6月は、世界的にLGBTQ+の平等な権利を啓発する「プライド月間」。
世界各地で関連イベントが開催され、日本では6月7、8日、国内最大級のLGBTQ+の関連イベント「Tokyo Pride(東京プライド)」が東京・代々木公園で開催された。
2012年に4500人だった参加者は年々増加しており、来場者数は27万7千人を突破。8日に実施されたプライドパレードでは、過去最高の約1万5千人(主催者発表)が参加した。
東京プライドは、LGBTQ+当事者同士はもちろん、当事者の家族やアライが集う、連帯や交流の場所としても大きな役割を担っている。国内外から多くの企業や団体がブースを出店し、今年は「Same Life, Same Rights」のテーマのもと、平等な権利を求めて連帯やサポートの姿勢を示した。
今回、2015年から「東京レインボープライド」(東京プライドの旧名)に参加し、日本企業におけるDE&Iの促進を牽引し続ける資生堂の出店ブースを取材。テーマに掲げた「With you」に込めた思いや、DE&IやLGBTQ+のエンパワーメントにおける今後の展望について、資生堂の岡林薫さん(DE&I戦略推進部 エンパワメントグループ グループマネージャー)に聞いた。
資生堂が東京プライドで“you”に込めた思い
──まだ初日の午前中ですが、ブースの前に行列ができていて、すぐに「ここだ」と分かりました。
当社のブースで実施しているタブレットを活用した肌測定やパーソナルカラー診断には、年齢やジェンダーなどを問わずいろいろな方が興味を持ってくださっているようで嬉しいです。
LGBTQ+の人をはじめ、メイクやビューティーケアに興味を持っている人の中には「店頭に行きたいけど心理的ハードルが高い」と最初の一歩を踏み出せずにいる人もいらっしゃると思います。自分に合ったケア方法や相性の良い色味などの基礎的なことを知ることで「じゃあ今度はこれを試してみようかな」といろいろなものを楽しむきっかけにしていただけたら嬉しいです。
もちろん「好きな色を身に纏(まと)うのが一番良い」という前提があった上での話にはなりますが、「自分に合った色やトーン」を知ることで、表現力の幅を広げたり、それぞれの魅力を最大限に活かしたりする楽しさを体験していただけるような内容になっています。
ブースで試せる資生堂の化粧品の一部。タブレットを活用したパーソナルカラー診断のほか、メイクの仕方などのアドバイスも── 個人の美にパーソナライズされた体験になっているんですね。昨年に引き続き掲げているテーマ「With you」にも、一人ひとりの多様な美に並走するような想いが込められているのでしょうか。
「With you」には「当事者に寄り添う」という思いが込められています。企業ミッションに「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でよりよい世界を)」を掲げる資生堂では、画一的な枠組みに寄せた美ではなく、一人ひとりがなりたい姿を目指すお手伝いをしています。
2022年には店頭で応対・接客を行う国内「ビューティーコンサルタント(BC)」の呼称を「パーソナルビューティーパートナー(PBP)」に進化させ、急速に変化・多様化するお客さまニーズに寄り添い「自分らしい美」を一緒に創り上げるパートナーとなっています。
タブレット端末を使いながら、その人におすすめのメイクや肌コンディションなどを測定。パーソナルビューティーパートナーが一人ひとりにつき、和やかにアドバイスをする場面も。ブースを訪れる来場者はまさに多様だ── ブースで来場者一人ひとりと楽しそうに話している、スタッフの方々の様子が印象的です。まるで文化祭のような熱気に驚きました。
初めてイベントに参加した頃は小規模な有志によるものでしたが、昨年からは役員も参加しています。パレードへの参加も含めて、社内の参加人数は150人に達しています。
当初からボトムアップ的な理解が進んだ企業ではありましたが、トップが経営戦略としてDE&Iの音頭をとったことで、よりその重要性の可視化が加速されたのだと思います。担当者としてこれほど嬉しいことはありませんね。
DE&Iを「やっておけばよかった」と後悔する前に
(左から)大堀栄美さん(資生堂ジャパン 美容戦略部 社会価値企画推進グループ ソーシャルエリアリーダー)、岡林さん。虹色の「美」を描いたロゴデザインを手がけたのは、資生堂クリエイティブのアートディレクターの池田昂己さん。「無数の線が交わり、大きなひとつの『美』の文字を描きだす。誰もが美しさの一部であり大切な存在であることを多様な色が混ざり合うグラデーションで表現しました」とコメントを寄せている── 横文字のロゴデザインやスローガンが多い中、今回のロゴデザインが漢字の「美」なのも印象的ですね。
今回の当社のロゴが虹色の線が交わって形成する漢字の「美」になっているように、こうした価値観の普及や活動において、「日本企業」という側面を前面に押し出すことにも意義を感じています。
東京でレインボープライドが始まった当時は外資企業が日本を引っ張ってくれている状況でしたが、ここ数年で日本企業の存在感も大きくなってきています。日本企業の名前をこの場で目にすること自体にも、同じくDE&Iに取り組む他の企業や当事者にとって、とても意味のあることだと思います。
── レインボープライド発祥の地であるアメリカでは、トランプ政権の影響を受けてDE&Iに対する圧力が強まっています。実際「DE&I=利益にならない」と考える経営層も少なくありません。
トランプ政権と東京プライドは、確かに切り離して語れない実情があると肌身で感じています。しかし同時に「今こそ日本企業も進もう」と足並みを揃える転換期として、敢えてポジティブな視点でとらえることも大切なのかなと思います。
加えて「DE&I=利益にならない」というイメージは根強く、目前の課題解決に追われてDE&Iまで手が及ばない企業や「それをやっていくら稼げるの?」という経営層の声もありますよね。
しかし、この先10年の組織経営を考えたときにセクシュアリティやジェンダー、障害の有無や国籍などを問わず、誰もが働きやすい環境、みんながハッピーな環境を作ることは企業存続のための必須事項であり、その中心にDE&Iがあるんです。
── Z世代の就活においても、企業がDE&Iを整備していることは「当たり前」になりつつあるという声が各所からが上がってきています。
組織や社会は、本来多様な個人によって成り立っているものなので、それを「ないもの」としてしまう企業を選ばないことは、とても合点が行きますね。
仮に企業が本当に「多様性がない」と感じているならば、それは「見えない仕組みになっている」状態にすぎません。生活者の選択基準においても、DE&Iを意識した企業の姿勢が今後ますます重要視されてくると考えています。
── 事業存続において「やっておけばよかった」と後悔しないために、今の段階からDE&Iが求められているんですね。日本企業が足並みを揃えて取り組んでいくことに関して、資生堂のDE&Iラボでは組織経営に役立つ研究データなども無料公開されていますね。
日本起点の企業としてDE&Iの促進に注力してきた当社では、そこで培ったノウハウを、業界を問わず他社と共有することで、日本企業全体のDE&Iをより加速していきたいと考えています。
今年3月にはシンポジウムも開催し、たくさんの企業担当者に参加していただきました。今後も継続して研究結果を発信する予定なので、日本社会のDE&I推進する一助になれば幸いです。
「多様性と向き合うこと」は「お客様と向き合うこと」
東京プライドに参加した資生堂のスタッフ。5月17日に開催された名古屋レインボープライド、10月11、12日に予定されている大阪レインボーフェスタでもパーソナルビューティーパートナーが参加している── 生活者の選択基準のひとつにDE&Iが入ってくる時代、ですか。
当社ではDE&Iを促進する取り組みのひとつとして、お昼休みなどを使ってウェビナーを実施しています。多岐にわたる勉強テーマの中で、特にLGBTQ+に関しては、思っていた以上に多くの人が見てくれていると手応えを感じています。
お客様と一口に言っても販売店や生活者など、立場や関係性によって直面する課題も多種多様です。また地方性なども入ってくると、やはり「多様性にいかに向き合っていくか」という問いは「お客様とどう向き合っていくか」に直結します。
職種や勤務地の垣根を超えて参加できるウェビナー形式にしたことで、今まで目に見えなかった現場のリアルな疑問が全国から集積されて、DE&I担当者としても「ここにはこんな課題があったのか」とハッとすることが多いです。
福利厚生などの社内制度は人事に聞けばいいのですが、ダイバーシティの観点から見た現場のことはケースバイケースなものが多く、誰に聞けばいいかわからないものなんですよね。今後、LGBTQ+に関する社内での勉強会は有識者や当事者の話をより多く交えて、より加速させていきたいと思っています。
── 「資生堂だから簡単にDE&I戦略を実現できた」と思いそうになりますが、実際は今でも社内のモヤモヤの可視化などを試行錯誤して進めているんですね。
そうなんです。色々な試行錯誤をしてきたからこそ、担当者としてすぐにできることとできないことがあることも実感しています。
そうした中で、すぐにできることのひとつとして、今日のような場に企業の役員が参加することは意義深いと感じます。色々な組織や立場の人が集まって一斉に特定の属性の人々を支援する場を実際に見て、多様な来場者と直接言葉を交わせば、企業として取り組むべき次の一手が見えてくることもあります。私たち自身もLGBTQ+の当事者の方々と話すなかで「そういうイメージなんだ」「このニーズを拾えていなかったんだ」と色々なことを学んでいます。
── 組織経営というと壮大なイメージが一人歩きしてしまいがちですが、当事者の声、まさに“you”の声に耳を傾け続けることが大切なんですね。
そう思います。経営層のDE&Iを促進する高い志はもちろん、引き続き「美の力で人を幸せにできる」と信じて多様な“you”のエンパワーメントやサポートを続けていきます。
サービスや取り組み、製品などについて「足りない」「間違っている」「もっとこうしてほしい」というご意見がございましたら、ぜひ店頭やお問い合わせ窓口などに届けていただきたいです。今日の東京プライドをひとつの節目に、改めて企業や生活者の皆さんと一丸となって、色々な方向からDE&Iを推し進めていけることを楽しみにしています。


