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NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』が、いよいよ4月10日に開幕。“正しくない科学に基づいた、正しくないSF(サイエンス・フェイクション)”としか発表されていなかった2年ぶりの野田秀樹の新作は、どんな物語なのか? 阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里をはじめとする総勢25名の出演者で、どう描かれているのか? 初日前日の夜に行われたゲネプロの観劇レポートをお届けする。


またしても野田秀樹は、とてつもない作品を生み出した。近年NODA・MAPで、シベリア抑留、日航機墜落事故、拉致問題、原爆などを扱ってきた野田だが、今作のテーマはより普遍的で身近な問題。しかも明確な答えのない問いを、観る者に投げ掛けている。面白くて切なくてヒリヒリと痛くて、優しくて美しい、最先端で根源的な、人間の欲望と生命を巡る物語だ。

物語は、表無助手(野田)や裏ヶ有助手(川上友里)ら研究グルーブが調査を進める、化石の発掘現場から始まる。バイオテクノロジーの気鋭・窮理教授(深津絵里)をリーダーに迎え、彼ら研究グループが探しているのは、人類の夢をかなえる研究に必要な“謎の骨”。スポンサーは、大手製薬会社だ。自分を生き長らえさせてくれた科学に恩返しがしたいという思いから、研究所の助手を務めているタスケテ(阿部サダヲ)は、“謎の骨”を求めて古代に向かう。

しかし辿り着いたのは、年老いた科学者ファウスト(橋爪功)が生命を研究する中世の実験室。そこにいた実験用のネズミたちを、世話係のハーメルンの笛吹き男(大倉孝二)が連れ去ると、メフィスト(広瀬すず)が現れ、若さを求めるファウストと契約する……というストーリー。そこに製薬会社のオーナー(高田聖子)とその弟(橋本さとし)の権力争いも絡み、物語はブレヒト幕を使ったスピーディーな場面転換で、現代と中世と古代を行き来しながら繰り広げられていく。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

阿部サダヲが演じる優しく無邪気なタスケテが、とにかくチャーミングで愛おしい。阿部はもう一役との演じ分けも見せながら、自身の名で狂言回し的な役割も果たしていて、その確かな演技力にも感動。阿部サダヲという稀有な俳優がいたからこそ、出来た作品ではないかと感じた。

広瀬すずの舞台俳優としての堂々たる実力にも脱帽だ。高い身体能力で傾斜のある舞台を軽やかに素早く駆け、よく通る凛とした声と抜群のスタイルで演じるメフィストは、尋常ならざる輝きとエネルギーを放っていた。高い集中力と思い切りの良さにも感嘆。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

深津絵里の幅広く豊かな表現力にも魅せられた。科学者としての窮理教授の多面性を繊細に演じ上げ、さらにもう一つの役柄のなんと美しくたおやかで、優しく尊いこと。まさしく、この作品のミューズだと感じた。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

芝居の振り幅が素晴らしいといえば、大倉孝二。人がよくてとぼけた味わいのハーメルンの笛吹き男のコミカルな演技から一転して、後半では鋭くシリアスな演技で重たい役を担っていて、鳥肌が立った。様々な現場でいろいろな役柄を積み重ねてきた今の大倉だからこそ、務められる二役に違いない。

姉弟役で登場し、物語に別の角度からの視点と厚みと面白味を与えているのは、劇団☆新感線の高田聖子&橋本さとしコンビだ。ひびのこづえと柘植伊佐夫によるカラフルで奇抜な衣裳&美粧も相まって、出てきただけで場の空気が変わるほど、面白さと存在感を発揮する。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

もちろん、野田も動き、喋り、舞台の空気をいい意味で掻き回す。メインキャストでは今回唯一のNODA・MAP初参加メンバーであり、野田の表無助手と対になって出てくることが多い裏ヶ有助手の川上友里も、持ち味が生きて面白い。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

橋爪はファウスト役で、どうやっても人間が逃がれることのできない“老い”を全身で表現。何とも言えないペーソスに惹き込まれた。そうかといえば、軽妙さも見せる。深みと軽みを併せ持ち、今回なんと4役も演じている恐るべき84歳。さすがとしか言いようがない。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

そしてやはり、NODA・MAP作品に欠かせないのが、アンサンブル。今回も素晴らしいチームワークとパワーを発揮している。開演前から舞台上で黙々と発掘作業をしているかと思えば、恐竜や人魚の骨格など、さまざまなものを表現。さらに、人間標本、実験用のネズミたち、マスコミの記者、バナナの精など、次々と姿を変えて登場し、場面の空気をも作っていく。中でもMISAKIの豊かな表現と清冽なエネルギーには心を奪われた。

ネタバレを避けるため、詳しいことは一切書けないが、最後はただただ、人間の生のエネルギー、命の力に、胸がいっぱいになり、泣けてきた。もちろん、人によって感じ方はいろいろだろうが、心が激しく揺さぶられる、ここでしか絶対に味わえないこの演劇体験を、ぜひ多くの人にして欲しいなと思う。

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

NODA・MAP第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

上演時間は約2時間20分(休憩なし)。全公演で当日券が販売される。

東京芸術劇場で5月31日まで上演の後、北九州とロンドンと大阪でも上演される。ちなみに、ロンドン公演は7月で、タイトルは『-320°F』。日本公演と同じ舞台装置(舞台美術は堀尾幸雄/美術補に秋山光洋)を載せた船便が、まもなく英国へ向かうとのことだが、戦争の影響でスエズ運河が通れないため、アフリカ大陸の最南端、喜望峰をまわる航路になるという。

歴史は繰り返すというけれど、大きな権力を持った者が、またしても己の利のために勝手な正義を振りかざし、それによって理不尽に失われたものの映像や数が、毎日ニュースで届く昨今。そんな世界のことを考え、せめて声なき声に思いを致せる人でいたい。『華氏マイナス320°』を観て、改めて強くそう思った。

取材・文=岡崎 香 撮影=岡本隆史