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2026年1月17日(土)、18日(日)の両日、浜離宮朝日ホールにて、指揮者・太田雅音のタクトによる公演『モーツァルトの真髄』が開催される。本公演にはNHK交響楽団(N響)、読売日本交響楽団(読響)、東京都交響楽団(都響)をはじめ、国内主要オーケストラの首席奏者たちが垣根を越えて集結。名実ともに日本最高峰のメンバーによって編成されたオーケストラが、本公演に向けて特別に結成される。プログラムは、長原幸太(ヴァイオリン)、ゾルタン・マーチョイ(ホルン)、髙木竜馬(ピアノ)の三名をソリストに据えた三つの協奏曲と交響曲第36番「リンツ」。指揮者・太田雅音が信頼を寄せる精鋭たちと共に、モーツァルト音楽の本質へと迫る。

この特別なステージを前に太田が対話の場に招いたのは、永世棋聖の資格保持者にして日本将棋連盟会長(2017年2月~2023年6月)も務めた佐藤康光九段。二人の縁は、太田がドイツへ留学する前夜、佐藤九段から贈られた「研鑽」の色紙に遡る。以来15年、佐藤九段は折に触れて客席に足を運び、太田が歩んできた道のりを、その時々の響きの中に感じ取ってきた。盤上と譜面、戦う場所は違えど響き合う「表現の核」。自らもヴァイオリンを嗜む佐藤九段と、研鑽を積んできた太田が、公演を前に、表現の本質を語り合った。

「研鑽」の色紙――15年前、留学前夜の出来事

太田:  佐藤先生、本日はありがとうございます。今日こうしてお会いできるのを本当に楽しみにしていました。僕は子供の頃、「将棋少年」だったんです。両方の祖父が将棋の段位を持っていて、遊びに行くといつもボロボロに負かされては悔しくて泣くような子供でした。母方の祖父が「週刊将棋」を購読していたので、それを読み耽り、日曜の朝は盤に駒を並べながら『将棋講座』と『NHK杯』を見るのが習慣でした。

佐藤: それは完全に「将棋少年」ですね(笑)。

太田: 佐藤先生が初めてタイトルを獲得し「佐藤竜王」となられた時の衝撃は、今も鮮烈に記憶に刻まれています。そんな憧れの存在だった先生と初めてお会いできたのは、私がドイツへ留学するまさに前夜、2011年1月のことでした。 その時、書いていただいた「研鑽」という色紙は、今でもずっと家に飾ってあります。

佐藤: 15年前になりますか、よく覚えています。

太田: 僕は、将棋も音楽も、いくら考えてもわからない局面があり、人によって捉え方が違うという点が非常に近いと感じています。佐藤先生は「スズキ・メソード」でヴァイオリンを習われていたと伺っていますが、将棋界の最高峰にいながら、音楽とはどのような距離感で付き合ってこられたのでしょうか。

佐藤:将棋を覚えたのは小学1年生ですが、ヴァイオリンを始めたのは4歳の時で、実は音楽の方が先だったんです。音楽一家ではありませんでしたが、近所の方が習っていた影響で始めました。中学校1年生で将棋の道に進むと決めるまでは続けていたのですが、当時はどうしても将棋の方に比重が移ってしまっていました(笑)。でも今は、自分で弾くよりも、美しい音楽を聴くことの方が、非常に良い気分転換になっていますね。

真剣勝負と礼節――現場で磨かれる「感覚」

太田: 佐藤先生にとって、将棋の道に進む決意をされた時、音楽での経験が活きた部分はありましたか?

佐藤:曲を仕上げる難しさや、美しい音楽を聴く楽しみを知ったことは、自分の中に一つのバックグラウンドとしてあるとは思います。ただ、将棋が音楽と決定的に違うのは、自ら「負け」を宣言することで決着がつく点です。これは非常に過酷で、特に子供にとっては受け入れがたいハードルです。しかし、そこから自分なりに原因を探っていき、自分を律していく。そうやって自分自身を乗り越えていく経験が、上達を左右する大きなポイントになるのだと思っています。

太田: なるほど。そうですね、相撲などでも自ら「負けました」と言って終わることはないですから、将棋のその様式は非常に独特で、厳しいものですよね。 そうした勝負の世界も、私たちの音楽の世界も、根底で共通しているのは「礼節」なのだと感じます。

佐藤: 将棋は、一局の始まりには「お願いします」と挨拶を交わし、終わった後には負けた側が「負けました」と言って、最後は「ありがとうございました」と締めくくります。子供の将棋大会などを見ていても、普段は元気な子供たちが、始まる前はみんな驚くほど静かに集中しているんですよ。何百人もいるのに、走り回る子なんて一人もいない。盤を前にすると、じっと自分自身と向き合っているんです。将棋も演奏も、その一局、その一回が真剣勝負。そういう緊張感を知っているからこそ、自然と礼節が身についていくのかもしれません。

太田: 音楽の世界でも、ヴァイオリニストなら幼い頃から、年の離れた師匠と一対一で向き合う時間があります。僕も先生から「弓を上げなさい」という、その一挙手一投足から厳しく見ていただきました。こうした師匠との関係があるからこそ、自然と音楽への向き合い方が身につくのでしょうね。将棋界の「師弟制度」は、今、どのような形なのでしょうか。

佐藤:  今も師弟制度は続いていますが、住み込みのような形はほぼ無くなり、形式的な面も強くなっています。師匠は技術を教える存在というより、「親」のような精神的な支柱ですね。 プロになってからの研鑽は、仲間との「研究会」が主になります。絶えず実戦訓練を重ねないと「勝負感覚」はすぐに衰えてしまう。今はネットであらゆる情報が手に入り、オンラインでの将棋も日常的になりましたが、私はやはり、現地へ足を運び、対局後の「感想戦」でリアルな空気に触れるといったアナログな研鑽を、今でも非常に大切だと思っています。

太田:おっしゃる通りです。僕も、現場の空気でしか学べないものは絶対にあると思います。以前ザルツブルクで、若い指揮科の音楽留学生の方に好きな指揮者を尋ねると、巨匠の名を挙げて「YouTubeで見ました」と言う。でも、生で聴いたことは一度もないというんです。 今は何でも手軽に「見れて」しまいますが、その場所へ行かなければ聴けなかった時代とは、情報の重みが根本から違う気がします。情報が溢れる現代だからこそ、佐藤先生がおっしゃる「その場にいること」や、師匠の背中から直接受け取る重みを、僕も一番に大切にしたいですね。

AI時代におけるロジックを超えた「個の核」

佐藤: 将棋はルールこそ四、五百年変わりませんが、環境は激変しました。今はAIが1秒間に数千万手も検索する時代です。しかし、それほどの計算量をもってしても、将棋は解明されるどころか、逆に「実はこれほど奥が深く、底知れないゲームだったのか」ということが分かってきた。楽器のストラディバリウスなどもそうですが、なぜあの形であの響きが生まれるのか、数百年前のものが未だ解明しきれない。そこに不変の神秘性を感じます。

太田: 音楽も、今はあらゆる名演奏が手軽に聴けるようになりました。向上するには恵まれた環境ですが、一方で寂しさも感じます。このモーツァルトのスコア(総譜)の音符は不変ですが、かつては「どのレコードの解釈が好きか」と、それこそこだわりを持って深める楽しみがありました。今は手軽に聴けるからこそ、ありがたみが少ないというか、そうした「解釈の深み」をじっくり味わう機会が減ってしまった気がするのです。

佐藤: 効率やロジックだけでは測れないものがありますね。今はAIによって、あらゆることが解明されているような雰囲気もありますが、実際の勝負は人間同士が戦っているものです。なぜその一手を選んだのか、ロジックだけでは説明しきれない「その人の持つミステリアスな部分」が色濃く出る棋士ほど、やはり強いですし、また人を惹きつける魅力があるのだと思います。

太田:まさに。ただテンポを整えるだけでは意味がないのです。今は何でも調和を優先して、角を立てずにやるのが良いという風潮がありますが、僕はやはり、個性がぶつかり合うからこそ生まれる緊張感を大事にしたいと思っています。僕の師匠のティーレマン先生はリハーサルの際に度々、雰囲気や揺れ、呼吸のない演奏を「unmenschlich(非人間的)」だと厳しく戒めていました。「人間というのは、そんな生き物ではないよ」と。

佐藤: 「非人間的」というのは示唆に富んだ表現ですね。将棋は、実は大逆転が起こりやすいゲームなんです。今の中継などは「評価値」が表示されますが、90%優勢であっても一手で形勢がひっくり返る。そんなドラマがトッププロ同士でも現実に起こります。演奏の世界も、やはり譜面通りに整えるだけではいけないのでしょうね。

太田:まさにそうです。小澤征爾先生がよく「ウィーン・フィルとベルリン・フィル、あるいはシカゴ(交響楽団)では、音が出るタイミングが全然違うんだよ」とおっしゃっていました。音楽もやはり「人と人」なんです。 今の指揮の教え方は「こう振ればこう来る」というパターンを教えがちですが、そう教わってしまうと、想定外の事態に「手がなくなってしまう」。そうではなく、相手がどう来ようと、その瞬間の呼吸でこちら側に持ってくる。そういう現場での切実なやり取りを通じてこそ、本当にうまくなっていくのだと思います。

個性のぶつかり合いに宿る、モーツァルトの真髄

太田: その「現場のやり取り」は、僕が今回の公演で大切にしたい「調和」のあり方にも通じます。サントリーのウイスキー「響」は、ブラームスの交響曲 第1番 第4楽章のあの素晴らしいテーマをイメージして生まれたといわれていますが、あのブレンデッド・ウイスキーの極意も、決して「柔らかいもの」だけを集めることではないそうなんです。 実は、単体では個性が強すぎる原酒を、あえてキーモルトとして加える。そうすることで、全体が調和したときに初めて「角(かど)」ができ、立体的な深みが生まれる。調和というと、どうしても「丸く収まる」と思われがちですが、決してそうではないのです。

佐藤: なるほど。人それぞれの好みもありますから、単に「柔らかいもの」だけを集めても、深い味わいにはならないのでしょうね。

太田: 音楽も同じで、モーツァルトの楽譜には当時としては非常に強いテンション(緊張感)を孕んだ音が仕込まれています。それを、ただ「仲良く」演奏して、皆が「イエス」と言って付いていくだけでは、音は合っていても音楽としての意味がありません。誰かがこちらに引っ張り、別の誰かがあちらに引っ張る。将棋でいえば、飛車や角のように大きな力を持つ駒だけでなく、金や銀、桂馬、香車、そして歩に至るまで、すべてがそれぞれの役割と意志を持って盤上に存在している状態です。それぞれが自分の立場でぶつかり合うからこそ、はじめて全体に緊張感が生まれ、音楽にも生命力が宿るのだと思います。

佐藤: 今回は、NHK交響楽団や読売日本交響楽団など、団体の垣根を越えてトッププレイヤーが集結されたそうですね。

太田: はい。長原幸太さん、辻本玲さん、髙木竜馬さんといった、今の日本の音楽シーンをリードする最高の仲間たちです。今は音大の派閥もなく、皆が協力し合う良い時代ですが、決して「馴れ合い」ではありません。それぞれが強いリーダーシップを持っており、その意志の強い人たちと初めて音を出す瞬間は、僕自身も「怖さ」を感じるほどの緊張感があります。まさに一つの「勝負」ですね。

佐藤:真剣勝負の場は、何物にも代えがたい時間ですね。これほど豪華なメンバーが集まり、限られた時間の中でのリハーサルで一つの音楽をまとめ上げるというのは、まさに「天才たちの集まり」だからこそ成せる業です。今回の「ドリームチーム」の公演を一人のファンとして、心から楽しみにしています。

太田: ありがとうございます。将棋ファンの方も、音楽ファンの方も、この「最強の布陣」が響き合い、一つの音楽へと昇華していく瞬間を、ぜひ会場で体感していただきたいですね。

取材・文=大野 はな恵 撮影=福岡諒祠