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『SUNDAY(サンデイ)』は音楽座ミュージカルが2018年に新作ミュージカルとして初演した話題作。2020年の再演を経て、今年2024年6月から7月にかけて東京・愛知・広島で3回目の上演が実現する。推理小説の名手、アガサ・クリスティーがミステリーとは別系統の作品として別名義で発表した『春にして君を離れ』を原作に、イギリスの典型的良妻賢母が迷い込んだ脳内ミステリーを展開させた独創的なミュージカルは高い評価を受けた。

弁護士の夫を持ち、3人の子どもたちを育て上げたジョーン・スカダモア(高野菜々)は、彼らが一時的な気迷いで陥りそうになった「自由」という名のはずれ道への誘惑も断ち切り、正しい道に導いてきた妻、母としての自分に自信を持っていた。しかし嫁ぎ先で病気になった娘の看病のため訪れたバクダッドからの帰りに悪天候のため砂漠に囲まれたホテルで待機を余儀なくされたジョーンは自らの過去と向き合わざるを得なくなり、次々と矛盾や欺瞞があふれ出す。ジョーンの脳内ミステリーで重要なかぎを握る近所に住む銀行員の妻、レスリーを演じるのが音楽座ミュージカルの若きホープの一人、森彩香だ。『リトルプリンスや『ラブ・レターなどで非凡な才能を発揮してきた森が『SUNDAY(サンデイ)の上演を前にした意気込みやミュージカルに対しての熱い思いを語った――。

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』舞台写真

音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』舞台写真

――こういう世界に入りたいと思ったきっかけは?

小1の時にジャッキー・チェンのファンになって、「会いたい」という気持ちからいろんなオーディションを受けたりいろんなところに通ったりし始めました。高校生の時に一度行き詰ったんですけど、周りの助言もあって大阪芸大に進みました。

――お芝居が好きだったのですか?

そう、お芝居。それと、血まみれで命削っている感じで、ぎりぎりのところでやっているスリル感がかっこよくて。ああ、演劇ってそうやって命削ってやっているんだと思ったんです。

――ミュージカルの勉強はどうでしたか?

「夢と希望がきらきら」みたいなミュージカルにすごく嫌悪感があって、どこにも真実がない作りものだっていう気がしていました。その時に音楽座の方々がワークショップをやってくださって、一生懸命やって披露したのに「それって本気じゃないよね、それでいいの?」ってすごく突き詰められて、なんか腹が立ったんです。自分なりに考えてやったことに対してのフィードバックが辛口だったので、音楽座さんに対して怒りがあって、(将来)絶対に行かないって思っていたんです。

――ワークショップって厳しいものなので、辛めの指摘をもらったら、ありがとうっていう感じなのに。

そうですよね(笑)。生意気ですよね。「演劇はどうせつくりもの」って思っている自分にも演劇界にも怒りみたいなもやもやがあった状態での出来事だったので、すごく印象的でした。大学生活は過ぎていきましたが、どこへ行くかとなった時に、あの時怒られたことがすごく気になって、音楽座も受けたんですよ。履歴書にもそのことを書いて。面接ではそのことと、「音楽座が掲げているテーマって何なのですか」というお話をしました。「それは人それぞれだから、メンバー全員に聞いたら全部違う答えが返ってくるよ」との回答でした。その時私は「きらびやかな世界を作っているっていうわけではなくて、自分自身の人生を背負ったまんま作品を作っていいんだ」と大共感しちゃって、音楽座のことが大好きになって「入りたい」と思ったんです。

――感動的な話ではあるけど、単純ですね(笑)。

そうなんです(笑)。だけど、演劇に対する見方がガラッと変わって、自分の人生とがっちゃんこしたというか。

――分からなかったことに答えをくれたんですね。

そうです、そうです。それでいいんだということを投げ掛けてもらって。すごい救いでした。

――実際に入ってみて違いましたか?

プロって厳しいなと、なめてたと思いましたね。単にスキルだけではなくて、365日24時間の私というものを引っ張り上げてきてやらない限り舞台に立てないんだと痛感しました。絶望とはてしない道のり。すごいところに来ちゃったなあって。すべてをかけて作っているんだということを初めて知った瞬間でもありました。

――初舞台は、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』の里美さんの役でした。

自分ってこんなにできなかったかなと思うぐらいでした。とにかく気合と根性と、ここでやりたいという欲望だけで立っていた気がします。すごくうまく行かなくって、過呼吸になっちゃった時があって、その時に菜々さん(高野)がすごく怖い声と目で「やってないだけでしょ?」って言い捨てられたときのあの時のいら立ちとむかついた時の感情だけで舞台に立ってましたね。

――早く主役をやりたいという気持ちはありましたか?

嘘と思われるかもしれないですけど、その気持ちは意外となくて、こういう役をやりたいというのはあるけど、ただただ(主役として)真ん中に立ってたいという感覚はないんです。例えば『リトルプリンス』だったら、今自分が欲しいものと星の王子様が欲しいものが「あ、リンクする」っていうような瞬間に無我夢中になっているっていう感じがあって、どう評価されるなんていうのはどうでもよくって、とにかくこれをつかみたいっていう一心でやっている感じはありました。

――初めて主役をやったのは、その『リトルプリンス』でしたね。

ラボシアターっていうすごくお客様が近くにいるかたちの公演だったので、一緒に物語を作っていくっていう感覚でした。普段何もない空間が砂漠になって、そこから始まって、それが自分の物語になっていくっていうのが、すごくいいなって感じたんですよ。何か箱に入った状態をお見せするというよりは、物語を解き放ったような感覚がある。その感覚は音楽座で大事にしたいなと思っていることの一つです。「お客様と私」ではなく、全部が同じ中で作品を作って行くという感じです。

――王子様も良かったけど、観客が「森を発見した」と思えたのは、『SUNDAY(サンデイ)』でのレスリー役だったと思います

作品の中でレスリーはジョーンの回想の中に少ししか出てこないんですよ。それなのに、お客様が覚えてくださっているっていうのは、すごくありがたいです。

【動画】音楽座ミュージカル『SUNDAY(サンデイ)』PV

 

――初演の時のレスリーはどうでした?

自分からは主張せず、シンプルに私がただそこにいるだけっていうのはとっても難しいなと感じました。でも、いろんな人からいろんなことを言ってもらって。レスリーをただシンプルに生きようと思ってやっていた記憶はありますね。

――音楽座で実現したいと思っていることは?

音楽座は、自分が大好きな作品や、ここでしか作れないものがあるっていうことがすごく大きくて。ここでしか気付けないこともあるという点もすごく重要です。こうは生きられないだろうなとか、こう生きていきたいなということを共鳴し合える場として、いろんな人に知ってもらいたいなと思っています。いろんな視点で音楽座というものが人生に必要だと思ってもらいたいですね。だからこそ私たちは本当に目を向けなければいけないところに目を向け続けないといけないし、俳優としても、もっと生々しいところや、人が生きるということを自分の人生を通して伝え続けるということが大切だと思っています。演者というよりは社会を作っている一人の人間、いち社会人としてありたいと思っています。お金を稼ぐひとりの人間としてとがっていきたいし、貪欲に生きていきたいなと思っています。日本ではミュージカルカンパニー​はまだまだ「ミュージカルを作っている人たちの集まり」という感じが消えないし、「ミュージカル=きらびやかなショー」っていう感じがぬぐえないところがあるので、そういうところとは違う視点からミュージカル作品を見るみたいな文化に変えていけたら素敵だなと思います。

取材・文=阪清和(エンタメ批評家)