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作家・柚木麻子さんの小説「BUTTER」が、今イギリスで人気を呼んでいる。

柚木さん自身、滞在中に電車の中で「BUTTER」を読んでいる人を何度も見かけ、街中で撮影をしていると人だかりができるなど、日本では見てこなかった光景を初めて体験したという。

「BUTTER」の人気や、英語圏での日本文学のブームの背景にあるものは何か。

柚木さんと、「BUTTER」のイギリス版の翻訳を担当したポリー・バートンさんが1月、「日本文学における共感と日本への関心」をテーマにした講演会に登壇。「BUTTER」の日本とイギリスでの評価の違いや、女性の作家への注目、読書文化について語り合った。

柚木麻子さん柚木麻子さん

「女同士のドロドロは怖い」と言われた2017年の日本

「BUTTER」はイギリスで2024年に翻訳出版され、大手書店チェーンが選ぶ「Book of the Year」などの賞を立て続けに受賞。世界35カ国で翻訳され、全世界累計150万部超(うち日本国内は60万部超)の大ベストセラーとなっている。

これほどの人気について、柚木さんは「津村記久子さんや松田青子さん、村田沙耶香さん、川上未映子さんなど日本の女性作家を読む土壌があり、それにうまく乗れたと思う」と分析。日本での刊行は2017年で、当時の日本の読者や批評家の反応は、今とは大きく異なっていたという。

「読者にわかってもらいたい、寄り添いたいというより、もっと攻撃的な気持ちで書いた。だから振り落とされる人もいたと思うんです。刊行当時は、女同士のドロドロは怖い、疲れると拒否反応を示す方も結構いました。

あまりに『女は怖い』と言われたものだから、今『BUTTER』や『ナイルパーチの女子会』(2015)のような作品は書けなくなってしまったんですね。今はその時期ではないのかなと。『BUTTER』からの8年、女性へのネガティブキャンペーンのようにならないよう、女性同士が助け合う友情や連帯をもっといい形で描こうとしてきました。貫くべきという人もいますが、私は社会の影響を受けるので、社会が日に日に悪くなる中で、少しは希望を見出せたほうがいい、本を読む時間がない人が多いから読みやすくしよう、分断を煽るのはやめようと思うようになった。でも、イギリスで評価を受けて、今、自分の中に地殻変動が起きています」

柚木さんは、バートンさんが担当した英語版について、「ポリーさんの力で“穏健な物語”として楽しませながら、フェミニズムも食もありと受け入れてもらえる内容になった」とし、翻訳が持つ力についても言及。バートンさんも「日本の事件、日本独自の様子などイギリス人が知らない面白さと、女性の体重や容姿への社会の目などの共感できるテーマ。その2つがうまく合わさっている」と話した。

ポリー・バートンさんポリー・バートンさん

完璧を目指して、社会を転覆させてしまう女性

「どうしても、許せないものが二つだけある。フェミニストとマーガリンです――。」

「BUTTER」で、そんな印象的な言葉を放つのが、複数の男性の財産を奪い殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)だ。「若くも美しくもない彼女がどうして」と世間が騒ぎ立てる中、週刊誌記者の町田里佳は面会を申し込み、次第にカジマナに強く影響を受けるようになる。

里佳の友人で専業主婦の怜子、里佳の同僚でアイドル好きの誠など、様々なキャラクターが登場するが、キャラクターへの反応も、日本とは違った。特にイギリスで人気があったのは怜子だという。

「私は、社会の抑圧に抵抗して意識的に闘っている女性を描きたいというより、抑圧に適応して誰からも後ろ指を指されない完璧な人になろうとした結果、社会を転覆させてしまうというキャラクターを描くのが好き。優等生でしっかり者で、組織の中でうまくやっていった結果、最初から組織に合わない人より、もっと過激なことをしてしまうという…。怜子はそういう女性の集合体。日本には怜子みたいな女性が多いと思うんです」

世界35カ国で翻訳され、全世界累計150万部超のベストセラーとなっている「BUTTER」世界35カ国で翻訳され、全世界累計150万部超のベストセラーとなっている「BUTTER」

本作は、2009年に発覚した首都圏連続不審死事件(男性3人への殺人罪などに問われた木嶋佳苗被告は2017年に死刑が確定した)がモチーフになっている。執筆のきっかけは、事件の報道に違和感を覚えたことだった。

「容疑者とされる女性が料理教室に通っていたのは、男性を騙し夢中にさせるためだろうという報道が多くありました。しかし、彼女が通っていたのは、家庭料理ではなく、プロを養成する本格的な教室。ただ女性が料理をするだけで、男性のためだ、家庭的だという決めつけを感じました。女性に家事が課せられたり、人を凌駕しないようなバランスのとれた生き方が良いとされたりするメッセージを根底から燃やしたいという気持ちで書きました」

里佳とカジマナ、怜子や誠との会話を通じて、性差別やルッキズム、ボディシェイミングの問題を炙り出す本作。実際、イギリスではどういった部分が関心を引き寄せているのか。バートンさんはこう指摘する。

「メディアが嬉々としてカジマナの体重や容姿を報道している。イギリスでは、差別的な感覚をもっていても、書いたり発言したりするべきではないという考えがある。もちろん、こういった事件で容疑者の容姿に注目する人はイギリスにもいますが、ここまでストレートに日本のメディアは言葉にして言うのかという驚きがあったと思います」

柚木さんは「一方的にユートピア化するのはよくないが」としつつ、「イギリスではルッキズムやファットフォビア(肥満嫌悪)が公に批判されている。日本は痩身と美容と整形と脱毛の広告ばかりだけど、イギリスには容姿に関する広告がなくて、進んでいるように見えた」と話した。

イギリスは「サーフィンみたいに文化を乗りこなす」

ポリー・バートンさんが英語訳を担当した日本文学ポリー・バートンさんが英語訳を担当した日本文学

バートンさんは、「BUTTER」以外にも、津村記久子さんの「この世にたやすい仕事はない」、金井美恵子さんの「軽いめまい」、松田青子さんの「おばちゃんたちのいるところ」などの英語翻訳を担当してきた。

近年、イギリスにおける日本文学の人気の火付け役となった作品として、2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの「コンビニ人間」があげられる。また、王谷晶さんの「ババヤガの夜」も2025年、世界最高峰のミステリー文学賞とされるイギリスのダガー賞(翻訳部門)を受賞。フェミニズムの視点を持って作品を描く日本の女性作家たちが、世界的に注目を集めている。

バートンさんはこのような流れを踏まえ「日本文学の人気は、突然起きたブームではない」とした上で、近年の現象についてはこう説明する。

「『BUTTER』を読んだ人が、ご飯に醤油とバターをかけて食べてみた。映画『PERFECT DAYS』を観た人が(役所広司演じる主人公が愛読している)幸田文の『木』を読む。今度イギリスで『木』の翻訳版が出版されるが、多くの出版社がオークションに参加しました。文芸だけではなく、様々な文化が交差し、拡大しています」

柚木さんはこの文化の広がり方を「豊かで理想的」として、こう続けた。

「日本では、一つの作品の考察や言語化は流行っているが、面白がってカルチャーの地図を広げていこうとする動きがあまりない。それは今の日本ではよっぽど余裕がないとできないんですよね。

イギリスでは、フェミニズムは良いもので、本を読むことは特別に高尚なことではないという前提があるから、取材で聞かれるのも『人を殺すとしたら、何の料理に毒を混ぜる?』とかそういう質問(笑)。『BUTTER』を読んで得るものがなくても別にいいし、次の本に向かっていく。大きな地図の一部で、サーフィンみたいにみんなで文化を乗りこなしているような、本をめぐるリラックスした文化が、正直とても羨ましいです」

イギリスでは、ブッククラブ(読書会)や朗読会を開く個性的な書店も多い。2020年頃から、英語圏ではTikTokで本のレビューを行う「BookTok」も広がり、若者がリアル書店に回帰しているというニュースもたびたび目に入る。

バートンさんは「イギリスでも読書人口は減っていて、余裕のない人、本ではなくスマホに向かう人が増えているのは同じ」と指摘。一方で、「8年前に日本からイギリスに戻った時、自分の住んでる地域に本屋がなかったが、今は8軒ある。読書する人は魅力的という印象は今も健在かもしれません」と話した。

ジャパン・ブック・フェスティバルの開催を

3月には『ナイルパーチの女子会』の英語訳も発売される。柚木さんは「初版は5万部だと聞き、日本とは桁が違うし、販促へのお金のかけ方も違う」とその規模の大きさを目の当たりにしたという。

その上で、今後さらに日本の文学が海外で広まるための方法として「ジャパン・ブック・フェスティバル」の開催を提案した。柚木さんは、海外の作家や出版関係者との交流を通じて、需要を実感してきたという。

「海外に行くと、なぜ日本はジャパン・ブック・フェスティバルをやらないのかとよく聞かれます。『多和田葉子、小川洋子、村田沙耶香、川上未映子がいれば絶対成功する、今みんな日本が大好きだから直島や京都のお寺を貸し切ってできるんじゃない?』って言われるほどです(笑)。それくらい日本への関心が高い。エージェントはお金を持っていて、日本の作家や、未翻訳の作品を見つけたいという意欲がとても強いです」

(取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版)

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