パタゴニアの食品コレクション「パタゴニア プロビジョンズ」高品質のアウトドア衣類と、環境問題に対する取り組みで広く知られているアウトドアブランド「Patagonia(パタゴニア)」。
10年以上前から食品産業にも進出していることをご存知だろうか。
パタゴニアの食品事業「Patagonia Provisions(パタゴニア・プロビジョンズ)」は、環境を再生するリジェネラティブ・オーガニック農業や漁業をサポートし、オーガニックのパスタやヨーロッパやチリで養殖され、成長するにつれて海の水質を自然に改善するムール貝の缶詰など、グローバルで現在、計約40種類の商品を販売している。
日本国内では現在、そうした輸入食品とともに、日本酒と味噌を生産・販売し、リジェネラティブ・オーガニック農業*を広げようと邁進している。
(*有害な化学物質の使用や土壌劣化を招く慣行を避け、健全な土壌環境の再生を促す農法を含め、土壌・動物・労働者の福祉を満たす全体論的な農業)
12月には、日本で初めてリジェネラティブ・オーガニック認証を取得した日本酒「やまもり2025」を発売するという大きなファーストステップを達成した。
なぜパタゴニアが食品にここまで力を注ぐのか?多くの人が持つ質問を、パタゴニア プロビジョンズ責任者の近藤勝宏さんに聞いた。
パタゴニアが食品業界に進出したワケ
「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」
2018年まで掲げてきたこのミッションステートメントを元に、リサイクル素材の製造やオーガニックコットンへの切り替えなど、環境への負荷を抑えた商品を通じて環境危機を訴えてきたパタゴニア。
しかし、気候危機に瀕する地球を守るのにはそれだけでは足りないー。
食品産業に足を踏み入れたのは、この分野に「地球を救う」可能性を見出したからだった。
私たちが1日3回口にする食事。それに伴う食品産業は、地球温暖化の大きな原因の1つになっている。国連機関「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2019年に発表した調査によると、食糧生産に伴って排出される温室効果ガスの量は、排出量全体の21〜37%にもなるという。
「では、その食品産業に変化を起こしたら?やり方を変えたら、より再生し、健全な状態に戻していけるような解決策になり得るんじゃないか、と考えたのが、きっかけです」と近藤さんは語る。
パタゴニア プロビジョンズ責任者の近藤勝宏さんアメリカでは2012年、日本では2016年にスタートした食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」。最初の商品は「サーモンジャーキー」だった。
「サーモンは森川海をつなぐ生き物で、環境指標を計るバロメーター。本当に健全な流域には、健全な野生のサーモンが生息しています。パタゴニアはずっと、川の流れを取り戻すための運動に取り組んでいるので、そのメッセージも含め、最初はサーモンに焦点を当てたんです」
当初は社員からでさえ「なんでパタゴニアが食品を始めたんだろう」と疑問の声も上がったというが、そうしたストーリーを知ることで、スタッフ、そして購入者へも理解が広がっていったという。
そして2018年、パタゴニアの企業理念は、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」へと進化。従来の「影響を最小限に抑える」という概念から、「地球をプラスに再生させる」という目標に進化した。
リジェネラティブ・オーガニック農業とは
パタゴニア プロビジョンズが本社のあるアメリカでローンチしてから約13年ーー。近年パタゴニアが特に力を入れているのが農業だ。
「食を通じて問題解決を示していこうとするうちに、実は土という資源が地球を健全に保つためにとても重要だとわかった」と話す近藤さん。
しかし除草剤や殺虫剤の使用や単一作物の栽培が行われる工業型農業は、土を疲弊させてしまうという。
リジェネラティブ・オーガニック農業とはそこでパタゴニアが着目したのが、有害な化学物質の使用や土壌劣化を招く慣行を避け、健全な土壌環境の再生を促すという「リジェネラティブ・オーガニック農業」だ。
しかし、「リジェネラティブ(再生)」という言葉には明確な定義がなく、グリーンウォッシュに使われ始めたことに懸念を持ち、2017年、パタゴニアは有機農業の研究で知られるロデール研究所やオーガニック・ボディケアブランドのドクターブロナーと共に、リジェネラティブ・オーガニック・アライアンスの創設に協力し、「リジェネラティブ・オーガニック認証(以下RO認証)」が策定された。
RO認証これは「土壌の健康」だけでなく、「動物福祉」「社会的公平性」の3つの柱で構成されている、包括的な枠組みだ。特に「土壌の健康」におけるリジェネラティブ・オーガニック(RO)農法には、合成殺虫剤、合成肥料を使わないオーガニック農法を基盤に、作物の種類と場所を周期的に変える輪作や、複数種の作物を同時に育てる間作、なるべく耕さないことや不耕起栽培などが含まれる。
現在、世界46か国で約340ブランド、約2750製品がリジェネラティブ・オーガニック認証を受けている。
RO認証の3つの柱とキーワード国産の日本酒・味噌も販売
プロビジョンズのほとんどは輸入製品だが、2022年からは日本酒「繁土ハンド」(寺田本家)と「やまもり」(仁井田本家)を、2023年からはオーガニック味噌を、国内でRO認証取得を目指して協同する農業者との歩みとともに手を組み、生産・販売している。
日本国内で生産するプロビジョンズの日本酒と味噌そして今年、自然酒「やまもり2025」が日本で初めてRO認証を取得。12月11日から発売される。
しかし、ここまでの道のりは容易なものではなかったという。
「なぜならそもそも、RO認証の定義は大陸型の畑作農業をベースにしており、モンスーンアジア地域の水田稲作に対応していなかったんです」と近藤さんは当時を振り返り、苦笑する。
そのため、国内で協同している農家や有識者、研究者と話し合い、認証母体に主体的に働きかけてきたことで、稲作におけるRO認証のガイドラインが策定されていったという。
「その結果、今回、国際認証の中で、そのガイドラインがしっかり定義されたこと、そして実際に初めての認証マークを得られたことは、すごく大きな意義があると思います」と感慨深げに語る。
やまもり2025この事例ができたことにより、監査サービスがオープンになり、今後RO認証を目指したいという農家や企業が、日本国内で監査を受けられるようになったというのも大きな成果だ。
「やまもり2025」を作っている仁井田本家は、以前から自社林と水田を自然に即した方法で管理してきたため、RO農業の文脈で新しい特別な実践を始めたわけではなく、彼らが300年以上続けてきた伝統的な管理の大切さにあらためて気づき、それが評価されるかたちになったという。
リジェネラティブ・オーガニック農業がもたらすもの
「水田は、食べ物を作る場としての機能だけじゃなくて、生態系サービスを提供するような多面的な機能を持っています。でも、それが近代的な農地管理や土地利用の変化でだいぶ失われてきてしまった。でも今回、調査結果の一部が発表され、国内でリジェネラティブ・オーガニック農業をやったら、どれだけ生物多様性が豊かになるか、ネイチャーポジティブに貢献できるのか、すごく大きなインパクトを生み出すことができることが分かった。それは、農業に従事する人にとってもモチベーションが上がると思います」
シンク・ネイチャーによるトンボ、鳥、両生類を対象とした分析結果によると、もし今から、現存する全ての水田でリジェネラティブ・オーガニック農法(農薬不使用+湛水管理)を行うと、1980年からの過去50年近くに渡り水田減少で失われた生物多様性を、2050年までに当時と同レベルまで回復することができる可能性があるという。
パタゴニアがリジェネラティブ・オーガニックでめざす、田んぼを中心に周辺生態系がつながり生き物たちでにぎわう豊かなビジョン現在、日本酒と味噌の販売は国内のみ。パタゴニア本社のあるアメリカでの販売予定は今のところないというが、「日本のRO認証製品を世界で紹介することは意義深いし、価値があると思うので広めていきたい」と近藤さんは熱く語る。
プロビジョンズのこれから
アパレルから食品へとビジネスを広げ、オーガニックからリジェネラティブ・オーガニックへと手法を進化させてきた同社。次のステップはいかなるものか。
「リジェネラティブ・オーガニック認証を広げることです。それによって、生物多様性の回復などの効果に繋げていきたい」と話す。しかし加速する気候変動と闘うには、「パタゴニア1社のビジネス規模や影響を与えられる範囲では全然無理」と話す。そのため、「このやり方に共感してくれる、影響力のあるようなところに投げかけて、産業全体で変革を作れるような流れを作っていきたい」と周りも巻き込んでムーブメントを加速したい考えだ。
「パタゴニアとしても、もともと自分たちが正しいと思う方法を使って、それをビジネスを通じて証明し、フォロワーを増やし、社会全体を変えていくというやり方を日本でも示していきたいと思う。農業でも同じことをやりたいと思うし、その変革を促していく中で、パタゴニアの場合はやっぱり『やまもり』のような『プロダクト』を通じて、広げていきたいと思う」
パタゴニア日本支社プロビジョンズ責任者の近藤勝宏さん

