英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、「ロイヤル・バレエ&オペラ(RBO)」で上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えて映画館上映する「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」。今シーズンも全10作品<バレエ6作品/オペラ4作品>を各1週間限定で全国公開している。ライブでの観劇の魅力とは一味違う、映画館の大スクリーンと迫力ある音響で、日本にいながらにして最高峰のオペラとバレエの公演を堪能できる至極の体験を味わえる。
2025年9月5日(金)からは、アントニオ・パッパーノ×バリー・コスキーの新体制で贈る、壮大なる愛と裏切りの叙事詩『ワルキューレ』が、TOHOシネマズ日本橋ほか全国で1週間限定公開される。本作の見どころを、ジャーナリスト/音楽・映画・ミュージカルナビゲーターの石川了氏の解説とともに紹介する。
Barrie Kosky's production of Die Walküre, The Royal Opera ©2025 Monika Rittershaus
19世紀の巨匠リヒャルト・ワーグナーが26年の歳月をかけて完成させた四部作『ニーベルングの指環』。その第2作(第一日)にあたる『ワルキューレ』が、英国ロイヤル・オペラによる新制作としてスクリーンに登場する。神々、人間、そして地底に住むニーベルング族が織りなす本作は、権力、愛、裏切りが複雑に交錯する壮大な叙事詩だ。石川氏は、J.R.R.トールキンの「指輪物語」との類似点や相違点にも言及しながら、文学と音楽の両面に通底する普遍的テーマ性に光を当てている。
Christopher Maltman and Stanislas de Barbeyrac in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
石川氏は「初めて観る方はもちろん、前作『ラインの黄金』を観ていなくても全く問題なく楽しめる」と語る。禁断の愛、家族の葛藤、別れなど、感情に訴えるドラマが鮮烈に描かれており、ストーリー展開も明快。中でも「ワルキューレの騎行」をはじめとする音楽は、劇的かつ感動的で、観る者の心を揺さぶる。
Soloman Howard, Natalys Romaniw and Stanislas de Barbeyrac in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
また、「ワーグナーはライトモティーフという手法を使って音楽ドラマを描いた」と石川氏は解説する。ライトモティーフとは、感情や状況、登場人物などを象徴する短い旋律で構成され、それが繰り返し登場することで、観客は「どこかで聴いたことがある」と無意識に気づき、物語の理解が深まっていく仕組みだ。映画「スター・ウォーズ」シリーズの音楽にも通じるこの手法により、音楽は過去・現在・未来の時間軸や人間関係のつながりまでも表現し、極めて革新的な音楽ドラマを実現している。
Christopher Maltman and Elisabet Strid in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
本作の音楽監督を務めるのは、英国ロイヤル・オペラ史上最長の22年間にわたってその地位を担い、2025年5月には初の「桂冠指揮者」の称号を授与されたアントニオ・パッパーノ。彼の指揮は、歌手の声を最大限に引き立てるテンポ設定と、オーケストラとの精緻なバランス感覚、そして音楽に込められた圧倒的な推進力に定評がある。
Stanislas de Barbeyrac, Natalya Romaniw and Illona Linthwaite in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
演出を手がけるのは、世界的に活躍する演出家バリー・コスキー。今回の舞台は、彼がテレビで目にした故郷オーストラリアの山火事にインスピレーションを得て構想されている。環境が破壊された終末的な世界を、大地の母神エルダ(ブリュンヒルデの母)の視点から描くことで、新たな解釈を提示している。石川氏も「この『ワルキューレ』でも、冒頭の嵐の音楽からブリュンヒルデが炎に包まれるラストまで、緊張感が持続する音楽のドラマにスクリーンから目が離せない」と賞賛を送っている。
Natalya Romaniw and Stanislas de Barbeyrac in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
キャストは、パッパーノとコスキーが時間をかけて選び抜いた実力派たちが集結した。ヴォータン役には、「パリ・オペラ座 INシネマ2025」の『蝶々夫人』(9月12日公開)でシャープレス役を務めるクリストファー・モルトマン。ブリュンヒルデ役には、2025年1月新国立劇場『さまよえるオランダ人』でゼンタを歌ったエリザベート・ストリッド。フリッカはバイロイト音楽祭でも活躍するベテランのメゾ・ソプラノ、マリーナ・プルデンスカヤが名を連ねる。
Christopher Maltman and Elisabet Strid in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
Christopher Maltman and Marina Prudenskaya in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
さらに、ジークムント役には、叙情的ヘルデンテノールとして注目されるフランス人テノール、スタニスラス・ド・バルベラク。そして、ジークリンデ役には急遽代役として抜擢されたナタリア・ロマニウが登場。
Stanislas de Barbeyrac and Natalya Romaniw in Die Walküre ©2025 Monika Rittershaus
石川氏は「オペラはこのようなスター誕生のドラマが生まれるから、やはりRBOシネマシーズンは常にチェックしておきたい」と語り、劇場で観る臨場感あふれる映像体験を強く勧めている。
※石川 了氏(ジャーナリスト/音楽・映画・ミュージカルナビゲーター)による『ワルキューレ』解説全文は下記↓URLにて閲覧可能です。