早尾貴紀さんパレスチナ自治区ガザ地区で、イスラエル軍の攻撃と物資搬入の制限により多くの民間人が殺害されている。食料を求め、物資配給所の近くなどで射殺されたパレスチナ人は1800人を超えた。乳児を含む子どもたちが日々人為的に餓死させられるのを目の当たりにしてなお、国際社会はそれを止められていない。
パレスチナで起きているジェノサイドに、日本は無関係ではない。
「日本は現在のパレスチナ/イスラエル問題に、歴史的に深く関わり、責任を負っています」。シオニズム(ユダヤ人国家思想)やイスラエルの対ガザ政策を研究し、著書に『パレスチナ、イスラエル、そして日本のわたしたち』(皓星社)などがある早尾貴紀さん(東京経済大教員)は、そう指摘する。
日本は、パレスチナに向けられる際限なき暴力に、歴史的にどう加担してきたのか。日本による東アジアの植民地支配と、イスラエルのパレスチナ占領・入植に共通することとは。早尾さんに聞いた。
【早尾貴紀】1973年生まれ。東京経済大学教員。専門は社会思想史。2002〜04年、ヘブライ大学客員研究員として東エルサレムに在住し、西岸地区やガザ地区、イスラエル国内でフィールドワークを行う。著書に『パレスチナ/イスラエル論』(有志舎)、『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社)、訳書にハミッド・ダバシ著『イスラエル=アメリカの新植民地主義 ガザ〈10.7〉以後の世界』(地平社)など多数。
日本とイギリスが利害調整
━著書で「日本は、帝国主義・植民地主義の歴史の中でパレスチナ問題に加担してきた」と言及しています。具体的に、日本はどのような責任を負っているのでしょうか。
日清戦争後、日本とイギリスとロシアは中国・朝鮮での利権を衝突させました。日本とイギリスは、ロシアという「共通の敵」がいて利害が一致したことから日英同盟を結びます。互いの利権を尊重することを確約し、「棲み分け」したのです。
日本が日露戦争に勝って朝鮮半島を植民地にしたことと、イギリスが現在のパレスチナを含む中東地域で植民地支配を進められたことは、利害調整の結果です。
さらに第一次世界大戦後、日本は南洋諸島の委任統治を認めてもらう代わりに、イギリスによるパレスチナの委任統治を認める、という取引をしました。このように、日本は中東地域に対するイギリスの支配に歴史的な責任があり、「共犯者」とさえ言えます。
イギリスがパレスチナに対して事実上の植民地化を進める中、1920年代にはシオニズム運動(※)がイギリスの後押しを受けて本格的にスタートしました。現在も続くイスラエルのパレスチナ侵略の決定的な転換点は、当時のイギリスによる支配にあります。
(※)シオニズム運動とは、「シオン」と呼ばれるエルサレムの地に、ユダヤ人の国をつくるという思想や、それを実現しようとする運動のこと。
━日本は明治維新以降、アイヌモシリ(アイヌ民族の居住地)と琉球王国への侵攻、台湾と朝鮮の植民地化、満州支配と、植民地主義を展開します。シオニズム運動と日本の植民地主義には、どのような共通点がありますか。
イスラエルと欧米が中東地域に対して植民地主義を展開してきたことと、日本がアジアにおいて植民地主義的な振る舞いをしてきたことは、人種主義(レイシズム)の思想が根底にある点で共通しています。
「自分たちは優れていて、先住民は劣っている」というレイシズムの考えは、虐殺を伴って先住民から人・物を収奪する植民地支配を正当化します。
パレスチナ人に対するジェノサイドをイスラエルが実行するだけでなく、それを欧米が容認し、さらには支持や軍事支援までしてきました。これは「白人は非白人より優位だ」とする白人至上主義が、現在も続いていることの表れです。
日本の植民地主義にもレイシズムがみられます。「アジアの他の民族は、自分たちより劣った野蛮な存在だ」と位置づけて、当時の言葉で言えば「大和民族」の優位性を主張するレイシズムを持っていました。
1903年に大阪であった内国勧業博覧会で、先住民族たちが生きたまま展示された「人類館事件」は、そうした日本のレイシズムを反映しています。
「朝鮮の南北分断」と「パレスチナ分割」の共通点
━パレスチナ/イスラエル問題に、日本が歴史的に関与してきたという認識は、日本社会で極めて薄いように思います。その背景には何があるのでしょうか。
そもそも日本が直接行った植民地支配と戦争責任を直視し、反省することを避け続けてきたことが大きいと思います。
第二次世界大戦に敗れた日本は、朝鮮半島や台湾の植民地などを一気に失いました。抵抗運動に屈したり、国内で「植民地支配はダメだ」という議論を経たりして手放したわけではありません。日本が主体的に判断するというプロセスがないままに、連合軍によって植民地を取り上げられたに過ぎません。
さらに冷戦下で、日本はアメリカを中心とした資本主義諸国でつくる西側陣営に組み込まれました。1951年にはサンフランシスコ平和条約を締結し、日本は西側諸国とのみ講和を結んで戦後世界に入っていきます。この条約は日本の賠償責任を基本的に免除する内容だったため、日本が自らの植民地主義と向き合うことを避ける結果になりました。
日本が東アジアで直接展開した植民地主義に対してさえ、日本のマジョリティは無自覚であり続けています。ましてや中東まで絡めて、自らの間接的な責任について考える視点が弱いのは必然といえます。
━著書では、朝鮮の南北分断と、国際連合によるパレスチナ分割、イスラエル建国には「同質性がある」と指摘しています。どのような点が似ているのでしょうか。
パレスチナ分割を経て1948年にイスラエルが建国されたことと、朝鮮半島が南北に分断されたことは、どちらも「脱植民地化の過程で帝国の利害によって分断された」点が共通しています。
朝鮮がアメリカとソ連によって分割占領され、48年に南北で分断されたのは、もとをたどれば日本による朝鮮半島の植民地支配が原因です。
また、第一次世界大戦後に国際連盟からパレスチナの委任統治を認められたイギリスは本来、先住民であるパレスチナ人たちが独立するまで支えることが筋でした。
ところが、イギリスはバルフォア宣言(※)を出し、ユダヤ人たちをパレスチナに入植させました。最終的にイギリスはパレスチナ問題を国際連合に丸投げし、47年には国連でパレスチナ分割決議が採択されます。
パレスチナの統治を委任されながら、ヨーロッパからのユダヤ人入植によるシオニズム運動を支援し、パレスチナ独立のために動いてこなかったイギリス政府は極めて無責任です。
(※)第一次世界大戦中の1917年に、当時のイギリスの外相バルフォアが、「パレスチナにユダヤ人の民族的郷土を建設すること」を支持すると表明した宣言。
パレスチナ/イスラエル問題などに関する早尾さんの著書宗教対立ではなく、「自己決定権」の問題
━パレスチナ/イスラエル問題を植民地主義の問題だと捉えず、「イスラム教徒とユダヤ教徒の宗教対立」「アラブ人対ユダヤ人の民族紛争」といった誤った見方が日本では根強いと感じます。
「パレスチナ問題は宗教対立だ、民族紛争だ」と語る図式は、イスラエルが植民地主義と人種主義によってできた「入植者植民地」の国家だという事実を隠蔽するのに都合の良い言説です。
一方は、欧米から土地を分割され、独立を阻止され続けてきた先住民のパレスチナ人。もう一方は、ヨーロッパの中のマイノリティとして迫害も受けたが、ヨーロッパの手先として送り込まれて、欧米から支援を受けている入植者のユダヤ人。両者は対等な立場で争っているわけでは全くないのです。
パレスチナ問題は、植民地支配に抵抗するパレスチナ人の自己決定権の問題です。欧米諸国は長い歴史の中で、パレスチナ人の自己決定権を蔑ろにし、踏みにじってきました。
研究者やジャーナリストなどから、「解決のためにはオスロ合意(※)に基づく二国家体制を目指すしかない」との意見を聞くことがあります。ですが、そこには誤解があります。オスロ合意は、パレスチナを独立国家として認めるとは一切言っていません。実際に合意後も、イスラエルのパレスチナ入植地はどんどん拡大していきました。
パレスチナの民衆が、オスロ体制に反対する政党のハマースを2006年の選挙で第一党に選んだのは、パレスチナ人の自己決定でした。それなのに欧米や日本は、植民地主義に抵抗するハマースを認めず、オスロ体制という名の占領・入植の継続を支持しました。ここでも日本はパレスチナ占領の「共犯者」になりました。
(※)オスロ合意とは、パレスチナ解放機構(PLO)とイスラエルによる1993年の合意のこと。PLOはイスラエルを国家として認め、イスラエルはPLOをパレスチナを代表する自治政府として認める内容だった。
━イスラエルは「民間人は攻撃しない」と主張していますが、実際には子どもを含む民間人を無差別に殺害し続けています。
民間人の殺害を正当化するために、「ハマースはテロリストだ」という言説が恣意的に使われています。ハマースの党員も、日本の〇〇党の党員と同じように、タクシーの運転手だったり、カフェの店員だったり、病院や幼稚園を運営していたりと、ガザで普通に生活している人たちです。当然、全ての党員が戦闘員だということはありません。
イスラエルの政治家たちは、民間人を攻撃していないと言いながら、「ガザに無罪の人間はいない」とも主張します。つまりガザにいる以上、そしてハマース政権を生み出した以上、「パレスチナ人は全員殺していい」と言っているに等しい。
このロジックは、1930〜40年代に日本軍が中国大陸でしたことと類似しています。満州(現在の中国東北部)では1932年、「抗日ゲリラが潜んでいる」として集落が焼き払われ、多くの住民が虐殺される「平頂山事件」が起きました。日中戦争中も、同じように「抗日ゲリラをかくまっている」として、日本軍は重慶を無差別に爆撃し、多数の市民が殺害されました。
こうした日本軍の残虐行為は、「ハマースの支持者は全員テロリストだ」として、イスラエルがパレスチナの民間人を標的にしていることと通じています。
━日本を含む国際社会は、イスラエルによるパレスチナ人の民族浄化を止められていません。ジェノサイドに抗うために、私たちに何ができるのでしょうか。
これまでお話したように、ガザで起きている出来事は、遠い別世界の話では決してなく、日本が歴史的に深く関わっている問題です。そして今なお日本は欧米と一緒になってジェノサイドを止めず、容認し、加担しています。
女性、LGBTQ、障害者、移民、先住民に対する差別など、私たちの足元にあるあらゆるマイノリティ差別は、欧米とイスラエルによるパレスチナ支配やアラブ人差別と通底しています。7月の参院選でも表面化した日本社会に広がる排外主義と、パレスチナ人のジェノサイドとは、レイシズムという点で根はつながっているのです。
すでに色々なルーツの人たちが日本社会で一緒に暮らし、税金を納め、この社会をともに作っています。
多様なルーツの人々によって自分たちが支えられていたり社会が活性化していたりする現実を見ようともせず、敵対視して、「日本人ファーストだ」「再分配は日本人だけにしろ」などと主張する。この発想自体が非常に差別的であり、「アーリア人至上主義」を掲げたナチス・ドイツ、そしてユダヤ人至上主義のシオニズムと同じです。ナチズムやシオニズムがしたことと同じように、そのうち日本国籍者であっても「国粋主義に賛成しない者は非国民だ」などと言われ、排斥される側になります。
ガザへの寄付や抗議デモ・政治運動への参加、またはパレスチナに関する勉強会や講演会を企画することでも良いと思います。目の前にある人権問題と向き合い、それぞれの人が自分の場所で、身近な人間関係の中で、できることを実行する。そういう人がこの社会で増えていくことは、パレスチナ問題の公正な解決にもつながると私は考えています。
(聞き手=國﨑万智)
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戦後80年を迎え、植民地支配の責任や日本の加害の歴史を否定・歪曲する言説が日本社会にあふれています。今広がる排外主義は、こうした歴史否定とも深く結びついています。ハフポスト日本版は、日本が二度と侵略戦争や植民地支配を繰り返さないため、将来世代へと教訓を引き継ごうとする人や、歴史の歪曲に抵抗する人たちの言葉と活動を紡ぐ戦後80年企画「加害の歴史否定と差別に抗う」を始めます。



