「女子力高すぎ」「良いお母さん」
女性タレントがSNSで手作りのものを披露すると、いまだにこんなコメントが相次ぐ。この状況に、違和感を覚えた人は少なくないのではないだろうか。
この数年ブームとして広まっている編み物や手芸。「性別関係なく楽しむものになった」と言われることも多いが、冒頭のコメントからは、手芸が「女性がやるもの」と見なされてきた歴史が垣間見える。
手芸はなぜ長らく「女性のもの」とされてきたのか。今のブームはこれまでと何が違うのか。そして社会はどう変わったのか。「『ものづくり』のジェンダー格差」(人文書院)などの著書を持つ、奈良女子大学教授の山崎明子さんに聞いた。
視覚文化などを専門にする山崎さんは、奈良女子大の学生らと週に1度「中庭手芸部」の活動を行っている無償の労働力を引き出すための「愛情語り」
──編み物などの手芸がブームになっていますが、「女子力」や「愛情」と結び付けられることも多いのはなぜでしょうか。
「子どものために作りましょう。それがお母様の愛情です」と、手芸が女子教育の科目として組み込まれた明治時代から言われてきています。
私自身も、子どもの保育園グッズを手作りして持っていくと、「いいお母さん」と褒められたり、手の込んだものを作ってもらえていいね」「
この「愛情語り」は、家事労働を無償の愛として捉えた言説の一つのバリエーションです。手芸は女性が作り手であること、家庭空間の中で家族や子どものために行われることを前提とし、無償の家事労働の延長線上にあるものと捉えられてきました。その中で、手芸の技術的評価は、愛情や「女らしさ」という価値に置き換えられてきたのです。
家の中の家事や手芸には賃金が発生しないからこそ、実行には様々な理由付けを必要としてきました。今ほど既製品が充実していなかった時代には、家庭から学校や保育園に手作り品を供給することが求められました。無償の労働力を引き出し、不足している場所に物を集めるための言説として、愛情と手芸をセットで語ることが社会にとって都合が良かったのでしょう。
家事労働の延長線上にある「手芸」
──「手芸=愛情」というイメージの形成には、長い歴史の蓄積があるのですね。手芸が女子教育の科目になったのは明治時代とのことですが、女子だけに教えられたということでしょうか?
そうですね。1872年(明治5年)に、女子教育に関する公文書の中で初めて「手芸」という言葉が使われました。その「手芸」の中には、裁縫、機織り、料理、洗濯なども入っており、女性が家庭内ですべきこととされた労働全般を「手芸」と呼び、女子だけが学ぶ科目が作られました。その後中流階級の女性へと広がり、「手芸」の範囲は刺繍や編み物などに整備されていきます。
──女子だけに手芸を教育する目的は?
手芸の教育目的は「大人しくなる」や「器用になる」ことでした。1901年、高等女学校令施行規則では、女子の手芸は「指手の動作を巧緻にし、かつ勤勉を好む習慣を養う」ものだと定義されました。
もちろん、手芸を学ぶとは、より高度な技術(スキル)を習得することですが、手芸をめぐる言説では、この頃から、技術ではなく女性の精神性ばかりが語られる傾向にありました。当時の女子教育家の下田歌子は、裁縫や手芸をすることで美しい心が得られるのだと説きました。手芸は、主婦や母親が家政に従事する際に必要とされる素養が身に付き、真心や愛情の証でもあるとされたのです。
ファストファッションの工場で働く低年齢の女性
──なぜ、それほど女性が手芸をすることが奨励され続けてきたのでしょうか?
日本だけではなく西洋でも、布の手仕事は女性と強固に結び付けられ、家庭内の裁縫や衣服の管理も女性の役割とされてきました。女性にしかできない何か明確な根拠があったわけではありません。「女性の役割」であることを守るためには、針仕事をする男性を笑い物にして排除することもありました。
つまり、
資本主義社会において、「安い労働力」を確保することが必須とされます。その安い労働力を規定する要因には、力が弱い、低年齢である、学歴が低い、高い技能を持たない、限られた労働しかできないなどがあり、女性、子ども、高齢者といった集団に当てはめておく。手芸を奨励し技能を持たせることで、普段は「稼ぐためではない、趣味的なもの」と扱いながらも、戦時中などに労働力が不足した時にはいつでも低い賃金で市場に呼び出すことができます。
そして今は、日本人の賃金が上がったため、世界から「安い労働力」を探すようになった。日本でも人気のファストファッションの縫製工場で、低年齢の女性たちが今も安い労働力として投入され続けていることと地続きの問題です。
奈良女子大の中庭手芸部で手編みしたパッチワーク。週に1度ほど集まって、編み物をしながら、ジェンダーやアートなどについて話しているという今の手芸ブームは、「手」への信頼を取り戻す動き
──今のブームでは、編み物や手芸を楽しんでいるのは女性だけではありません。これまでのブームと何が違うのでしょうか。
今は「多様化」が一つのキーワードで、性別問わず若い人が増えました。今のブームに先行する形でゲイコミュニティや被災地などの地域活動、アート活動ともリンクし、広がってきていました。
主体が多様化したという点では変わりましたが、手芸をする人の意識はそれほど変わっていません。今はメンタルケアやデジタルデトックスの文脈で語られることが多いですが、そうした手芸の癒しやケアの力は、明治時代から語られてきました。
なので、変化があったのは手芸ではなく、手芸が存在している社会のほうですよね。
高度経済成長期である1950〜70年代の手芸ブームは、「女性の生き方」と結びついていました。専業主婦が多く、家電が普及して家事の省力化が進む中、女性が余暇の時間を過ごすのに手芸が役立つとされました。女性への教育も豊かな時代だったため、手芸は「お教室文化」として広まりました。
一方今は毛糸と編み針も100均で手に入り、教室や親からではなくYouTubeで習う人が多い。手芸を始めるハードルが圧倒的に下がりました。
2月には中庭手芸部が出張して、京都市立芸術大学にてアートとジェンダー研究会と共に活動した──今は、エコやサスティナブルへの意識の向上で、リメイクやリペアなど「直して使う」文化が広まっていることも特徴的ですが、手芸ブームと関連はあるでしょうか。
今のブームは、手芸や編み物への関心だけではなくて、「自分の手で何かを生み出していく」という、自分の力への信頼の高まりなのだと私は考えています。
エコが目的ならリサイクルや譲渡でもいいのに、自分の手元に長く物を滞留させて、修繕して使い続ける。消費するだけではなく、自分も何か作れるんだ、直せるんだという意識の高揚みたいなものが今起こっていて、自分の手への信頼感を取り戻すことが、いわゆる自己効力感につながっているのだと思います。
(取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版)
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山崎さんのインタビューは後日配信の後編へと続きます。
後編では、手芸がフェミニズムや社会運動とつながり「抵抗の文化」となった背景や、男性の手芸の歴史について聞きました。
【山崎明子さん】
奈良女子大学教授。専門は視覚文化論、美術制度史、ジェンダー論。著書に「『ものづくり』のジェンダー格差 フェミナイズされた手仕事の言説をめぐって」(人文書院)、「近代日本の『手芸』とジェンダー」(世織書房)など。


