『エルスウェア紀行 tour "strange town" 2025-2026』2026.02.07(sat) 日本橋三井ホール
昨年11月22日(土)に行われた東京・恵比寿TimeOut Café & Diner公演を皮切りにスタートした『エルスウェア紀行 tour "strange town" 2025-2026』は、大阪、愛知、栃木公演を経て、2月7日(土)・東京・日本橋三井ホール公演でファイナル迎えた。アコースティックとフルバンド、2つの編成で各曲の世界、感情、風景、物語を表現。メジャー1stデジタルシングル「のびやかに地獄へ」のリリースが発表され、次のワンマンライブとなる9月13日(日)・東京・EX THEATER ROPPONGI『夢幻飛行2026』の開催も告げられたライブの模様をレポートする。
安納想(Vo・G)
街燈を思わせる背の高い灯りが1つ、数個の室内用スタンドライトも光を放つ幻想的な空間に登場した安納想(Vo・G)、トヨシ(G・Dr・Cho)――2人編成による「温度と一部」がオープニングを飾った。トヨシがパワフルにストロークするアコースティックギターの横でウィスパー成分が多いのにくっきりと粒立っている天性の歌声を響かせた安納。穏やかなトーンでありながらも起伏に富んだ展開を遂げるサウンドを、観客は恍惚の表情で受け止めていた。2曲目の「さよならに」からは、ノ上(Key)も参加。トヨシはアコースティックギターを弾きながらフットドラムのビートも自身の右足で加え、アンサンブルを分厚いものにしていた。続いて、安納もアコースティックギターを奏でた「キリミ」を経て迎えた小休止。「私たちは2人組。アコースティックの編成を大切にしながらやってきたんですけど、バンドもアコースティックも2つの心臓と言えるような編成だなと思って、このツアーを回る時、それぞれに名前をつけました。アコースティック編成は『微光奏(びこうそう)』。フルバンドは『遠景奏(えんけいそう)』です」と、ライブに於ける2つの編成を紹介した安納は、次に演奏する曲についても語った。「作った時は個人的な絶望とか、いろんなことが重なっていたんです。『こんなに歌詞に救いのない曲をリリースしていいのかな?』と迷っていた時、MVを撮ってくれた阿部友紀子さんが、『救われなさに救われる人もいると思うよ』と言ってくれました。それまでずっと2人で音源を作ってきてたんですけど、sugarbeansさんに編曲をお願いして、千ヶ崎さんとも出会って、新しく踏み出していく曲になりました。終焉をテーマに描いた曲だけど……終わりから始まるストレンジの街へみなさんをお連れしたいなと思います」――そして届けられた「ひかりの国」。安納、トヨシ、ノ上が身も心も寄せ合って躍動させるサウンドは、血の通った有機生命体のような生々しいエネルギーを放っていた。
トヨシ(G・Dr・Cho)
SEを挟み、フルバンド『遠景奏』の演奏がスタート。qurosawa(G)、千ヶ崎学(B)、sugarbeans(Key)が加わったこの編成では、トヨシの楽器パートはドラム。音を響かせる喜びを全員で共有しているのが伝わってきた。安納とトヨシを支える3人を“サポートプレイヤー”として捉えると、違和感がものすごい。“ライブ中はステージ上の全員がエルスウェア紀行の正規メンバーである”と称する方が圧倒的にしっくりくる。そんなことを思いながら「ムーンドライバー」「少し泣く」「鬱夢くたしかな食感」のドラマチックなバンドサウンドに耳を傾けていると、再び迎えた小休止。チケットがソールドアウトしたことを喜んだ後、エルスウェア紀行というユニット名が読み間違えられがちだと安納とトヨシは語り合った。先日、ラジオの収録現場で警備員に「エルスエ・アキコ様ですね?」と言われて、トヨシ「はい……」と答えてしまったのだと明かされ、観客は大爆笑。リラックスしながら自由なトークを繰り広げたMCタイムだった。
エルスウェア紀行
エルスウェア紀行
「10年前は全然想像もできなかった地点にいて、想像していなかった音楽をしているけど、ちょっとずつだと変化は気づかない。これからもちょっとずつ変わっていくエルスウェア紀行と一緒に旅をしてくれたら嬉しいです。音楽ではあるんだけど、『どこでもない場所を旅する記録』という通り、自分たちの人生を記録しているような感覚があって。みなさんにとっても、そういう待ち合わせができるような音楽になればいいなと。ちょっとずつ変わっていきながら、みんなとまだ見ない場所へ行けたらいいなと思っています」と安納が観客に語りかけた後、引き続き様々な曲が届けられた。「素直」「無添加」「マイ・ストレンジ・タウン」「天国暮らし」……次々と風景、空間、感情、色彩、物語が浮き彫りにされていくのを受け止めると、たくさんの場所を訪れたかのような感覚がどんどん深まる。そして、安納の歌+トヨシのアコースティックギターによる『微光奏』の「光の位相」と「問題のない朝」を経て、演奏の編成は再び変化。安納が一旦ステージから姿を消して、トヨシによるドラムソロが始まった。多彩なビートを繰り出しながら会場を震わせる姿が雄々しい。放つサウンドはもちろん、プレイしている姿も、膨大なエネルギーを伝えてくれた。
エルスウェア紀行
ドラムソロが終盤に差し掛かったところでステージに戻ってきた安納、qurosawa、千ヶ崎、sugarbeans――5人編成の『遠景奏』で「天才は今度」が披露された後、突然迎えた空白のひと時。トヨシのバスドラムのペダルが壊れてしまったらしい。間を持たせるために「みんな、楽しんでるかー!」と安納が明るく呼びかけると、客席から返ってきた元気な「イエー!」。ささやかなハプニングの共有によって演者と観客の親密さが自ずと高まるのもライブの醍醐味だ。そしてドラムが復旧した後、観客が加えたクラップが穏やかな昂揚感を醸し出した「あなたを踊らせたい」。ハンドマイクで歌う安納をバンドサウンドが温かく包み込んだ「ロマンチックサーモス」。ギターのアルペジオが美メロを際立たせた「まなざしはブルー」。グルーヴィーなベースが先陣を切り、他の楽器パートが合流。歌声の瑞々しさとエモーショナルなバンド演奏のコンビネーションが絶妙だった「冷凍ビジョン」……表現力豊かなサウンドを堪能できる場面の連続だった。
エルスウェア紀行
「悲しかった時、苦しかった時に私を救ってくれたのは、もっと悲しいことだったり、寂しいことだったり、すごく静かな場所だったなと思ってて。宇宙、星とかがモチーフの歌がエルスウェア紀行の歌には多いなと、振り返ってみると感じます。大きなことを考えると悲しいこと、苦しいこととかが小さく思えたりするから……案外、寂しかったり、悲しかったり、苦しかったりすることは悪くないなと思うようになりました」――本編のエンディングが近づく中、抱いている想いを語った安納。「この前、2人で話してたんですけど……伝えたいことがあってやっていそうな感じが自分でもするんですけど、音楽で伝えたいことはあまりなくて。でも、自分たちにできることだと思えるのが音楽。それは寂しかったり、悲しかったり、苦しかったりすることのおかげでもあるのかなと。そういうものが私に音楽をさせてくれてるのかなと思えるようになりました」――エルスウェア紀行の活動の核にある想いに触れたような気がした。そして披露された「とわの祭り」と「温度と一部」。5人が音を重ね合わせて生む豊かな響きに触れ続けると、温かな光に包まれているような感覚がどんどん募っていく。演奏が幕切れた瞬間、感極まっている人々の胸の内を自ずと物語る拍手が、ステージに向かって届けられた。
安納想(Vo・G)
観客が打ち鳴らし続けた手拍子に応えたアンコール。安納のアカペラで幕開けてからピアノの調べが続き、ギター、ベース、ドラムも合流。高鳴るサウンドが神々しい輝きを放つかのような印象だった「ベッドサイドリップ」の後、2つの発表があった。「2月8日(日)0時にメジャー1stシングル「のびやかに地獄へ」を配信リリース」「9月13日(日)・東京・EX THEATER ROPPONGIにて単独公演『夢幻飛行2026』を開催」――嬉しい知らせを聞いて観客が沸いていた中、安納は新曲「のびやかに地獄へ」について語った。「今の世の中だけじゃなく、みなさんにも悲しいことがいっぱいあると思うんです。楽しいこともあると思うんですけど、『どうせ地獄があるなら伸びやかに』という気持ちで書き始めた曲です。良い人が悪いことをしたり、悪い人が良いことをしたり、ややこしくてめんどくさい。こんなにたくさんの人が集まってるのに、誰の頭の中も覗けない。だけどこの時間、空間は共有できる。それがライブ……話がまとまらないけど、臆病な私たちは、みなさんのおかげで勇気を持って、またこの先に進んで行こうと思えました」という彼女の言葉の後、「メジャーデビューしても別にあんま僕ら変わらないんですよ。今まで通りというか、もとからちょっとずつ変わってきている人間なので、これまで通り変わり続けたいなと思っています。この先々、いろんなお知らせができると思うので……ついてこいよ!」とトヨシが力強く宣言。そして、「のびやかに地獄へ」がスタートした。揺らぐ感情を滲ませつつも、どことなく晴れやかなのが独特。力強い意志を穏やかなトーンで示しているのを感じた。
エルスウェア紀行
演奏が終了すると、ステージ前方に集まった安納、トヨシ、qurosawa、千ヶ崎、sugarbeans。舞台袖から現われたノ上も加わった6人で繋ぎ合った手を掲げ、深くお辞儀をすると、観客から力強い拍手が送られた。安納、トヨシの笑顔が明るい。バンドメンバーたちも、とても嬉しそう。エルスウェア紀行の2人が、素敵な音楽仲間たちと共に歩んでいるのを感じた。『"strange town" 2025-2026』はファイナルを迎えたが、旅はまだまだ続く。エルスウェア紀行の世界が広がり続けているのが伝わってくるライブだった。
取材・文=田中大 撮影=髙野立伎
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