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見上愛、上坂樹里がW主演を務める連続テレビ小説『風、薫る』。田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品で、激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の“トレインドナース”を描く本作で、今回の注目は、主人公の一人・一ノ瀬りん(見上愛)の母・一ノ瀬美津を演じる水野美紀だ。

【画像】紫色の衣装が反響を呼んだ水野美紀

主人公に立ちはだかる壁」という印象を心地よく裏切る美津

美津は那須にあった小藩の旧藩主の一族として生まれた、“生まれながらのお姫様”である。家同士で結婚相手が決められるのが当たり前の時代に、夫の信右衛門(北村一輝)とは、現代でいう恋愛結婚さながらの熱量で結ばれたであろう深い情で互いを慕い合う夫婦として描かれていた。信右衛門が維新前に自ら家老職を辞して帰農し、暮らし向きが厳しくなってもなお、美津は姫として育った気位を失うことなく、凛として生きてきた。

りんが第1話冒頭で妹・安(早坂美海)と興じるすごろくで「奥様、来い!」と念じていたのも、母から「女はどこに嫁ぐか次第」と言われて育ったためだった。幸せそうな両親を見てきたからこそ、りんもまた当初は素朴に「すごろくの上りは奥様」と信じていた。だが、りんのすごろくはそのとおりには進まない。初恋の幼馴染・虎太郎(小林虎之介)と結ばれることもなく、自分と同い年の息子がいる18歳上の運送業・奥田亀吉(三浦貴大)の後妻に入ることになる。

その結婚はすぐに破綻する。亀吉の暴力から、娘・環(宮島るか)を抱えて逃げ込んできたりんに、美津はためらいなく金を渡し、東京の親類のもとへ逃げるよう促す。

「負け戦を長引かせてはなりません」

この一言の鋭さに、美津という人物の輪郭が明確に浮き上がる。守るべきものと、引き際の見極めの速さ──姫として育ちながら、家老の妻として家を守ってきた人の胆力が、ここに凝縮されている。NHK公式の人物紹介でも、美津は「いざという時には自らなぎなたを振るう豪胆をもつ」とされる。普段は気品をたたえた佇まいの奥に、確かな芯が通っている人なのだ。

当初、進歩的な価値観を持つ信右衛門に比べ、美津のほうが主人公の前に立ちはだかる旧時代的価値観の壁に見えていた。それが、いざりんがトレインドナースを志したときには、当初は猛反対しながらも、本気の覚悟が伝わると一転して娘を応援する。第4週、横浜の老舗の造り酒屋からの縁談を持ち出してりんを引き留めようとした場面でも、最終的にそれは「りんの覚悟を試すための嘘だった」と打ち明けてみせた。「おなごの幸せは良い家に嫁ぐこと」という自身の価値観は手放さないまま、それでもりんの選んだ道は否定しない──このしなやかさは、当初の印象を心地よく裏切る。

偉そうな言動や厚かましさすら、心地よさを与えてしまう

りんの離縁によって亀吉から仕送りを絶たれた美津は、次女・安と共に上京し、りん・環との同居生活を始める。視聴者の多くは、ここから美津は孫・環の世話と家事を担い、娘・りんの看護婦修行を後方支援するのだろう──と予想したかもしれない。ところが美津の選んだ道は、まったく違った。瑞穂屋の店主・清水卯三郎(坂東彌十郎)のもとへ娘の様子伺いがてら出向き、ちゃっかり自分自身を売り込み、働き始めてしまうのだ。「りんにできたことなら私にもできます」。商家の店先に姫が立つ。NHK公式が美津を「新しい物好きな一面も」と紹介するとおりである。

働きぶりも美津流である。ご近所の中山マツ(丸山礼)たちを巻き込んで家の片付けを手伝ってもらい、瑞穂屋の軒先では外国人客に向けて得意の琴を披露する。英語はまったくできないにもかかわらず、気迫と、人に対して壁をつくらないコミュニケーション能力で、なぜか日本語のままなんとなく会話が通じてしまうというミラクルまで起こす。人にものを頼む態度とは思えないほど偉そうな言動も、人を自然に使ってしまう厚かましさすらも、根っからの“お姫様体質”ゆえの貫禄が、相手にむしろ心地よさを与えてしまう。気がつけば周囲が、姫のために喜んで動いている。松坂慶子が『まんぷく』で演じた今井鈴──「私は武士の娘です!」を決め台詞に視聴者から“ブシムス”と呼ばれて愛されたヒロインの母──の系譜にも通じる、気品と貫禄である。

もう一つ注目しておきたいのが、大家直美(上坂樹里)との関係だ。二人の最初の出会いは、安の縁談で美津たちが上京した第1週。スリに遭った美津たちを助けてくれたのが直美だった。しかし、直美が「スリなら金持ちから盗めってんだよ」と毒づいたとき、美津は恩人である直美に対しても遠慮なく「金持ちから盗めというのも間違いです!」と諫める。

当初、「“正しい人”が嫌いなんです」「“正しい”で生きられる幸せな人が嫌い」と毒づいていた直美だが、後にりんの家を訪ねた際、美津に歓待されて少しずつ心を通わせていく。第27回(5月5日放送)では、看護婦養成所の休日にりんの家に招かれた直美が「料理は私が手伝うから」とりんを台所から遠ざけ、自身が美津の手伝いに回る。家事が苦手で大根の切り方もままならない直美に、美津は容赦なく「でれすけ」と叱るのだ。親の顔も名前も知らずに育った直美にとって、裏表も打算もなく、まっすぐに正論をぶつけ、まっすぐに叱ってくれる美津は、ある種の“親”のような存在になっていくのかもしれない。

これほど痛快なロールモデルは、なかなかない

こうして並べてみると、美津という人物は、見方を変えればこの物語のなかで最も運命に翻弄されてきた一人だとも言える。本来お姫様として育った人が、夫の選択によって貧乏になり、その最愛の夫がコロリ(コレラ)に感染した際には上京中で、村にも入れず、死に目に会うことすら叶わなかった。家を背負い、娘たちを守ってきた重みは、決して軽くない。

そんな美津を演じる水野美紀は、所作からにじみ出る上品さと気位の高さ、肝の据わった様子、そして周囲を自然と楽しくさせてしまう根っからの明るさで、この複雑な人物を実に魅力的に立ち上げてみせる。きっぱりとした口調の奥に滲むユーモア、貧しさのなかでも崩れない佇まい、そして娘たちの選択を最後には許容してしまう懐の深さ──それらが矛盾なく一人の女性のなかに同居しているのは、水野の芝居の幅広さ・瞬発力ゆえだ。

朝ドラのヒロインの母といえば、娘や孫を陰で支える側に回るのが定石だ。しかし美津は違う。夫を失い、娘の離縁に伴って上京し、孫を持つ年齢になってなお、誰かを後ろから支えるポジションには甘んじない。自分の知らない街で自ら仕事を見つけ、新しい人々と関係を結び、姫として生きてきた経験そのものを武器に、自身が輝く場所を切り拓いていく。「奥様」という上りに辿り着いた女が、その先のマス目を誰にも教わらないまま自分で描き加えていく姿──祖母世代になってからの女性の生き方として、これほど痛快なロールモデルはなかなかない。美津がこの先、誰の前にどんな風を吹かせるのか。ますます目が離せない。

【人物解説連載】第1週「一ノ瀬りん(見上愛)」第2週「大家直美(上坂樹里)」第3週「島田健次郎(Aぇ! group・佐野晶哉)」第4週「寛太(藤原季節)」第5週「玉田多江(生田絵梨花)」

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