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「オリオンビール」名護工場「オリオンビール」名護工場

2025年9月、沖縄を代表する企業であるオリオンビールが東証プライム市場への株式上場を果たした。業績の伸び悩みからファンドによる企業買収を受け入れ、上場に至る流れで「沖縄らしさ」が失われるのではとの懸念もあった。

【画像】オリオンビールは「第2の創業」でどう変わったのか?

一方、上場後初日の終値は、売り出し価格の2倍超となる1950円と好調な滑り出し。2025年度の売上高見込みも296億円へと拡大。収益性も改善を続け、「県民に愛される」だけではなく、さらに沖縄の地域経済を牽引する存在へと進化を続けている。

今回は同社の経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長・齋藤伸太郎氏に、オリオンビールの歴史や事業、今後の展望などを聞いた。

齋藤伸太郎(経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長)齋藤伸太郎(経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長)

齋藤伸太郎(経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長)

三菱UFJモルガン・スタンレー証券に10数年勤務。その後 2社での事業会社経験(IR・広報・サステナビリティマネジャー)を経て、2024年12月にオリオンビール株式会社へ入社。2025年、同社の上場(IPO)に携わり、現在はその豊富な経験を活かして同社の企業価値向上を牽引している。

「日本株は成長しない」を変えたい

―オリオンビールに入社したのはなぜですか?

証券会社時代、海外機関投資家との対話の中でずっと耳にしてきたのは「日本株は成長しない」という言葉です。これには忸怩たる思いを抱えていました。

日本的経営には、終身雇用やステークホルダーとの長期的な信頼関係といった素晴らしい側面もありますが、反面「甘え」が生じてしまうのも事実です。昨今、東証改革などで「稼ぐ力」や「資本効率」が叫ばれていますが、日本企業が抱えるガバナンス面での本質的な課題は昔から変わっていません。

「日本企業の成長モデルをどう再構築するか」を自身のライフワークと考え、社会人大学院でMOT(技術経営)も学びました。MBA的な金融の経営知識だけではなく、今後は「イノベーション」こそが解決策になりうるのではないかと考えたからです。

このような思いを抱えていた時に出合ったのが、沖縄製造業初のIPOに挑戦していたオリオンビールでした。地方から日本を元気にするという「新しいビジネスモデル」の構築に貢献できるのではないかと感じ入社を決めました。

私はオリオンビールを、巷でよく言われるJTC(伝統的な日本企業)をもじって「OTC(沖縄・トラディショナル・カンパニー)」と呼んでいます。オリオンビールは沖縄に寄り添って成長してきた古き良きOTCです。

このOTCが変革の進む資本市場の視点を取り入れ、生まれ変わることで沖縄から世界を変えるビジネスモデルを構築できるのではと考えています。

「沖縄の若者に希望を」戦後の米国軍統治下で創業

オリオンビール初出荷の様子(1959年5月)オリオンビール初出荷の様子(1959年5月)

―オリオンビールの歴史についても教えてください。1957年、米国軍統治下という特殊な状況で、創業者はなぜビール会社を設立したのでしょうか?

戦後は、県民の4人に1人が亡くなり壊滅的な打撃を受けた沖縄の復興が何より大きな課題でした。しかし、米国統治下の沖縄は、物資の多くを米軍の配給に依存していました。創業者の具志堅宗精は「自分たちの手で産業を興さなければ、沖縄の真の復興はない」と確信し、1957年に「沖縄ビール(現・オリオンビール)」を設立しました。アメリカと沖縄の文化が混じり合う中、ビールは非常に身近な存在だったのです。

具志堅は「郷土の若者に勇気と希望を与えたい」「沖縄に持続可能な産業基盤を形成したい」という2つの強い思いを抱いていました。

しかし、ビール作りには非常に苦労したそうです。そもそも、ビール作りには膨大な水が必要ですが、沖縄には川が少ない。土地が石灰岩で「硬水」のため、本来はビール作りには不向きなのです。

そこで目をつけたのが北部の「やんばる(沖縄県北部地方)の森」でした。ここから湧き出る「ビール造りに適した水」を活用するため、名護市に工場を作り製造が始まりました。

オリオンビール 創業当時のラベルオリオンビール 創業当時のラベル

「オリオンビール」という名前は、2500通あまりの公募から決定。オリオン座の三ツ星は、南国沖縄のイメージであると同時に、人の夢や憧れを象徴するものです。地域名にこだわらず世界にも通用する普遍的な社名をという思いから、ビールの商品名が社名として採用されました。

1959年から販売を開始しましたが、当時は外国産である「島のもの(島グヮー)」は日本製のものよりも劣るという先入観があり、県民になかなか受け入れられませんでした。

また、当初はドイツ風の本格的で濃いビールで県民の口に合いませんでした。気候的にも米軍の人々が親しんでいた「バドワイザー」のようなスッキリとした味に慣れていたんです。

そこからがオリオンの凄さです。1960年頃に現在のようなすっきりとした味に刷新。画期的な瓶詰めの生ビールを発売し「桜坂ローラー作戦」という人海戦術を開始したのです。

那覇の繁華街である桜坂には、当時400軒ほどのスナックや飲食店がありました。具志堅の指揮の下、社員が一丸となって1軒1軒訪ね歩き、飲みながらの営業を行いました。

この泥臭い営業が身を結び、オリオンビールは「県民のビール」として浸透し愛されるようになったんです。2026年4月で第70期目を迎えますが、オリオンビールは沖縄の戦後の歴史そのものと言える会社です。

「第2の創業」オリオンビールはどう生まれ変わったのか

オリオンビールの社長に就任し記者会見する村野一氏オリオンビールの社長に就任し記者会見する村野一氏

―2019年、カーライル・グループと野村キャピタル・パートナーズによるMBO(マネジメント・バイ・アウト)の経緯について教えてください。MBO後、オリオンビールはどのように生まれ変わったのでしょうか。

元々オリオンビールは、非公開会社として地元の方々に株を持っていただいていました。しかし、株主の高齢化が進み、相続などで株主数が600人を超えていました。株式の分散が会社のかじ取りの課題になっていたんです。

現金化の機会を探る一部株主が、カーライルに相談したことで事態が動き出しました。その過程では「外資の傘下に入ること」への抵抗をやわらげる形で、野村キャピタル・パートナーズも参画。株式を40%ずつ保有する形で「第2の創業」とも言えるMBOが実現しました。

経営がより科学的な「データドリブン」となり、ガバナンスや内部統制の仕組みも大きく変革され、成長戦略が磨かれました。

その後、2021年にソニー出身の村野一が代表取締役社長に就任。ソニー時代に海外でジャパンクオリティやSONYブランドを根付かせてきた村野の経験が、今の海外事業やライセンス事業にもつながっています。さらに「予算必達」を第一に、社員が自ら「数字目標」を立てるマネジメントを行い、自発的に働くカルチャーが浸透しています。

我々は「沖縄から人を、場を、世界を笑顔に。」というミッションを掲げています。まず自分たちが笑顔になり、沖縄を笑顔にし、そこから世界へ広げていくことが大切だと考えています。

社内では「いちゃりばちょーでー(一度会えば兄弟)」「まくとぅそーけー、なんくるないさぁ(誠を尽くせば何とでもなる)」など沖縄ならではのコアバリューも大切にされています。“人のつながり”や“真摯に仕事に向き合う”ことに重きを置く。沖縄の良さを活かしつつ、風通しの良い若手も活躍しやすい組織に生まれ変わりました。

「酒税軽減措置」撤廃は“合わせ技”で乗り切る。「酒税法改正」が追い風に

―2026年10月には、沖縄県内で製造・販売されるお酒に限り税金を15%安くする「酒税軽減措置」が廃止されます。業績への影響が懸念されますが、どのような対策をお考えでしょうか。

「酒税軽減措置」の廃止で15%の軽減措置が無くなると県内では一定の価格優位性を失いますが、「合わせ技」で考える必要があります。同時期に「酒税法改正」でビールと発泡酒の税率が統一される見込みです。増税される発泡酒に対しビールは軽減されるため、ビール業界にとっては「追い風」です。

我々は、MBO当時からこの改正を見据え、ビールカテゴリーを強化してきました。「オリオン ザ・プレミアム」や「75BEER シリーズ」といったプレミアムやクラフティなラインナップの拡充も進めていました。

また、我々の調査では観光客の方は価格感応度が低い。旅先の飲食店でオリオンビールを飲む際に、10円や20円の差で飲むのをやめるという判断にはなりにくいですよね。大型量販店での競争は激しくなるでしょうが、県外・海外の売上比率を高めることで十分に補填できると考えています。

多角経営の戦略の柱は「循環成長型ビジネスモデル」

―MBO当時は県内シェアは50%程度まで落ちていたとされています。IPビジネスや海外進出などの多角経営に乗り出すにあたってどのような戦略があったのでしょうか。

以下のような循環成長のビジネスモデルを柱にしています。我々はこれを「沖縄と共に循環成長するビジネスモデル」と呼んでいます。

「2026年3月期第3四半期決算説明会」資料より「2026年3月期第3四半期決算説明会」資料より

県民に愛されるブランド」⇨「観光客に愛されるブランド」⇨「オリオン・沖縄の経験深化/消費者による共有・拡散」⇨「オリオン・沖縄の想起/県外・海外消費増加」と循環し、最終的に沖縄の成長へとつなげていく。むやみに多角化するのではなく、このビジネスモデルへの適合性こそが、事業の「選択と集中」の柱となっています。

我々は、商品開発などにおいて徹底的に沖縄県民に寄り添うことに重きをおいています。「オリオン ザ・ドラフト」の味を含めたリニューアル時期には約1万5000人の県民にアンケート調査に協力いただきました。さらに「オリオン ザ・プレミアム」のデザイン公募には約1万6000人の県民に参加いただきました。

県民の人口の1%以上がブランドに関わってくれるのが他社にはない強みです。現在、県内シェアは約80%まで成長しています。

オリオンビールのコラボTシャツオリオンビールのコラボTシャツ

さらに、オリオンビールのロゴ・デザインが「IP(知的財産)」として、25年度は第3四半期時点で2.5億円のライセンス売上と前期の2倍へと急成長しています。沖縄観光で空港に到着したティーンエイジャーは、まずオリオンのTシャツを購入して着替えて那覇に向かうそうです。

お酒も飲めない年頃ですから、「ビール」ではなく「沖縄」を楽しむアイテムなんです。観光を楽しむためのユニフォームであり、SNSに投稿するための「推し活」アイテムのようなものです。

海外事業も急成長。「どこで、どう戦うか」を最適化

2021年には世界最大級のビール会社・SABミラー出身のパトリック・ドーガンを海外事業部門長として迎え、海外事業も急成長する輸出に加え、新たな仕組みであるライセンス製造を交える形で加速しています。

現在は、韓国、台湾、オーストラリア、アメリカにフォーカスして売上を拡大しています。

韓国、台湾では、沖縄やオリオンのことを認知してもらえていますし、さらに、現地でも沖縄同様にビアフェストやポップアップイベントなどを行っています。

オーストラリアでは、ジャパンクオリティーの「リゾートビール」という打ち出し方をしています。現地で1位の酒類販売業者とは共同開発した「モンスター(MONSUTA)」というオリジナルブランド、2位の事業者には「オリオン ザ・ドラフト」を提供し、カニバリゼーションを回避しながら売上を拡大しています。

アメリカでは、アジアンレストランに加え、沖縄の米軍基地に駐留経験のある1000万人の元駐在者等をターゲットに本国の基地周辺の量販店にマーケティングを仕掛け、効果を発揮しています。このように海外市場を一律で捉えるのではなく、フォーカスする市場での勝ち筋を明確にした上で、事業を拡大しています。

イギリスのパブでも人気を博すオリオンビールイギリスのパブでも人気を博すオリオンビール

ヨーロッパを中心とした「ホワイトスペース(未知の市場)」にも挑戦しています。英国でのライセンス製造の枠組みを開始し、現在ロンドンのパブ50軒ほどで「オリオン ザ・ドラフト」が提供されています。英国では、伝統的なビールが多い中ですっきりとした日本の“チル(chill)”なビールとして好評いただいています。

沖縄のポテンシャルを信じ、応援してくれる“個人株主”と歩む

東証プライム市場に上場。セレモニーで鐘を打つ村野一社長東証プライム市場に上場。セレモニーで鐘を打つ村野一社長

―沖縄の製造業としては初という意味で、IPOの際には大変な話題にもなりました。オリオンビールにとって「個人株主」はどのような存在でしょうか。

沖縄はアジアの玄関口であり、ハワイに匹敵する1000万人超の観光客が訪れています。この「胃袋の獲得」や観光消費の拡大が我々の成長の勝ち筋だと考えています。

オリオンビールは沖縄で初めてとなる製造業でのIPO企業です。株主は、人数ベースで9割以上が「個人株主」です。沖縄を背負い、沖縄を応援してくれる人たちと一緒に歩んでいく。それが「OTC」としての我々の覚悟です。

社会課題の宝庫だからこそ「ローカルゼブラ」を目指す

齋藤伸太郎(経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長)齋藤伸太郎(経営企画本部 コーポレートバリュー・クリエーション部長)

―「地方から元気に」という目標は、オリオンビールとしてどう達成していくのでしょうか?

社会的なインパクトとしては、「沖縄経済の自立」が最も大切だと考えています。沖縄は産業が少なく、農業などの第1次産業か、観光という第3次産業に偏っています。ものづくりには物流の制約もあり、新たな産業が生まれにくい環境です。

しかし、今沖縄ではスタートアップの数が急増しています。自分たちの身近な社会課題を解決するためにビジネスを立ち上げようとする志の高い若者たちが増えているのです。

その理由の一つは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)です。世界中から集まったトップクラスの研究者による研究成果を基に複数の会社が立ち上がっています。

インキュベーションの拠点となっている沖縄「コザゲート通り」インキュベーションの拠点となっている沖縄「コザゲート通り」

沖縄市のコザもスタートアップのインキュベーションの一大拠点となっています。元々は基地の門前町として栄えた地域ですが、現在は行政や民間が連携し商店街の中にイノベーションハブを設置するなど、起業家が集まりやすい町に生まれ変わっています。

そこでオリオンビールのような「OTC」が彼らを支援していくことは非常に理にかなっていると考えています。

ローカルゼブラ」という言葉がありますが、短期で高い評価を目指す「ユニコーン」ではなく、「白黒(社会価値と利益)のバランス」を取りながら現実的かつ継続的に走る「ゼブラ企業」の先行事例を目指しています。地域やコミュニティと連携し「兄姉ゼブラ」のような役割をオリオンビールが果せたらと考えています。

まさに「いちゃりばちょーでー(一度会えば兄弟)」で、私は沖縄のあちこちのコミュニティでオリオンビールを沢山飲んでいますけれど(笑)観光業のみならず、新しい発想や志のある人々が大勢いる沖縄は、まだまだ可能性を秘めています。

ゆくゆくは、彼らと一緒に商品やサービスを共同開発したり、我々が何らかの形で支援したりと、そんなことができたらいいなと夢見ています。

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