イメージ「無保険による受診困難により発見の遅れた膵癌末期患者 50代 女性 独居」
昨年5月に公開された「民医連」の「2024年経済的事由による手遅れ死亡事例調査概要報告」にこんな記述を見つけ、パソコンをスクロールする手が止まった。
民医連が毎年発表するこの報告書。私にとってはこの国の「貧困」を示すひとつの指標に思え、十数年前から毎年目を通してきた。
2024年、「お金がない」「保険証がない」などの理由から受診が遅れたりして命を落としてしまった人は、48人。
男女比にすると、男性85%、女性15%。60代がもっとも多く、現役世代である30〜50代は27%を占めたという。
死亡原因の65%を占めたのが、がん。
亡くなった人の雇用形態でもっとも多かったのは「無職」で58%。世帯収入が5万円以下は13件、5万円以上10万円未満は14件。
42%が負債を抱えており、滞納している税(公共料金)等では、健康保険料がもっとも多く17件。一方、ライフラインの停止が昨年より増加していたという(23年の結果について書いた原稿はこちら。「第711回『お金がなくて病院に行けず、命を落とした』人、2023年で48人〜高額療養費の上限額引き上げに反対」)。
亡くなった48人のうち、正規の保険証がない「無保険」や短期保険証が27件。正規の保険証を持っていたか、生活保護で医療にアクセスできたのが21件(のちに詳しく書くが、生活保護を利用すると医療費は無料)。
が、報告には「保険証があっても、窓口で支払う一部負担金や薬代の負担等を心配しての治療中断や未受診が少なくないことが考えられる」とある。
受診経路については、「救急搬送がもっとも多く14件。受診を我慢し、ぎりぎりまで我慢して搬送され、ようやく医療につながった実態がある」と指摘されている。
また、症状が出てから1〜2カ月で受診した事例が18件あるものの、「1〜2年受診せずにいた事例もあり、多くが悪化してからの救急搬送で、治療開始から死亡まで1カ月以内が20件と最多」という記述に言葉を失った。
そんな報告で紹介されていた「50代女性」という言葉に、同世代の私の手は止まったのだ。
事例には簡単な職歴なども紹介されている。
それによると女性は高卒後に就職するものの、営業不振などで途中から契約社員に。35歳頃から風俗の仕事も兼務するようになり、その後、契約社員は辞めて風俗の仕事一本になったらしい。
体調不良によって風俗の仕事をやめたのは、24年8月。以降、無保険状態に。それによって「医療を受ける資格がない」と思い込んで病院には行かなかったようだが、体調はさらに悪化。女性が救急搬送されたのは、生活保護申請に向かっている最中に倒れてのことだった。
その段階で皮膚、眼球ともに黄疸が強く、「膵臓癌及び腹膜転移、肺転移」の状態。救急外来の医師の見立ては予後半年から、1年。
その後入院となってわかったのは、副腎、肝臓にも転移があること。予後は1カ月程度に修正される。
10月末に生活保護申請のため面談があるも、その時点では車椅子で全介助を必要とする状態。11月はじめに保護が決定したものの、意識は「半覚醒状態」。息を引き取ったのは、保護決定から2日後のことだった。
経緯が淡々と記された文章を読みながら、彼女の過酷な日々に思いを馳せた。そうして、気づいた。11月に亡くなったということは、そのわずか3カ月前まで風俗で働いていたということに。
「各種税金などの滞納状況」という欄には「保険料 水道代 電気代 ガス代」。それを見て、目の前が暗くなった。
私と同じ50代・女性・高卒・独居という属性の持ち主が、これほどまでに困窮してもギリギリまで医療を受けられず、命を落とす現実がこの国にはある。「国民皆保険」「一億総中流」はすでに遠い過去のもの。日本はいつのまにか、そんな国になってしまった。
「手遅れ事例」には、他にも47人の厳しい状況が記録されている。
歩けないほど体調が悪いのに受診を控えたため、発見が遅れた肺がんの人。
住まいがなく、ウィークリーマンションで約20年生活し、住民票も保険証もなく受診が遅れた胃がんの人。
ネットカフェ生活をしながら日雇い派遣などをしていたものの、黄疸・腹水などの症状があり、無料低額診療から入院、膵頭部がん、肝転移、肺転移、リンパ節転移の状態だった人。
退職後、国保に未加入で、市販の薬で痛みに耐えていた人。
重度の熱中症になるも、無保険で医療にかかれず路上で倒れて救急搬送され、翌日に亡くなった作業員の人――。
こうして書いているだけでもつらいが、身体の異変や強い痛みに耐えつつも「お金がないから」「保険証がないから」と病院に行けずに我慢を重ねた当人たちの肉体的、精神的な苦痛を思うと気が遠くなってくる。そうして、強い怒りとともに思う。「自己責任」と人が、社会が、政治が言い続けた結果がこれではないのか、と。
これを読んでいる中にも、お金の心配から受診に二の足を踏んでいる人がいると思う。自分じゃなくても、周りに心配な人がいるというケースも多いだろう。
そんな時は、使える制度が多くあることを覚えておいてほしい。
例えば無料低額診療。お金や保険証がなくても医療にかかることができ、全国700以上の診療施設で実施しているので、「無料低額診療+今いる自治体名」で検索してみるといい。必要な人はそこから福祉につなげてくれるだろう。
また、窓口負担が減免される「国保法44条」という制度もある。役所の国保担当の課に問い合わせてみるといい。
その他、生活保護を利用すれば、医療費は無料となる。
「治療のために生活保護を受けたらバッシングされるに決まってる」と不安になる人もいるだろう。しかし、「手遅れ事例」で亡くなった人の多くが自覚症状があっても無理して働き、救急搬送された時にはすでに手遅れとなっていた。彼ら彼女らに「生活保護を申請すれば安心して治療に専念できる」という情報が届いていたら、こんな悲しい結果にはなっていないはずなのだ。
というか、本当は義務教育で教えられるくらい、全員が知っているべき大切なことなのだ。だけど隠されているからこうして毎年多くの人が命を落としている。しかし、しっかり治療できていたら今頃健康を取り戻し、仕事に復帰している人だってたくさんいるはずだ。それは社会にとってもいいことずくめだろう。
それなのにこの国は、「自己責任」という意地悪な言葉の下、助かる命を積極的に見捨てているようにしか思えない。
さらにこの夏、もうひとつ、「受診控え」につながりかねない制度の見直しが始まる。それは医療費が高額になった場合、自己負担を軽減できる「高額療養費制度」の負担増。この夏と来年夏の二段階にわたって見直され、自己負担額が7〜38%アップになるという。
現行制度では年収370〜770万円の人が高額療養費制度を使った場合、月の自己負担の上限額は8万円ほど。しかし、27年8月からはこの層が三つに分けられ、年収370〜510万円で8万5800円、510〜650万円で9万8100円、650〜770万円で11万400円とかなりの負担増になるのである。
ここである人を紹介したい。それは漫画家の中川学さん。現在、24年に出版した『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』を中川さんに漫画化してもらい、それは光文社のnoteで連載されているのだが(漫画はこちら)、「49歳、年収200万」の中川さんは過去、くも膜下出血で入院し、高額療養費制度を利用した経験がある。その顛末はこちらで詳しく描かれているのでぜひ読んでほしいのだが、この制度を利用したことにより、360万円の医療費が自己負担15万円で済んでいるのだ。
まさに「救世主」と言いたくなるような高額療養費制度。その負担増を受けて、「お金の不安から受診を控える人が増えるのでは」という不安の声があちこちから上がっている。紹介したように、今でさえこれほど多くの人が経済的な理由から受診を控え、命を落としているのだ。しかも、民医連の調査で把握されている事例は、おそらく氷山の一角だと思われる。
そうして現在、4年にわたる物価高騰にプラスしてホルムズ海峡封鎖の影響による更なる物価高騰が庶民に襲いかかっている。家賃や住宅費の高騰も続いている。
この1〜2年で、庶民の生活の厳しさは「平均台」から「綱渡り」くらいのものになったという実感がある。実際、私のもとには「この夏の電気代が怖くて夏を越せる気がしない」などの悲鳴が多く届いている。
そんなことを示すように、同調査では、手遅れ事例で亡くなった人の「ライフラインの停止」が前年より増加していたことが記されている。
にもかかわらず、生活に寄り添うような施策は出てこず、庶民に強いられる負担。
いったい、この国の政治はどこを見ているのだろう。頭を抱えている。
(2026年5月13日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第760回:お金・保険証がなくて病院に行けず末期がんで命を落とした女性は、死の3ヶ月前まで風俗で働いていた〜「手遅れ事例」、24年で48人。の巻(雨宮処凛)』より転載)
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