関西の地に、若きピアニストのためのコンクールが誕生した。その名も『京都FUTURE音楽コンクール』だ。立ち上げは、音楽関連企業・団体ではなく、AI・ロボットを開発する株式会社FUTURE。出場者の成長性や人間性が審査項目の一部になったり、演奏前にスピーチを行ったりするなど、従来の枠組みを超えたコンクールとなった。
予選(動画審査)には、A2部門(未就学児)からD部門(高校生〜大学院生)まで全5部門・総勢85名がエントリー。去る2026年4月4日(土)、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小ホール)で記念すべき第1回の本選が開催された。その様子をレポートする。
◇A2部門<未就学児>
銀賞 門脇壮佑(認定こども園 こもれび 年長)
金賞 徳永真央(広島市立東原中学校3年)
金賞 大同理紗(京都市立芸術大学4年)
郭一啓(磐手小学校5年)
企業主導だからこそ新しい視点が加わったコンクール
一つ目は、音楽や芸術文化が専門ではない企業が主導していること。通常、コンクールは音楽や芸術文化に関する団体や企業が行われることが多い。主催の株式会社FUTURE内の事務局に聞くと、コンクール立ち上げの土台には「才能ある若い人材を育てたい」という強い思いがあり、それが結実して開催に至ったという。
二つ目は、審査基準が「技術力」「表現力」といった従来的な項目だけでなく、「成長性」「音楽性・人間性」が加わっていること。「成長性」は動画による予選から今回の本選までの2ヶ月間の変化で、「人間性」は演奏前の1分ほどのスピーチで測られる。
スピーチで語られるのは、出場者による作品の説明、解釈、思い、このコンクールが自身にとってどんなチャレンジなのか――編み出される言葉と姿で、出場者による音楽への向き合い方を見定めるのである。
言葉と演奏の連関性
本選当日は、ピアニストのミヒャエル・クリスト、田村響、そして今回の企画・立案から関わった髙木竜馬が審査員を務めた。コンクールには未就学児から大学院生までが出場でき、年代ごとに5つの部門に分かれる。本選には、2ヶ月前の予選審査に通過した全部門31人のコンテスタントが出場し、予選審査の際と同一の自由曲を演奏した。
いずれの部門でも、演奏だけで審査されるのではなく、その舞台に臨む姿勢やスピーチの言葉も審査に大きく影響していたようだ。
たとえば未就学児のA2部門では、スピーチタイムは設けられていなかったものの、「楽しく演奏しているかどうか」が審査基準の一つとなった。語彙力を身につけていない年代であっても、まずは音楽を楽しむ気持ちを土台に据える。A2部門で優勝した辻村奏佑さんは、終了後に「緊張した」とコメントしてくれたが、舞台上では見事に音楽を体と心で感じているさまが伝わってきた。
A1部門(小学1〜3年生)からD部門(高校〜大学院生)にいたっては、スピーチと演奏の連関性が強く感じられた。
A1部門やB部門(小学4・5年生)では、バッハやショパン、バラキレフなどのクラシック作品が多く演奏されていたが、「まずは音楽を自分のものにしているかどうか」が演奏の評価にもつながっていたと思う。
A1部門で優勝した香月実さんは、スピーチで「馬が風のように走るイメージで弾きたい」と意気込み、宍戸睦郎「トッカータ」を生き生きと演奏し、音楽に息吹を与えた。そしてB部門の優勝者で全体の聴衆賞を受賞した郭一啓さんも、「僕はベートーヴェンが大好きです」という明快な言葉がそのまま音楽に反映され、表情豊かで鮮やかな演奏を繰り出していた。
C部門(小学6年生、中学生)ではさらにワンランクアップして、時代や演奏スタイルなどクラシックならではの知識に応じた解釈を意識するスピーチが増えた。まずは作品を深く理解し、自ら言葉にし、優れた演奏に仕立てていく。そんなプロセスが目に見えた部門だった。
C部門で優勝した徳永真央さんは、リストの超絶技巧練習曲第10番について、「激しさがありながら、天から響く祈りのような、美しいメロディもある。その美しさの中には、悲しみや苦しみが秘められていると思う」と作品の特徴と自身の解釈を的確にスピーチで表明。その言葉どおり、光と陰が交差するような演奏を堂々と披露していた。
高校生から大学院生までを対象年齢としていたD部門では、本選に進出したのは大学生と大学院生のみで、いずれも大学で音楽を専攻している学生だった。専門的に学んでいることもあり、それぞれが作品の特徴と背景を正しく理解し、それに対する洞察を表明するスピーチが多かった。
D部門で優勝した大同理紗さんは、演奏曲であるプロコフィエフの「戦争ソナタ」第4楽章について、「第二次世界大戦中に書かれていたことから、銃や戦車の音や、人々の戦時下における苦しみや不信感が表現されているように思う」とスピーチし、演奏に落とし込んだ。
終了後、「音楽の特徴や、作品の背景にある歴史に対する感じたことを、お客様に伝えたいと思った」と話してくれた大同さん。高い演奏技術はさることながら、こうした作品への的確な理解と独自の思いが絶妙なバランスをとり、結果として演奏の形で聴衆へと響いたことが、結果に結びついたのではないだろうか。
音楽は「人」ありき
コンクールを終えて、審査員を務めた髙木は「唯一無二のコンクールの幕開けに立ち会えてよかった」と語った。
唯一無二とはどういうことか。それは、「出場者の想いと言葉が可視化されたコンクール」ということであろう。「出場者全員が、ありきたりなスピーチではなく、自身の言葉で作品やコンクールへの想いを語っていました。それによって、審査員としても一層深く演奏に入り込むことができました」と髙木は語る。
「音楽は、やっぱり人ありきのもの。人が書いた音楽を、人の作った楽器で、人が奏でる。だからこそ、“誰が演奏するのか”を大事にするべきだと改めて思いました」(髙木)
コンクールは、音楽家がキャリアを構築するための重要な場だ。一方で、コンクールへの出場を重ねる中で、競技的なテクニック重視に陥ったり、自らの創造性を見失ったりするケースも少なくない。
そんな中、若いピアニストたちが、自らのパーソナルや言葉といった小手先だけでは取りつくろえない「音楽の本質に向き合う姿勢」を培えることも、このコンクールの唯一無二性につながっているのかもしれない。
さらにいうと、今回事務局は、会場にさまざまな企業を招いた。「このコンクールを、企業と音楽家を繋げる場にしたい」という思いからだ。スピーチを設けたのも、人間性を測る審査基準にするだけでなく、企業人に出場者たちの魅力を示す一つの指標にする意図もあった。この観点は、やはり企業主導だからこそ生まれたものと言えるだろう。結果的に、このコンクールは、社会へ真に音楽を届けられる音楽家を輩出するための場になっていた。
すでに数多くのコンクールがあるなか、いかに優れた演奏をするのかだけでなく、「誰が」「どんな姿勢で」音楽に取り組むのか、そしていかに聴衆と対話を行い繋がっていくのか、といった視点を付加させたことにこの大会の意義があった。その試みは、これからを生きる若い音楽家が、自らの音楽を熟成させ、社会と接続していくための大切な手掛かりになっていくに違いない。
取材・文=桒田萌