東京・新宿区長による明治神宮外苑の樹木伐採認可の取り消しを求め、82人の市民が同区を訴えていた裁判で、東京地裁(岡田幸人裁判長)は5月12日、「訴えを認めない」とする判決を言い渡した。
明治神宮外苑では、神宮球場と秩父宮ラグビー場を場所を入れ替えて建て直し、高層ビルを建築する再開発計画が進められている。
事業者はこの計画のために、3回にわたって新宿区に樹木の伐採や移植申請を行い、区はいずれも認めた。
これに対し、市民グループは「伐採許可は新宿区長の裁量権の範囲の逸脱で濫用に当たる」として、許可取り消しを求めていた。
裁判の争点「原告適格」
この訴訟で争点の一つになっていたのが、原告になれるかどうかを問う「原告適格」だ。
今回のような行政庁の処分や判断の取り消しを求める取消訴訟では、「法律上の利害関係のある人」しか訴えを起こせないことになっている。
この裁判の原告は合計で82人いるが、すべてが新宿区民や神宮外苑周辺地域の住民ではなく、原告適格をどのように判断するかが注目されていた。
この点について、岡田裁判長は新宿区民や周辺地域住民も含めた全員を、原告適格がないと判断した。
原告は何を訴えていたのか
原告適格が認められなかった大きな理由が、「風致地区条例」に、個人の権利を保障する規定がないことだ。
神宮外苑は約100年前に国民の寄付や奉仕活動によって作られた公園で、良好な自然的景観を守るための「風致地区」に指定されてきた。
風致地区の中でも、神宮外苑は建物の高さ制限など規制が特に厳しい「A地域」もしくは「B地域」だったが、新宿区は2020年、東京都の要請に基づいて、神宮外苑の一部地域を規制が緩いS地域に変更。
これにより、再開発で高層ビルの建築が可能になり、樹林地を潰して芝地などに置き換えやすくなった。
しかしこのA地域もしくはB地域からS地域への変更は、区議会や都市計画審議会にも報告されず、パブリックコメントの募集も行われないまま区長の判断で行われた。
原告は、民主的なプロセスを経ずに行われた手続きであり違法だと主張。
この風致地区の地域変更を前提にした樹木伐採の許可も、新宿区長の裁量権の範囲を逸脱または濫用したものだと訴えていた。
さらに樹木伐採を許可したことで生じる被害について、神宮外苑の「景観利益(良好な景観を日常的に楽しむ権利)」が損なわれると主張。
他にも、工事で排出される大量のCO2で気候変動が促進され、健康面での被害を受ける恐れが生じるなどと述べてきた。
原告適格を認めなかった理由
これに対し、裁判所は「一部の原告は神宮外苑に近い都営住宅に住んでいるものの、伐採する場所から300メートル以上離れており、伐採しても生活環境に著しい被害が生じるとはいえない」と判断。
風致地区が保障する良好な景観の維持について、「どの程度変化が生じた時にその利益が害されるかどうかを、確定するのは困難」とし、侵害されたとしても「生命や身体、健康を脅かすものではない」と判決で述べた。
さらにCO2に関しては、「樹木伐採などによる二酸化炭素排出もしくは吸収量減少によって、特定の地域の気候変動が直ちに進行するとはいえない」と指摘。
「二酸化炭素排出で被害を受けないという利益は、一般的な公益で一部の人を対象にしたものではない」と述べ、全員の原告適格を認めなかった。
また、新宿区長が議会を通さずに風致地区の地域を変更したことに関しても、議会やパブリックコメントなどを通じて意見を聴くことを求める法令の規定はないとした。
原告適格の厚い壁
裁判所は、風致地区条例が定める良好な景観を楽しむ利益について「個別の利益として保護するものとは解釈できない」と判断した。
この判断について、原告の弁護士・山下幸夫氏は「これまでに風致地区条例に基づいて個別の利益を認められた例はない」と述べ、原告適格が認められるのには厚い壁があるとした。
個人の利益が認められないのは、風致地区条例の中に、個別の住民を保護する規定がないことが大きな理由だという。
山下氏は、今回の判決は風致地区条例の限界を示しており、この状況を変えるには住民の権利を保障する新しい条例を作る必要があると述べた。
控訴するかどうかについては、今後原告と話し合って決めるという。
神宮外苑の再開発を巡っては、再開発計画の認可自体の取り消しを求めて市民らが東京都と小池百合子都知事を訴えている裁判も行われている。


