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2026年2月1日(日)、『猿若祭二月大歌舞伎』が開幕した。26日(木)まで、歌舞伎座で上演。「猿若祭」が初めて開催されたのは、1976年のこと。それから50年という節目の、中村屋ゆかりの演目が揃う1か月となる。昼夜二部制のうち、「昼の部」をレポートする。

■昼の部 午前11時開演

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)

川口松太郎の人情喜劇。1961年に十七世中村勘三郎のお辻で初演された。物語の舞台となるのは、湯島天神境内の茶店だ。“将軍様のお目こぼし”で宮司芝居が催されており、外には人気役者「阪東栄紫(ばんどうえいし)」の幟(のぼり)が見える。

常磐津の師匠・文字辰(片岡孝太郎)は、お金目当てで、娘のお紺(中村種之助)を妾に出そうとしている。しかしお紺は、阪東栄紫(坂東巳之助)と両想い。駆け落ちを計画し、茶屋の女中お長(中村梅花)の取りはからいで、茶店の裏座敷に身を隠していた。

お紺は物腰柔らかだが、嫌なものには首を振る。その率直さは、若さと愛らしさを際立てる。周囲がつい手を貸したくなるのも無理はない。栄紫は、時には無鉄砲にも見えるほど一途で愛情深い。美男美女の逃避行の物語が始まりかけた茶店へ、かしましくやってくるのが2人のおばあさんだ。

昼の部『お江戸みやげ』(左より)おゆう=中村芝翫、お辻=中村鴈治郎

昼の部『お江戸みやげ』(左より)おゆう=中村芝翫、お辻=中村鴈治郎

1人は倹約家のお辻(中村鴈治郎)。もう1人は、お酒好きで大らかなおゆう(中村芝翫)。結城(茨城)からきた行商人で、江戸での商いを終えて、あとは故郷に帰るだけ。しかし、お江戸みやげの芝居見物で、お辻は、栄紫に一目惚れしてしまう。さらに、おゆうの勧めで久しぶりに飲んだお酒のせいで、大胆にも「会いたい」と頼み込み、栄紫とお座敷で会えることになったのだ。

ふたりのおばあさんを演じるのは、日頃は立役で活躍する、鴈治郎と芝翫だ。しかし登場の瞬間から、おばあちゃん。ふたりの年季の入ったガールズトークは、何度も客席の笑いをさらう。それでいて、栄紫を前にしたお辻には、少女のようなうぶさがあり、見ているこちらまでドキドキした。かと思えば、母のような情の深さをみせて涙を誘う。おゆうのファインプレーにも、笑いながら胸が熱くなった。別れ際、お辻の思いを疎かにしない栄紫が、この芝居の余韻を何倍も清々しいものにした。

茶店のお長には、ずっとここを切り盛りしてきたのであろう自然さがあり、文字辰のピリッとした空気は、幕が開いた時の後ろ姿にさえ表れていた。角兵衛獅子の兄(中村歌之助)と弟の芸は、舞台に明るさを添えていた。

昼の部『お江戸みやげ』(左より)お紺=中村種之助、阪東栄紫=坂東巳之助、おゆう=中村芝翫、お辻=中村鴈治郎、常磐津文字辰=片岡孝太郎、鳶頭六三郎=坂東亀蔵

昼の部『お江戸みやげ』(左より)お紺=中村種之助、阪東栄紫=坂東巳之助、おゆう=中村芝翫、お辻=中村鴈治郎、常磐津文字辰=片岡孝太郎、鳶頭六三郎=坂東亀蔵

お辻は自らの振る舞いを少しだけ反省しながらも、後悔は見せなかった。「こんな気持ちになったのははじめて」だと語り、お紺をくれぐれも大事にしてほしいと栄紫に託す。その姿に、お辻のこれまでの人生を想像した。十三両三分二朱と引き換えに手にした特別な時間と片袖が、彼女の人生を彩るものになってくれたらと願わずにはいられなかった。人の温かさもしたたかさも掬い上げる名作喜劇は、笑いと涙と大きな拍手に包まれて幕となった。

二、鳶奴(とんびやっこ)

続く演目の舞台は、雨上がりに晴れ渡る5月。江戸っ子が初鰹に心を躍らせる季節だ。藤棚の花も咲いている。揚幕がチャリンと開くと、鳶が高く飛んでいった。くちばしに立派な鰹を咥えていた。つづいて、たらいを抱えた男が登場。鳶に鰹を盗まれたのだ。しかもお酒が入っているらしい。大らかな慌てぶりに、明るい笑いが広がる。

昼の部『鳶奴』奴=尾上松緑

昼の部『鳶奴』奴=尾上松緑

尾上松緑の身体は、がっしりとしながらも伸びやかで、鰹を取り返そうと、井戸の釣瓶竿まで振り回す姿もユーモラスだ。長唄に彩られた舞踊であり、動きが写実的なわけではない。それでも観ているこちらまで江戸っ子気分になり、江戸の街角でちょっとしたハプニングを偶然目にしたような楽しい気持ちになった。ひとつ前の演目から季節が移り変わり、場内は五月晴れの空気に。拍手も軽やかに響いていた。

三、弥栄芝居賑(いやさかえしばいのにぎわい) 猿若座芝居前

猿若勘三郎は、江戸時代に、初めて幕府公認の芝居小屋となった「猿若座(のちに中村座)」の座元だ。その名前を冠した歌舞伎座の興行「猿若祭」が、初めて行われてから、今回で50年となる。猿若座の前に集まる人々が、江戸の芝居町の賑わいを届けながら、「猿若祭」の節目を寿ぐ。

角切銀杏の紋が入った櫓が上がる猿若座の前に、猿若町名主幸吉(中村芝翫)、女房のお栄(中村福助)、芝居茶屋の女将お浩(中村扇雀)たちが揃う。猿若座の座元(中村勘九郎)と女房(中村七之助)も出てくると、客席からは大きな拍手が起きた。

昼の部『弥栄芝居賑』

昼の部『弥栄芝居賑』

町内の男伊達(中村歌昇、中村萬太郎、中村橋之助、中村虎之介、中村歌之助)と、女伊達(坂東新悟、中村種之助、市川男寅、中村莟玉、中村玉太郎)は、それぞれの俳優の紋があしらわれた揃いの衣裳で登場。花道に、男伊達と女伊達が交互に並ぶと、歌昇を皮切りに、役も本人も渾然一体の名乗りを上げて楽しませた。さらに上方から、呉服屋松嶋の旦那新左衛門(片岡仁左衛門)も、女将吾妻(片岡孝太郎)を伴いお祝いにかけつけるのだった。

昼の部『弥栄芝居賑』(左より)呉服屋松嶋女将吾妻=片岡孝太郎、呉服屋松嶋旦那新左衛門=片岡仁左衛門、猿若座座元=中村勘九郎、猿若座座元女房=中村七之助

昼の部『弥栄芝居賑』(左より)呉服屋松嶋女将吾妻=片岡孝太郎、呉服屋松嶋旦那新左衛門=片岡仁左衛門、猿若座座元=中村勘九郎、猿若座座元女房=中村七之助

下座音楽も賑やかに、新左衛門(ほぼ仁左衛門)が美しい笑みを湛えながら、勘九郎と七之助の祖父・十七世中村勘三郎や、父・十八世中村勘三郎との思い出に触れると、勘九郎・七之助兄弟もまた笑顔で、時に恐縮もしながら感謝を述べる。舞台と客席が一緒に手締めをすれば、芝居と現実を行き来するイタズラの共犯関係になったような、楽しい気分になった。さらに、この日は節分。俳優たちが再登場し、豆まきも行われた。舞台上に登場した鬼も、豆でしっかり退治されていた。結びには仁左衛門の声かけで、世界平和を祈り今一度一本締め。心に福が舞い込むような、明るいひと時となった。

四、積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)

「関の扉(せきのと)」の通称で知られる舞踊劇だ。

雪を表現する太鼓の音とともに幕が開くと、逢坂山の雪景色が広がり、桜の巨木が季節外れの花を咲かせている。そこにあるのは、関兵衛の家。関兵衛(中村勘九郎)、良峯宗貞(八代目尾上菊五郎)、そして宗貞の恋人の小野小町姫(中村七之助)の3人が、本作の前半の登場人物だ。

頭巾をかぶった山賤(やまがつ)の関兵衛は、柴を束ねたり、どっかと一休みしたりしている。しかし関兵衛の家には、隠遁生活を送る宗貞が身を寄せていた。都の空気を吸って生きてきたに違いない、清らかで洗練された佇まい。山暮らしの光景は、宗貞の気品を際立てる。

昼の部『積恋雪関扉』(左より)傾城墨染実は小町桜の精=中村七之助、関守関兵衛実は大伴黒主=中村勘九郎

昼の部『積恋雪関扉』(左より)傾城墨染実は小町桜の精=中村七之助、関守関兵衛実は大伴黒主=中村勘九郎

さらに花道の揚幕から、小町姫があらわれる。蓑をつけ笠を持ってこそいるが、真っ赤な振り袖と眩い簪は、山の中には不釣り合いな絢爛さだ。そんな小町姫が切々と踊る姿に見惚れるうちに、非日常的な世界に引き込まれていった。

3人揃っての踊りは、同じ振りでも役の個性と役者の魅力が三者三様。関兵衛は豪快であり軽妙でもある。不穏な気配を漂わせるたび、観る者のワクワクは増長し、関兵衛の妖しい色気にもなっていた。宗貞は和歌を詠み、箏を奏でる文化人枠でありつつ、関兵衛にぐっと詰め寄るときの眼光や油断のなさは、ただの貴族におさまらない存在感だった。

実は、関兵衛は天下乗っ取りを企む大悪党の大伴黒主。その証拠となるアイテムをうっかり落としたり、目を離したすきに思いがけない方向から事実が露見しかけたり。そんなスリリングな展開が、常磐津と踊りによって語られていく。

昼の部『積恋雪関扉』(左より)傾城墨染実は小町桜の精=中村七之助、関守関兵衛実は大伴黒主=中村七之助

昼の部『積恋雪関扉』(左より)傾城墨染実は小町桜の精=中村七之助、関守関兵衛実は大伴黒主=中村七之助

後半は、傾城墨染実は小町桜の精(中村七之助)と関兵衛の2人が躍る。墨染は幻想的な登場から一転、じゃれ合うような廓の雰囲気で楽しませる。元より人間離れした美しさの墨染だったが、クライマックスではその眼に情念を湛え、ファンタジックな桜の精に変わる。関兵衛が正体をあらわす「ぶっ返り」では、想像を何段階も超えて迫力を増していった。勘九郎は人間離れした跳躍とその地響きで客席をどよめかせ、禍々しささえ、歌舞伎の華やかさに昇華していく。幕切れは、勘九郎と七之助の気迫に応えるような、特大の拍手で結ばれた。

「猿若祭」と冠された今月の歌舞伎座で、勘九郎と七之助は「夜の部」も大奮闘をみせる。ぜひ一日通して楽しんでほしい。

取材・文=塚田史香