アニメビジネスに詳しいコンテンツアナリスト、尾形拓海さん(株式会社Haru代表)が、日本のアニメ産業の世界戦略と向かうべき方向について考えます。第二回は、『NARUTO級作品が生まれない理由』について。
第一回:日本アニメ3.5兆円、急成長する世界戦略に潜む「落とし穴」
第二回:『NARUTO』級作品はアニメだけではもう生まれない。日本アニメ、世界での本当の人気ランキングと「稼ぐ力」の可能性を分析した。(今回はここ)
第三回:知られざる、現代アニメ業界のビジネスモデル。アニメ自体は宣伝媒体、二次展開で稼ぐモデルとは?
第四回:第二のYOASOBI、CreepyNutsは生まれるか?日本アニメのグッズ・音楽・ゲーム展開、海外進出の現状
第五回:日本アニメが世界でもっと成長するために。足りないのはこの3つだ。
私は、NetflixやSony、BlockPunkといったグローバルな環境でアニメビジネスに関わる中で、非常にやるせないと感じていたことがあります。
それは、日本のアニメが魅力的な作品に溢れているのは確かである一方で、海外での人気を安定的に支えているのは、昔からの名作や大型原作に代表されるレジェンダリータイトルが中心である、ということです。
そして、毎クール制作される50本近い新作アニメの中で、海外でも人気を博すのは非常に限られた作品のみであり、しかもその制作難易度は年々高くなっている、ということも感覚として持っていました。
これを、検索ボリュームやMyAnimeListなどの公知データを使って分析していきましょう。
日本アニメ、本当の人気作品は?
海外におけるアニメ人気を定量的に把握する方法として、「アニメタイトルの検索ボリューム」を計測することは非常に有効です。
このことを確認するために、海外で広く使われているアニメ評価サイトであるMyAnimeListにおいて、「2025年冬アニメTop10」に入っている作品をマイリストに登録している人数(=海外におけるアニメの人気指数)と、同作品の全世界における検索ボリューム(4/1〜4/28)をマッピングしてみます。
アニメの代表的な作品におけるマイリスト登録者数と検索ボリュームこのチャートを見ると、マイリスト登録者数と検索ボリュームには同じような傾向が表れていることがわかります。
『海外での人気を安定的に支えているのは、昔からの名作や大型原作に代表されるレジェンダリータイトルが中心である』ということを確認するために、MyAnimeListにおける「2025年冬アニメの人気Top10」と「全アニメ作品の人気Top10(=レジェンダリータイトル)」について、SimilarWebを使用して全世界における検索ボリュームを調査しました。
なお、長く複雑なタイトルはより一般的に使われている略称を用いています。
検索ボリュームで見た2025年冬アニメとレジェンダリータイトルの人気比較2025年冬アニメからは「俺だけレベルアップな件」が圧倒的1位、「SAKAMOTO DAYS」が4位、「薬屋のひとりごと」が6位にランクインしています。
これらは日本でも特に反響が大きい作品で、海外でも高い人気を誇っていることは想像に難くありません。
しかし、それ以外の作品は全て14位以下に位置しており、Top10のうち7作品はレジェンダリータイトルが占めています。
別シーズンでも同様の傾向があるか確認するために、「2025年春アニメの人気Top10」と「全アニメ作品の人気Top10」を調査してみます。
検索ボリュームで見た2025年春アニメとレジェンダリータイトルの人気比較2025年春アニメは、現在放映中で注目が高まっていることもあって、2025年冬アニメよりは検索ボリュームが多い傾向にあります。しかし、それでもTop10のうち6作品はレジェンダリータイトルが占めています。
ここから、「毎クール制作される50本近い新作アニメの中で人気上位に食い込むのは非常に限られた作品のみであり、安定的に人気を支えているのはレジェンダリータイトルである」という構造がわかります。
大人気『モブサイコ100』が『NARUTO』になれなかった理由
また、各シーズンの覇権作品であっても、ファンの関心を維持し続け安定的な人気を持つレジェンダリータイトルになるのは容易ではありません。
スマートフォンとインターネットの進化により手軽に消費できるコンテンツが増え続ける現代において、一時的に注目を集めたとしても、続編やスピンオフを継続的に投入したり、新作配信がない間もグッズやキャンペーン施策等の関連コンテンツを供給し続けないと、ファンはすぐに他のコンテンツへ目移りしてしまいます。
これを示す最もわかりやすい例が、『モブサイコ100』という大ヒット作品のGoogleにおける検索量の推移です。
『モブサイコ100』は、レジェンダリータイトル入りしている『ワンパンマン』の作者であるONE氏による作品で、国内はもちろん海外でも大人気を博した文句無しの覇権作品です。
2016年夏に第一期が放映され、当時は米国のGoogle Trendでレジェンダリー作品の中でも上位に位置する『NARUTO』を上回る注目を集めました。しかし放映終了後、まもなく『NARUTO』に逆転されてしまいました。
その後、2019年に第二期、2022年に第三期が放映されたタイミングでは再び注目を集め、『NARUTO』を上回る時期もありました。
しかし、それ以降は『NARUTO』の検索量が上回っています。
モブサイコとNARUTOの比較あくまで仮説に過ぎませんが、『モブサイコ100』は作品としての圧倒的なクオリティから放送のたびに注目を集めることには成功したものの、各期の間が約3年と長く断続的だったこと、さらにアニメ未放映期間中のコンテンツ供給が不十分だったために、ファンが定着せずレジェンダリー入りできなかったのではないかと推察されます。
覇権作品を支えるのは原作の人気
次に、毎クール制作される50本近い新作アニメから、海外でも人気上位に食い込むことができる覇権作品の出自を分析してみます。なお、本記事の分析で使用した元データは、本スプレッドシートで確認することができます。
まず、原作の有無について見ていきます。2021年春から2024年秋までの全15シーズンにおいて、MyAnimeListでトップ10入りした計150作品のうち、漫画やライトノベルを原作としないアニメオリジナル作品は6本で、割合では4%となっています。(『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』『オッドタクシー』『サニーボーイ』『タクトオーパス・デスティニー』『リコリス・リコイル』『Buddy Daddies』)。
同期間で、ショートアニメなども含めたアニメオリジナル作品は合計106本制作されていることを踏まえると、トップ10入りする確率は5.6%となり、その可能性は非常に低いことがわかります。
アニメオリジナル作品がトップ10入りする確率は非常に低い次に、先述の全15シーズンにおいて、MyAnimeListでトップ10入りした計150作品の原作累計発行部数を調査しました。なお、グラフの見やすさのために、累計発行部数が上位20%に該当する3000万部以上の作品は除外しています。
また、今回調査した発行部数は必ずしもアニメ放映当時ではなく、執筆時点での調査データである点は考慮が必要です。
MyAnimeListでトップ10入りした計150作品の原作累計発行部数を調査。(3000万部以上の作品は除外)
「原作の発行部数が多いほどMyAnimeListランキングも高くなる」この二つのチャートからわかる重要なことは、第一に「原作の発行部数が多いほどMyAnimeListランキングも高くなる」ということです。
これは、人気原作ほど、海外でも既存ファンがいること、またアニメーション制作やプロモーション費用等の予算が多くなるためです。
また、「MyAnimeListランキングが10位でも、原作の平均発行部数は372万部である」ということも重要です。累計100万部を突破する漫画は全体の0.1%未満であり、ライトノベルであれば5万〜10万部程度でヒット作と言われています。372万という数字がいかに高く、貴重な存在かがよくわかります。
ここまでの分析で、海外でもヒットする覇権作品を生み出すためには、「人気原作を調達しアニメ化する」ことが再現性の高い方法であることがわかります。
しかし、MyAnimeListランキング上位に入るような作品の原作は漫画・ライトノベル作品の中でも希少であり、その調達市場は非常に競争が激しいということができます。
実際、アニメ業界では原作不足が多く叫ばれており、近年は過去にヒットした作品の続編を制作する傾向が高まっています。
これを定量的に確認するために、先述の全15シーズンでMyAnimeListでトップ10入りした作品の続編本数を調査しました。
トップ10作品における続編率は20-60%と非常に高い各シーズンのトップ10のうち最低でも20%は続編であり、高いシーズンだと60%が続編で占められています。
順位別でみると、トップ1〜5位の全75本のうち35本、6〜10位では25本が続編となっており、約半数が続編タイトルによって占められています。
さらに、徐々にではありますが、各シーズンのトップ10位に占める続編の割合は年々増加傾向にあります。
(このコラムは、尾形拓海さんによるハフポスト・オピニオンへの寄稿です。内容は必ずしもハフポスト日本版編集部やBuzzFeed Japanの意見を反映するものではありません)