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絶対に終電を逃さない女さんと著書『虚弱に生きる』絶対に終電を逃さない女さんと著書『虚弱に生きる』

虚弱に生きる』は、エッセイスト・絶対に終電を逃さない女さんが、原因不明の体調不良や圧倒的な体力のなさ=「虚弱」を抱えながら、現代社会をどのように生き延びているのかを綴った実録エッセイだ。

21歳の頃から、1日10〜12時間の過眠、頭痛、希死念慮など、日常生活を阻害する不調に見舞われてきた著者。本著は、そんな彼女が生存のためのメンテナンスとして、健康という「スタートライン」を目指す日常が描かれている。

エッセイとしては異例のヒットとなった本作。

近年では、9時から5時までの労働カルチャーの苦悩を涙ながらに訴える動画を投稿し、TikTokで大きな反響を呼んだブリエル・アセロさんの事例をはじめ、特定の疾患を抱えているわけではない、いわば“標準的”と見なされる人々が、労働や生活のプレッシャーの中で限界を迎える様子が次々と可視化されてきた。2022年頃から、必要最低限の業務だけをこなす働き方「Quiet Quitting(静かな退職)」が世界的なトレンドとして広まったのも記憶に新しい。近年では、9時から5時までの労働カルチャーの苦悩を涙ながらに訴える動画を投稿し、TikTokで大きな反響を呼んだブリエル・アセロさんの事例をはじめ、特定の疾患を抱えているわけではない、いわば“標準的”と見なされる人々が、労働や生活のプレッシャーの中で限界を迎える様子が次々と可視化されてきた。2022年頃から、必要最低限の業務だけをこなす働き方「Quiet Quitting(静かな退職)」が世界的なトレンドとして広まったのも記憶に新しい。

1日8時間以上問題なく働けること。自己管理ができ、再現性のある成果を出せること。常に前向きで、自立している主体であること。著者の日常からは、私たちが生きているのが、そんな社会であることが浮かび上がってくる。 

こうした名前のない「生きづらさ」はきわめて切実なものだ。だが本作で、この不調は、淡々と、観察・分析・記述されていく。

この印象的な語りについて、絶対に終電を逃さない女さんはこのように語る。

「自分のことなのに、他人のことみたいに書いている、と言われることは多いです。でも、それは私にとっては自然なこと。なぜそうなっているのかを考えると……子どもの頃から“自伝を書くつもりで生きていた”からかもしれません。人生がつらすぎて、そのつらさがなかったことになってほしくないと思って。それを人々に知らしめるためには自伝本を書くといいんじゃないかと(笑)。そういうメタ的な視点をずっと念頭に置いて生きてきた、その延長線上に、今の書き方がある気がします」

例えば、「私の意思に反して私の身体が不健康になりたがっている」(第二章 健康に捧げた二十代後半「自分の身体を取り戻す」p.100)という、問題を外在化する表現。「体力をつけるための体力がない」という、能動/受動の二項対立を外れた中動態的な言い回し。さらに、「膝、膝、膝。世界の中心が、膝になった」(第二章 健康に捧げた二十代後半「世界の中心が“膝”だった」p.75)といった、本作全体に染み付いたユーモアのある表現群は、自己との一定の距離がなければ成立しないものだ。

絶対に終電を逃さない女 著『虚弱に生きる』(2025年11月5日発売、扶桑社)。 原因不明の体調不良と体力不足が社会生活に及ぼす影響、20代後半からの健康管理の試行錯誤、虚弱の背景にある身体・成育歴・ジェンダー規範、そして現在と未来までを五章構成で綴った実録エッセイ。絶対に終電を逃さない女 著『虚弱に生きる』(2025年11月5日発売、扶桑社)。 原因不明の体調不良と体力不足が社会生活に及ぼす影響、20代後半からの健康管理の試行錯誤、虚弱の背景にある身体・成育歴・ジェンダー規範、そして現在と未来までを五章構成で綴った実録エッセイ。

文芸作品としての虚弱本

こうした、不調を「現象」として表現すること──意志と身体、主体と出来事のあいだに距離を置く記述は、自己責任論や根性論に直面してきた人々に、「虚弱」という言葉を通じて新たな意味を生成する。そして、その言葉が主にSNSを媒介に共有され、社会の集合知を更新している様を見ても、本作はきわめて当事者研究的なエッセイだといえるのかもしれない。

だが彼女は、「”当事者エッセイ”という感覚では書いていない」とあっさり、だが確かに断りを入れる。

「読書に割ける体力がなく、あまりそういう類の本を読んだことがないというのもありますが…… 私は文芸が好きで、文体や表現が好きで読むことが多いんです。何が書かれているかよりも、どう書かれているかに惹かれる。自分が書くときも同じで、文芸作品として日常の出来事や感じたことを書いているという認識。それで結果的に社会運動的なものが生まれていったとしても、それが第一の目的ではないんです」

健康のため、インタビュー時も「プロテインドリンク」を持参していた絶対に終電を逃さない女さん。健康のため、インタビュー時も「プロテインドリンク」を持参していた絶対に終電を逃さない女さん。

Xでもたびたび言及しているが、好きな作家は向田邦子に西村賢太。向田邦子については命日に墓参りに行き、西村賢太については行きつけだった鶯谷の飲み屋を訪れるほどだ。その作風には対照性があれど、双方とも生活の解像度が異様に高い作家であることは間違いない。

何なら、西村賢太の、破綻した人間性のなかにある奇妙な規律性——遅刻をしない、決めた習慣を守るといった振る舞いは、彼女が「虚弱」という、この新自由主義的な社会においては“破綻している”とさえ解釈されうる身体を抱えながらも、卓球教室に通い、食事管理を継続するという、生存のための規律を自らに課し続けるあり方とどこかで重なって見える。そして、人間の矛盾や残酷さを、説明も評価も加えず、しかし決して目を逸らさずに描き出した向田邦子の態度もまた、現象を淡々と記述していく『虚弱に生きる』の語りと、確かに響き合っているように思われる。

そうして、彼女の尊敬する作家たちとさらに重ね合わせるならば、人間の弱さや惨めさが過度に意味づけられたり、わかりやすい啓発に回収されることに対して、一定の距離を取ろうとする態度が、彼女の語りの奥に静かに滲んでいるようにも見える。

「基本的には、社会生活上の困難を抱えている状態を包括的に説明するために、『虚弱』という言葉がついたことはいいことだと思っています。いろんな感想をいただく中で、明らかに私よりも日常に困難を抱えている人が、福祉を受けられていない状況があることを知り、問題意識が強くなったのも事実です。ただ、社会に対する問題提起や、エンパワーメントを目的とした本と思われると、正直ちょっと荷が重いというか……。『虚弱』という言葉を広めてしまった立場としてどう立ち回っていくかというのは、今考えているところですね」

Oasisの音漏れを聴きながら

インタビューでは彼女が一番好きなバンドだと公言するアーティストについても聞いた。イギリスの伝説的ロックバンド、Oasisである。

再結成してワールドツアーに臨んだ彼らは、日本でも2025年10月に16年ぶりの公演を行った。

「チケットは外れてしまったので、東京ドームまで音漏れを聴きに行ったんです。会場の外に集まったファンも、大合唱したりポズナン(マンチェスター・シティのサポーターが、ピッチに背を向けて腕を組み、一斉にジャンプする応援スタイル)をしたりしていたんですけど……正直、ちょっと苦手だなって。Oasisのファンであるという共通点だけで、私はそこに繋がりを感じられない。まあ、ポズナンはそもそも『膝が痛くなりそう』と思ったのもあるんですけど」

1990年代半ば、保守党政権末期から政権交代へと向かう混乱のなかにあったイギリスでは、社会の閉塞感と同時に、再び前向きな空気も生まれていた。その時代に、Oasisは労働者階級出身のバンドとして、鬱屈や不満を抱えた若者たちの感情を音楽で代弁し、結果的に世代的な共感を集めていった。

1996年、Oasisがネブワース・パークで行った歴史的な野外公演を追ったドキュメンタリー「Oasis Knebworth 1996」。チケットの申込数はイギリス人口の2%超にあたる約250万人に達したとされ、全公演分のチケットは発売から24時間以内に完売した。

そこから約30年を経て、Oasisは再び社会現象となった。この現象が示すのは、閉塞感を抱える現在の社会において、彼らの楽曲が改めて時代を象徴し、聴衆が一体化する「アンセム」として鳴り響いた、ということなのかもしれない。

しかし、彼ら自身は人々を意図的に団結させようとしていたわけではない。Oasisが国民的存在となったのは、時代の状況、社会の空気、そして受け手側の欲望が重なり合った結果にほかならない。 

それは、『虚弱に生きる』をめぐって起きている現象とも、どこか似通っているのかもしれない。

「自分がこういう本を出して……“虚弱を世に知らしめるために書いた本”とか、“虚弱でも生きていく方法を書いた本”とか、そういう受け取られ方をすることが多い。連帯することの必要性や重要性は理解しています。個人的な困難が集合的な声として可視化されて、そこから社会が変わっていく、というプロセスも。ただ、“界隈の中心人物”みたいな立場になるのは、正直居心地が悪い。集団行動はやっぱり苦手ですし、そこに自分がしっかりコミットするというよりは、少し離れた場所に立っていたいという感覚があります。そういう状況だったり気持ちだったりを勝手に重ね合わせながら、Oasisの音漏れを聴いていました」

彼女が「集団が苦手」だと語る背景は、エッセイの随所に描かれている。学生時代の場面緘黙や運動音痴、ASDの特性、そして絶対的な体力不足。これらはいずれも、社会の側で暗黙のうちに想定されている〈集団〉という枠組みに、彼女がそもそも“入る前提”を与えられていなかったことを示している。それはまた、ロンドン中心主義が支配的な社会で、商工業都市マンチェスターの労働者階級出身として貧困に喘ぎ、社会の〈中心〉から爪弾きにされてきたギャラガー兄弟とも、どこかで重なる部分があるのかもしれない。

集団やその連帯がエンパワーメントであると同時に、抑圧や排除へと反転しうる地点でもあること。それを知っている人が、誰かの声を代表したり、旗手を引き受けたりすることに慎重になるのは逃避や消極性ではなく、むしろ倫理的に成熟した態度であるようにすら感じられる。

「私は(この本を社会に)差し出した。それ以上でも以下でもないですよね」

それは奇しくも、人気絶頂のさなかにシングルカットされた名曲「Don’t Look Back in Anger」の一節──〈But please don’t put your life in the hands / Of a rock and roll band〉(おまえの人生をロックンロール・バンドなんかに委ねるな)と響き合うものを感じる言葉だ。集団に希望を与えるアンセムでありながら、同時にその希望への依存を拒む──いわば“導かないアンセム”の在り方は、『虚弱に生きる』にも通底するものなのではないだろうか。

1996年2月19日にリリースされた、オアシスの9枚目のシングル「Don’t Look Back in Anger」。ノエル・ギャラガーは2019年のBBCインタビューで、歌詞に登場する「サリー」について、「人生を振り返り、どこかで失敗したかもしれないが、それでも後悔はない」と受け止める女性像を象徴した存在だと語った。

「俺たちは、永遠に生きる」

「カート・コバーンへのアンチテーゼとして書かれた『Live Forever』は、まさにそうなんですけど…… 私はNIRVANAとかも好きなんですけど、それでも一番はOasisなんです。それは、Oasisが“生きようとしている”バンドだと思うから。私も、生きようとしている。そこが重なるところはあると思っています」

 「Live Forever」が書かれた当時はグランジの全盛期。ノエル・ギャラガーはこの曲の動機について、グランジの象徴として頂点に立っていたNIRVANAの楽曲「I Hate Myself and I Want to Die」に触れながら、「気持ちはわかるし、あいつのことは好きだけど(中略)それでも俺は思ったね。キッズたちはあんなクソみたいなものを聴かなくていい 」と語った。死や自己破滅、絶望を歌うグランジの風潮を横目に、金も名声もなく、未来すら見通せない状況にありながら「俺たちは永遠に生きる」と宣言した曲──それが「Live Forever」というロックナンバーだった。

そのOasisへの共鳴を踏まえると、『虚弱に生きる』は、「虚弱」という言葉が生成した社会的概念に注目が集まりがちだが、それ以上に重要なのは、タイトルに含まれた「生きる」という部分なのではないかと思えてくる。何ひとつ思い通りにならない虚弱な身体を抱えながらも、それでも朝を迎え、泥臭くメンテナンスを重ね、生き延びていくこと。

その反復そのものを核に据えたこの作品には、役に立たなければ、意味がなければ、成功しなければ、生産性がなければ、強くなければ──そんな条件付きでしか「生」が許されないように感じる現代社会において、その天秤そのものを前景化する1冊であるように思う。

最後に、本書の中で「スタートライン」という言葉が繰り返し用いられる健康について聞いてみた。

「目指す健康が10だとしたら、今は4くらい。できる限りのことはしたい、という感覚です。健康になれそうなことを試して、その反応を見る。それを繰り返してきただけで。これからも試行錯誤していく、というだけですね」

「絶対に終電を逃さない女」さんプロフィール

1995年生まれ。大学卒業後、体力がないせいで就職できず、専業の文筆家となる。様々なWebメディアや雑誌などで、エッセイ、小説、短歌を執筆。単著に『シティガール未満』(2023年、柏書房)、共著に『つくって食べる日々の話』(2025年、Pヴァイン)がある。

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