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ライターの西森路代さんが、さまざまな日本のドラマについて考察した『あらがうドラマ「わたし」とつながる物語』(303BOOKS)を上梓。『団地のふたり』(NHK)や『続・続・最後から二番目の恋』(フジテレビ系)など、俳優として多数の日本ドラマを彩り続ける小泉今日子さんをゲストに迎えて、東京・下北沢「本屋 B&B」でトークイベントを開催しました。

「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」と題して語り合った当日の様子をレポートします。後編のテーマは「どう歳を重ねるか?」です。    

がむしゃらにやってきた、その先は?

東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。俳優の小泉今日子さん東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。俳優の小泉今日子さん

西森路代さん(以下、敬称略):小泉さんが出演中の『続・続・最後から二番目の恋』(フジ系)を何度か繰り返し見ているんですけど、「無理をしたい年頃がある」っていうセリフが面白いし、今の自分にはすごくわかるんですよ。

中年に差し掛かるあたりの年齢だと、「自分を労わろう」と思うんですけど、いざ第一線から退けられそうになると、「いや、やっぱりもう一度最後にやってやろう」みたいな気持に変わるのかもしれないなって。その心境にすごく共感しました。 

小泉今日子さん(以下、敬称略):実際、今の私がまさにその地点にいるかもしれないですね。今59歳で、来年は還暦なんですけど、「60歳まではがむしゃらにやる」って決めてるんです。

西森:60歳が区切りなのは何か理由があるんですか?

小泉:特に理由はないんですけど、会社だったら60歳とかで定年を迎えるじゃないですか。でも私たちの仕事には定年がないから、一緒に区切りを感じたいだけなのかも。

だから、ひとまず60歳まではがむしゃらに働いて、60歳になった瞬間に「私は何をしたいと思うんだろう?」と感じるところまでをサプライズとして楽しもうかな、という感じです。自分がこの先何をしたいのかをもう1回考えて、再デビューみたいな気持ちになれたらいいなって。

西森:達成感の先にあるものを探しに行く感覚でしょうか。私は『あらがうドラマ』を書き終えて、取材をしてもらったり、こんなふうに小泉さんと対談をさせてもらったりしている今がまさにお祭り的な感じなのですが、このお祭りがそろそろ終わるのが悲しいんですよ。

小泉さんはアイドルとして人気になって、歌手としても俳優としても活躍して、たくさんの山をこれまで乗り越えてこられたんだと思いますが、 どの達成感がすごかったとかありますか?

小泉:うーん、私の場合はあまり達成感を感じないようにする癖がずっとあるかもしれません。ドラマのクランクアップで後輩が泣きながら挨拶していたらもらい泣きすることもあるけど、自分のクランクアップでは泣かないし、大喜びもしない。無理にではなく、そんなふうに生きているところがありますね。

西森:それは自分の中で、そうした方がいいと思っているからですか?

小泉:末っ子なので根は甘えん坊なんですけど、16歳で歌手デビューして一人で仕事をするようになって、家族に心配をかけたくないと思ったときに「感情的な自分を封印しよう」みたいな感覚があったんでしょうね。でも、だからこそここまでやってこれたのだとも思っています。

仕事じゃなくてもいいなら、30歳くらいのときに夕方5時にお酒を飲み始めて、翌日の夜7時まで飲み続けたときはすごい達成感がありました。

西森:やっぱりエネルギーがすごいですね。

小泉:だから時々は無駄なエネルギーを放出しないと、逆に心や体に悪いみたいな感覚になる。私の場合はそれがお酒だったけど、人それぞれに違う形で解消しているんだと思います。10代、20代だと恋愛に依存しちゃう子もたくさん見てきました。

東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。ライターの西森路代さん東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。ライターの西森路代さん

本があったから正気を保てた

西森:小泉さんはずっと読書家でもありますよね。今に限らず、私が中高生の頃から、お薦めの本とかカルチャーを紹介していた記憶があります。

小泉:若いときは仕事がどれだけ忙しくなっても、本があったから正気を保てた、みたいな実感があるんですよね。本とか、映画とか、音楽もそう。

西森:アイドル時代は正気が保てないくらいの忙しさだったんですね……。

小泉:若い頃に芸能の仕事を始めて、さらに売れちゃったりすると、周囲はみんな良くしてくれるんです。我々の仕事はそういうものだから。

でも、それを当たり前だと思ってしまうと価値観を間違いやすくなることは当時からわかっていたんですね。それは人として格好悪いだろう、とも。

私の場合は、どれだけ売れても親や家族が昔と変わらない態度で接してくれたおかげもあったのですが、本当に疲れているときだと「こういう待遇に身を任せた方が楽なんだろうな」と悪魔が囁いてくるんですよ(笑)。そういう時に、本を読んで正気を保つようにしていました。だから、周囲にチヤホヤされて一時的に鼻が高くなっちゃう若い子の気持ちもわかるし、「それは許してあげて~」と今でも思っちゃいますね。

そんなふうにして20代を過ごしてきたので、迷える感じの後輩を見かけるたびに、よくごはんに誘って話を聞くようにしていました。

車で迎えに行って連れ出して、話を聞きながらごはんをする。で、食後は、もう1軒別の喫茶店に寄って「じゃあ、ここは奢ってね」と言うんです。そうすると、どの子も嬉しそうに「うん!」と言ってレジにスタスタ歩いていく。その背中を見ると、キュンとしちゃうんですよね。

食事はちょっとお金を持っている私が払うけど、ケーキ代だけはあなたが出してね、って。そうすることで「私たちは対等だよ」と伝えたかった。

芸能界はいろんなことが目まぐるしく起きる場所なので、思考が追いつかないからやっぱり大変なんです。アイドルと俳優では、背負うものも違う。私はその両方を知っていたので、いろんな後輩の子の話を聞いたり、長電話をしたりとかよくやっていました。

年齢を超えてつながれる

西森:2015年にご自身の事務所(株式会社 明後日)を立ち上げていますが、それよりずっと前から後輩たちの悩みを受け止めてこられていたんですね。

『あらがうドラマ』でも取り上げた『SHUT UP』(2023年)に出演されていた芋生悠さんも、明後日の所属ですよね。同じエリート大学に通う彼氏がいるお嬢様役の露木彩を演じていましたが、すごくよかったです。

小泉:芋生さんは以前の事務所のマネージャーさんが病気で急逝されたタイミングで、たまたま相談をされたんですね。そのときに「一度、一人でやってみようと思います」と言っていたので、「もちろん一人でもできると思うけど、大変だと思うから窓口くらいならうちがやるよ」と声をかけて、仕事の中継とか事務処理関連を手伝っています。

芋生さんが出演した『SHUT UP』ももちろん見ました。最初はシスターフッドの話なんだろうなと予想していたのですが、途中からどんどん「え、そうなんだ?」「そんなところまで行く?」という意外な展開になって面白かったですね。

西森:やりきった感がすごかったですよね。『SHUT UP』は過去に『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年)などを担当した本間かなみさんがプロデューサーを務めた初のオリジナル作品です。

苦学生の女子大学生のひとりが、インカレサークルのエリート大学生に妊娠させられ、その中絶費用として、相手の学生から100万円を強奪しようとするサスペンスでもあるんですが、そこから大学のサークルにはびこる組織的な性暴力事件をつきとめるところまでいくんですよね。

小泉:本間さんはガッツもあるし芯も強い、すごく素敵なプロデューサーだと思います。

日本でも実際に起きている現実と地続きになっている。そういう怖さを感じましたね。芋生さんが演じた露木という女の子は、これまでのドラマだったら多分、最後の最後まで彼氏側についているようなタイプのキャラクターだと思うんですよ。でもこのドラマでは、早い段階でパッと自分で判断して主人公の女性たち側の味方に回る。そこも面白かったです。

芋生さんってすごいんですよ。最近は自分で監督・主演した『解放』という短編映画を上映して、映画と地続きで朗読、インスタレーションアートを融合させるという新しい表現に挑戦しているの。

そういう姿を見ると、年齢ってそんなに関係ないなと感じます。彼女はまだ20代だけど、私をリスペクトしてくれつつも、対等に話してくれるんですね。私の頼りない部分をフォローしてくれることもあるから、お互いさまなんですよね。

脚本家の坂元裕二さんも多分そういうタイプなんじゃないかな。ドラマの仕事を一緒にしたことはないのですが、共通の友人がたくさんいるし、舞台を一緒に作ったりしているので感じるんですが。「この人は私と同じようにいろんなことをやってみたいし、『坂元先生』のように祭り上げられるのは嫌なんだろうな」って。

余談ですが、彼が昔脚本を手掛けて大ヒットした『東京ラブストーリー』(1991年)、当初は主人公の候補として私の名前が挙がっていたとテレビ局の方に聞いたことがあります。

西森:おお、会場がざわめきましたね。鈴木保奈美さんが演じたリカの役を、小泉さんが演じていた可能性もあったということですよね。すごい話を聞いてしまった。

小泉:そんな間柄でしたから、坂元さんと満島ひかりちゃんの朗読劇「詠む読む」をプロデュースしているときは楽しいです。

ひかりちゃんとは何度も共演していますが、役へのチューニングの合わせ方が独特で、一緒にお芝居をするのが面白い人。いつも会えばパッと仲間になれる。そんなふうに年齢を超えてつながれる仲間がたくさんいるのは、役者の世界のいいところかもしれません。  

東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。左から、ライターの西森路代さん、俳優の小泉今日子さん東京・下北沢「本屋B&B」で開催されたトークイベント「代田のふたり ~日本のドラマを語る夜~」。左から、ライターの西森路代さん、俳優の小泉今日子さん

【プロフィール】

◾️西森路代(にしもり・みちよ)

愛媛県生まれ。地元テレビ局、派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーライターに。主な仕事分野は、韓国映画、日本のテレビ・映画に関するインタビュー、コラムや批評など。2016年から4年間、ギャラクシー賞テレビ部門の選奨委員も務めた。著書に『韓国ノワールその激情と成熟』(Pヴァイン)、ハン・トンヒョン氏との共著に『韓国映画・ドラマ―わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)がある。

◾️小泉今日子(こいずみ・きょうこ)

神奈川県生まれ。1982年、『私の16才』で芸能界デビュー。以降、歌手・俳優として、舞台や映画・テレビなど幅広く活躍。2015年より代表を務める「株式会社 明後日」では、プロデューサーとして舞台制作も手掛ける。文筆家としても定評があり、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング/第33回講談社エッセイ賞)、『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数。

(取材・文/阿部花恵 編集/毛谷村真木) 

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