまうけれど、彼らとは全てが可能になります。世界中に知られている最高の歌手たちである前に彼らは音楽家であり、それが重要なことなのです」と述べたあと、二つの作品についてこう説明した。

ミケーレ・マリオッティ(ローマ歌劇場 音楽監督/指揮者)

ミケーレ・マリオッティ(ローマ歌劇場 音楽監督/指揮者)

「これらはとても有名なオペラで非常に美しい作品です。毎回、初めてのように感じ、常にモダンで、新しい発見があります。2023年の今日、これらの作品を上演する意義はどこにあるのか? この両作品は、女性に対するヴァイオレンスについて語っている作品です。《トスカ》においては、それは肉体的な暴力であり、スカルピアは彼女を所有しようと権力を最悪の形で使います。そしてトスカは殺人を犯しますが、我々は決してトスカを殺人罪で裁こうとは思いません。彼女は自由と愛のために戦う女性なのです。彼女は犠牲者です。暴力は決して正当化できないのですから。戦争と同様に。決して」

「一方、ヴィオレッタが受ける暴力はより社会的なものです。彼女は偏見の犠牲者です。ヴィオレッタはとても強い女性なのに、なぜジェルモンのあのような残酷な提案を受け入れたのでしょう? それは、彼女は自分の死が近いことを知っており、もう時間が残されていない。ジェルモンの提案を承諾することは、人を救うこと、新しい家族を作ることに寄与できる。自分が望んでいたけれども得られなかった“家族”を作ることに。だから彼女の死には彼女の大きな愛の行いがあるのです」

マリオッティの次には《椿姫》のヴィオレッタを歌うリセット・オロペサにマイクが渡った。「《トスカ》と《椿姫》の二人のヒロインに共通することは、一人の人、もしくは社会という巨大な力の犠牲者であったことです。そして彼女らは、天に、神にゆるしをもとめます。自分たちがしてしまったことに対するゆるしを。ヴィオレッタの神との関係は複雑です。彼女はクルティザンなので、罪を抱えていて償いをしようとします。でもその償いは受け入れてもらえず、救済は訪れません。それは彼女の病と社会の犠牲になる、という形で現れてしまいます」

リセット・オロペサ(《椿姫》ヴィオレッタ役)

リセット・オロペサ(《椿姫》ヴィオレッタ役)

「これは今日に通ずる物語です。ヴィオレッタは生きた人物です。ヴェルディの音楽は、ロマンス、愛、幸せ、そういったもの全てが最高の美の形で歌われる。なのに彼女自身はひどく苦しんでいるのです。この複雑さがこのオペラを説得力のあるものにしているのではないかと思います。この役を舞台で歌うのは大きな挑戦ですが、毎回、歌うたびに発見があります。そして今回はマエストロ・マリオッティの素晴らしい解釈のもとで歌えることを何よりも幸せに思っています」

次は《トスカ》の題名役のソニア・ヨンチェヴァが話をした。昨年、コンサートのために来日しとても温かい歓迎を受けたことに感激し、オペラでは今回が初来日、しかもローマ歌劇場にもこれがデビューとなるそうだ。

ソニア・ヨンチェヴァ(《トスカ》トスカ役)

ソニア・ヨンチェヴァ(《トスカ》トスカ役)

「イタリアを象徴する作品に参加させていただき、ゼッフィレッリ演出の素晴らしい舞台で歌えるのはとても幸せです。《トスカ》はこれまで何度も歌ってきました。歌うたびに驚かされます。私は彼女を、とても若く、無邪気で、情熱的な女性と捉えています。彼女はマリオに大きな愛を抱いていてそれを守ろうとします。《椿姫》と同じように《トスカ》も大きな愛と情熱、そして神との関わりも描かれている作品。オペラは多くのものの価値を教えてくれます。それを若いジェネレーションにも伝えていきたいです」

最後には《トスカ》のカヴァラドッシを歌うヴィットリオ・グリゴーロが挨拶した。

「《トスカ》という演目は僕にとって宝物です。子供の頃からこの作品を演じたいと夢見ていたので。1990年にまずその夢が叶ったのは、(ボーイ・ソプラノの)牧童としての役で、その時の主役はルチアーノ・パヴァロッティでした。そしてメトロポリタン歌劇場で僕が《トスカ》のカヴァラドッシ役にデビューした時に、トスカ役は今僕の隣にいるソニアだったのです。《トスカ》は僕にとって、大切な思い出、夢であり、挑戦であり、あらゆることを意味します。僕の人生の中の大切なキャラクターなのです。相手役や、出演する土地、演出家、マエストロなどによって演技は変わっていきます。僕自身も昨日の僕とは違うのですから。人生は常に経験によって変化していくもの。それゆえに役柄も楽譜から飛び出して皆さんの元に届くのです」

ヴィットリオ・グリゴーロ(《トスカ》カヴァラドッシ役)

ヴィットリオ・グリゴーロ(《トスカ》カヴァラドッシ役)

「今の若い歌手たちは技術ばかり気にしていますが、オペラは何よりも recitar cantando 、歌いながらする芝居です。それも、演劇の俳優だったら(『ハムレット』の)「to be or not to be」を、自分が思うように時間をとって演じられるけれど、オペラは音楽に乗って歌わなければなりません。だから表現をするのはより難しいのです」

「芸術においても大切なのは人と人とのつながりです。現代においてはそれが失われている。五感を大切にして、触れること、聴くこと、匂いを嗅ぐことなどの感覚を研ぎ澄まさなければ。今回、ローマ歌劇場と共に、手で触れられるような、生きていることを実感できるような、そういったオペラを皆さんにお届けしたいと思っています」と締めくくった。

登壇者たちの熱い語りで、劇場で演じられる舞台がすでに感じられるような会見となった。

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子