映画『かもめ食堂』なんとなくInstagramを見ていたら、「もたいまさこ」の名前が出てきて驚き、うれしくなった。
映画『かもめ食堂』が劇場公開20周年記念、出演者のひとりとしてコメントを寄せている。4月に2週間限定でリバイバル公開されるとのこと。タイトルを見た途端「もう20年経つのか……!」という思いと共に、できたてのシナモンロールの香りがよみがえり、サチエさんのコーヒーが飲みたくなった。
あの映画で北欧に興味を持った人も当時、多かったんじゃないだろうか。
ヘルシンキ、だけど日本が重なる
映画『かもめ食堂』舞台はフィンランドのヘルシンキ。
小林聡美さん演じるサチエさんは、「ここならやっていけそうかも」と食堂を開いたばかり。経緯とか資金とか、そこまでの人生などは一切描かれない。出会う人々もそこは詮索しないし、サチエさんも相手の身の上をほぼ訊かない。なんとなく人が出会って、閑散としていた食堂にだんだんと人が増えていく。
食堂だけに、話の折々で挟まれるのが食べものだ。私はこの映画というと、「豚のしょうが焼きがいちばん魅力的に登場する映画」と瞬間的に思ってしまうのだが、今回久しぶりに見直したら、アップでは1シーンほどの登場。そこだけ強烈に心にフックされていたことに気づく(フードコーディネーションは飯島奈美さんで、この映画がきっかけとなってブレイクされた)。
もたいさんは本作のメインキャストであり、大好きな俳優さんのひとり。最初に見たのはもう40年(!)ぐらい前、ビートたけしのコメディ番組『OH! たけし』だった。コントシーンが忘れられない。なんというか……「いるだけで強烈」で、すぐ名前を憶えてしまった。特に何かするわけではないのに漂う、そこはかとないおかしみと、静かな押しの強さと。以来ずっと「なんだか気になる」人であり続けている。
NHKの朝ドラ『チョッちゃん』(1987年)の看護師役も忘れられないし、そして決定打ともいえる『やっぱり猫が好き』(1988年~)の長女・かや乃役はもう永遠。そんなもたいさんだが、2021年を最後に出演作がなく、「事実上引退?」なんて記事も出てさびしい思いでいたところ……今回のコメント参加。いやー、うれしかった。
『かもめ食堂』の良さは、出てくる人たちとの「近さ」だと思う。ヘルシンキの人々のふとした表情に、日本が重なる。いつも行く国道沿いのファミレスで見かけるような、ホームセンターのベンチに腰掛けて世間話してるような人々と同じ雰囲気を、匂いを彼らに感じられるところ。北欧なんて響きに距離的にも感覚的にも遠さを感じるけれど、見るうちに垣根がグンと低くなっていく。
ある事情でやさぐれて、かもめ食堂で因縁をつけてくるリーサという女性がいる。もたいさん演じるマサコに「お前も一杯つきあえよ」的に、フィンランドのウォッカ「コスケンコルヴァ」をすすめてくるんだが、このシーンがねえ……いいんだ。リーサを演じるタリア・マルクスと、我らがもたいまさこの睨み合い。なんかもう「土佐の闘犬」を思わせる熱いその迫力! と、そこからの展開は本編でぜひ。
自分のためににぎる、おにぎり
映画『かもめ食堂』そうそう、この映画のキーワードのひとつがおにぎり。
店主のサチエさんはヘルシンキでおにぎりを作り続ける。地元の人たちには不評でウケが悪い。心配した仲間のミドリ(片桐はいり)は「こっちでおなじみの食材を具にしたらどうですか?」的に提案し、トナカイの肉やニシン、ザリガニを具にしてみようとすすめてくる。でもやっぱり、「おにぎりの具はサケ、梅、おかかじゃない?」と我を通すサチエさん。その表情が実に悠々と、飄々としている。
正直、昔見たときは「そんなこと言ったって売り上げがなきゃ」なんて勝手に心配もしたし、夢見がちでフィクションに過ぎるのでは……的なことも感じてしまった。しかし年を重ねて見直してみれば、サチエさんは自分のためにおにぎりを握っていたんだろう、とも思えてくる。おにぎりをにぎるという行為は妙に安心するものだ。にぎっているうち、自分が鎮まっていくような感覚を得るときが確かにある。手をぬらし、塩粒をまず感じて、次に炊き立ての米を手に取り、リズムをつけてにぎっていく。この繰り返し、この一連の動作によってのみ生まれてくる心地よさがある。
何を思ったか外国で、ひとりで食堂を始めて生きて、暮らしてゆくなんて流れの中で、「おにぎりをにぎる時間を設ける」ということはサチエさんにとっては何か「切り離せない」ものだったのでは……と、公開から20年経って思えてきた。
「あの映画に出てくる、あれが食べたい」
映画『かもめ食堂』私はシナモンの香りが個人的にはそこまで好きじゃないのだが、この映画のシナモンロールを見ると不思議と強く、「食べたい……!」と思ってしまう。でも、実際のお店でシナモンロールを見て「買おう」と思うことはほとんどない(もっとおつまみになるようなパンばかり、買ってしまう)。
かもめ食堂のシナモンロールが食べたい、という思いで今後もまたこの映画をときおり見返してしまうだろう。「あの映画に出てくる、あれが食べたい」、つまりは「絶対に食べられない」というかなしみもあれど、そういう映画を何本か持っているということは、かなり幸せな人生だと私は思うのだ。
映画の中の食べものといえば、西森路代さんは以前に香港の叉焼飯について書かれていた。まだいろいろと「あの映画に出てくるあれが、食べてみたい」なんてお話もあると思う。よかったらまた、教えてください。


