2026.5.5(火)AOM presents Cheer Concert「ReoNa -よりみち-」@アニメイトシアター
ReoNaが学生時代、「絶望」を感じたというのはファンの中では周知の事実である。その経験があったからこそ「絶望系アニソンシンガー」としてのデビューにつながったというのはあるだろう。そんなReoNaがアニメイトと協力し、東京都豊島区の為に「音楽体験の機会を開く」という取り組みは素晴らしく意義のあることだと思う。
アニメイトによる音楽ライブ企画「AOM(animate opportunity meeting)」の一環として開催された本イベント。“寄り添いあう道”を意味する「よりみち」をタイトルに掲げ、出演者と来場者、そして関係者すべてがそれぞれの歩幅で関わることをコンセプトとしている。
当日は、豊島区在住・在学の小学生から高校生の皆さんが招待されていたが、明らかにこれまでのReoNaのライブ空間とは思えない雰囲気だった。親子連れも含む少年少女が着席してライブの始まりを待っているその空間は、普段の開演を待つ内包された熱さとは全く違う穏やかな雰囲気。豊島区長・高際 みゆき氏からのメッセージが寄せられ、開演前に読み上げられるというのもいわゆる“ライブ”というものとは違うと感じる。地域と文化活動の連携による取り組みとしての意義が示された。
「よりみちしたとき、聴こえた“お歌”」というキャッチコピー、ReoNa自身が歩んできた道のりは決して順風満帆ではないというのは、我々ファンなら多かれ少なかれ基本情報的に知っているものではあるが、今日の客席に詰めかけた皆さんにはそんな前情報はない。ReoNaは何を伝えようとしているのか、静かに会場が暗くなっていく。
ステージに現れたReoNaはまっすぐ深々と礼をしてから着席。今日のメンバーはバンマス、キーボードの荒幡亮平と、ReoNaバンドとしては初参加となるギターの佐々木“コジロー”貴之。アコースティック編成で奏でられるのは久々の披露となる「ANIMA -Naked Style.-」だ。
アコースティックギターのカッティング音が小気味よく響く。代表曲ではあるが、あえてジャジーなアレンジバージョンを持ってくるのがにくい。年下相手だからといって自分の音楽を曲げることはしない、ちゃんとかっこよく、ちゃんといいお歌をまっすぐに届けていく。そこには大人も子供も関係ない。続けて「メメント・モリ」。季節通りの春の曲、暖かく、優しく、切なく、激しく、儚い、別れと出会いと生命の曲。作詞作曲の毛蟹(LIVE LAB.)の死生観すら感じられる
「『よりみち』にお越しの皆さん、こんばんは、ReoNaです。アニメイトさんと豊島区さんと一緒にお届けする今日の『よりみち』。いかなきゃいけない場所、やらなきゃいけないこと、色々あるかも知れないけど、今この時間は全てを忘れて、よりみちしてもらえますように」
丁寧な挨拶の後に「うれしいこと、たのしいこと、かなしいこと、しんどいこと、一緒に笑って、一緒に泣いて、足して、割って、君と僕とでバランスを取って」と前段を起きながら「地球が一枚の板だったら」を歌い出す。NHK「みんなのうた」に提供したポップなこの曲は、ReoNa的世界観を含みながら、伝えたいメッセージを柔らかく届ける楽曲。ここで披露するのにはピッタリのチョイスだ。
「絵本にもなっているお歌、物語をたどるように、歌詞に、言葉に耳を傾けてもらえたら嬉しいです」と続いて、三曲目は「さよナラ」。狼のナラと人間のさよこ、仲良くなってしまった決して相容れない二人のおはなし。この曲も久々の披露のような気がする。慈しみと悲しみが同梱する一曲だ。丁寧に、そして大事に歌い上げるその姿には、チア・コンサートならではの思いが込められているようだ。ReoNaは今回のコンサートで何を少年少女に伝えたいのだろう? 寄り添うこと、友情ということ、自分が体験したことを教えとして伝える……? いや、そんなに大層なことじゃない、たまたま出会ったよりみちの時間、そこに流れる良き音楽が奏でられれば、それでいいと思わせてくれるような“お歌”を紡いでいる。
MCの時間でReoNaから今日初めてライブに来た人、そして初めてReoNaの音楽に触れた人はいますか? と問いかけると、会場の半数近くが手を上げる。この結果に驚きを隠さないReoNa。
確かにフェスなどで初めてReoNaを見た、という人は多いのだろうが、それでも今現在、アニソンというタグの付けられた音楽を愛好する人たちの中で、ReoNaの存在や楽曲に全く触れないでいるのは難しいことだと思う。ここはReoNaが戦ってきたアニソンの世界ではない。全くピュアに、音楽との出会いの場所なのだ。
そしてこの日は本当に特別、普段なら絶対に行わないであろうファンからの質問も受け付けることになった。
「なにか聞きたいことはないですか?」なかなか手は上がらない。それはそうだろう、ステージに居る初めて出会った金髪の“アニソンシンガー”から聞きたいことはない? との問いかけだ。それでもポツポツと質問が飛び交い出す。
「飼っている三匹の猫で一番仲良しなのは誰ですか?」「なんで歌手になろうと思ったんですか?」「自分の曲で一番好きなのはなんですか?」などの質問の中で、やはり印象的だったのは何故歌手になろうと思ったか? というものだ。
「将来の夢はなんですか? と聞かれることも多いけど、人に否定されるのが怖かったので、歌手になりたいという夢は黙って大事にしていたんです」と語りだすReoNa。
「頑張って頑張って、それでも、「ああ、もう頑張れない」って時に、まだ頑張れって言われるのがしんどくて。頑張れの代わりに、そうだよねとか、わかるよとか、そういうよりそいが欲しかったなぁって……だから、そういう自分の心の内側に、自分で言えないことを訴えてくれているようなお歌に、アニメに、私自身も救われてきました。だから今、こうしてお歌をお届けできるようになった今、なかなか言葉にできないココロの内側を「そうだよね」ってお届けできるようなお歌を歌おうと思ったのが、絶望系アニソンシンガーとしてのReoNaの原点です」
インタビューでも聞いたことのある想いを、はじめましての人たちに自分の言葉で慌てず、しっかりと伝えるReoNa。何か届いただろうか、この瞬間に何も感じられなくても、蒔いた思いの種はきっといつか何処かで芽吹く。
そしてReoNaからは「逆に質問してもいいですか? 今日はなんでこの「よりみち」に来てくれたんですか?」との逆質問。「お母さんが行こうよと言ってくれたから」という答えがどこまでも微笑ましく、暖かい。そして質問にもあった猫の話から「猫失格」を披露。ReoNaが手拍子を求めると子どもたちも合わせて手を叩く。驚くほど素晴らしい出来上がりのパフォーマンスだった。
この日は春の温かい陽気、ガラス窓越しの日差しを浴びながら眠る猫たちが想起できるような歌声。何度もツアーなどで聞いてきたが、正直過去一のパフォーマンスだった。気取るでもなく、気負うでもなく、ただ奏で、歌い、楽しむ。勝手にここまでReoNaは来たのだな、と感慨深さも感じる。
「自分のココロに嘘をついてしまったことありませんか? いろんな自分があるけれど、本当の自分って一体誰が決めるんでしょうか? 名も無き絶望に、名も無きお歌で寄り添えますように」響いてくるのは「unknown」。囁くように歌い出した名もなき歌は、明確にここまでの楽曲と比べて湿度が高い。今のReoNaを形作ってきた曲の一つでもあるこの歌から先は、ReoNaが表現したい、伝えたい思いが込められていく。
特別な時間も後半戦、「芥」では更に強くメッセージを乗せた歌声が響く。生きていこうという強い言葉と広がりのあるメロディはアコースティックの環境でも変わらず胸に刺さる。今を生きるという、ともすれば少年少女にはまだ感じられないような願いや思いも、奇をてらわず真っ直ぐにReoNaは歌い届けていた。年齢関係なく、対等に向き合う人間としてReoNaはステージの中央に座っている。
「アニソンシンガーReoNaのふるさとで、人間ReoNaのふるさとの曲を」と歌われた、最新曲「結々の唄」では、奄美のメロディに乗せて、たおやかに、人同士の繋がりを感じられるメロディが奏でられる。気がつけば佐々木“コジロー”貴之が奄美三線を手に奏でている。よーりよーり、奄美の島口(方言)で「少しずつ、慌てずに」という意味の言葉、ReoNaお気に入りのこの言葉が染み入るように客席に届く。
驚くのは、ライブ開始からここまで、子供たちも集中を切らさずしっかりとライブを目に焼き付け、音楽に耳を傾けていたことだ。現在はエンタメのインスタンス化も進み、動画も20秒以上あったら見れない、という話もあるくらいだ。どんなジャンルでもコスパ、タイパと叫びあい、少ない可処分時間を奪い合っている。
でもこの時間は焦ることもなく、携帯を見ることもなく、しっかりと少年少女たちが音楽に向き合っていた。生まれて初めてライブを見た子もいたこの時間は、ひょっとしたら今までのどのライブと比較してもプレシャスな時間なのではないだろうか?
最後に選ばれた曲は「ライフ・イズ・ビューティフォー」。
「ほんの少し、あなたとわたしで、お歌の中で立ち止まった時間、また、それぞれの旅路の中で、寄り道がしたくなった時に、同じ時間の中で、同じ空間で、顔を見ながら、お歌を受け取ってもらえますように」そんな言葉が添えられた極上のポップス。土砂降りの日もあるけど、晴れの日もあるよね、生きてりゃいいのよ。今日を締めくくる春の軽やかなメロディにReoNaからのメッセージが載せられていく。
「今日は本当にありがとうございました、ReoNaでした、じゃあな!」いつもの挨拶と共に、手を振りステージから去ったReoNa。今まで見たReoNaのライブの中で、最もミニマムで、もっとも異質な時間。だがコレをやり続けることには、コレまでのキャリアと同じくらいの意味があると感じた。誰かの初めてであるということは何にも変えられないことではないだろうか?
ゴールデン・ウィークの後半に、ほんの一時間ちょっとの「よりみち」の時間。少年少女にどんな思い出が残ったのか、芽生えはきっとずっと後、ひょっとしたら芽生えないかも知れない。それでもきっと良いのだろう、いつか心がつかれた時、この日のReoNaのお歌が人知れず支えになれば良い。きっとその日も、ReoNaは歌っているはずだから。
レポート・文:加東岳史 Photo by 中井 智久