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歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』が、2026年8月2日(日)に開幕する。通し狂言『怪談 牡丹燈籠』で伴蔵を坂東巳之助、女房お峰を尾上右近が勤める。9日に取材会が行われ、2人は公演への意気込みや、「その次元を通り越した」お互いへの印象を語った。

■花形で担う、11時開演の第一部

『牡丹燈籠』は、1日三部制のうち、11時開演の第一部で上演される。巳之助は「若手花形と言っていただけるメンバーでやらせていただきます。皆様に、しっかり夏をお届けしたい」と意気込む。右近にとっては、2000年に本名の岡村研佑時代に出て以来の『納涼歌舞伎』。その月には『東海道四谷』が上演されていたことなどの思い出に触れ、「当時の岡村研佑くんのような、歌舞伎少年の記憶に“納涼歌舞伎はこんな匂いがした”と残る公演にできたら」と、さらに若い世代への思いも込めた。

■歌舞伎で観る『牡丹燈籠』

三遊亭円朝の長編怪談噺を原作とした作品だ。落語ファンへPRのコメントを求められると、巳之助は「落語の『牡丹燈籠』とは、少し筋が違っていたりもします。三遊亭円朝役として、松本幸四郎のおにいさんが出てくださり、落語の高座のような場面もございます。大西信行先生の脚本による、歌舞伎の『牡丹燈籠』をご覧いただくことで、この作品の違った側面も見えてくるのではないでしょうか」と答えた。

続く右近は、「まあ、歌舞伎の方が面白いですね」と、まさかの挑発的コメント。すかさず巳之助が「なんてこと言うんだよ!」とかぶせ、会場は笑いに包まれた。右近は「思い切ったことを言った方が、落語ファンの方に届くかなと」と弁明し、「落語家の皆様には、同じエンタメに生きる人間として最大限のリスペクトを抱いております。でも落語ファンの皆様には、ちょっと刺激を与えさせていただいて(「怖い、怖い、怖い!」と巳之助)。もし、落語の方が面白いに決まっているだろ? と思われた方は、ぜひお越しください」と呼びかけた。

『怪談牡丹燈籠』特別ビジュアル

『怪談牡丹燈籠』特別ビジュアル

歌舞伎で観るからこその魅力に、巳之助はまず、劇場での体験をあげた。

「落語には、お客様がご自分の頭の中で景色を想像して作っていく面白さがあると思います。歌舞伎の場合、その景色を具現化してお見せします。例えば、お化けが出る場面では照明が薄暗くなり、ひゅ~・どろどろどろと鳴物が入る。文字にすると笑ってしまうほどベタですが、実際に生の舞台を客席でご覧いただくと、そのベタな古典の演出に、なぜかゾクリとくるものがあるんです」

右近は、歌舞伎の“役者を見て楽しむ”面に注目し、俳優同士の関係性から生まれる面白さにも、話題を広げた。

右近と巳之助は小学生の頃に知り合い、中学時代を共に過ごし、高校時代は2人旅もした仲。近年、舞台で立役同士で共演する機会が増えているが、夫婦役は初めてとなる。さらに右近にとって、「世話女房の役は新境地。その相手が、巳之助さんの演じる旦那さんです。おこがましいですが、僕と一緒にやることで、いつもとはまた違った巳之助さんを感じていただけるのではないかと。巳之助ファンの1人として、僕自身も楽しみにしています」

■ 巳之助、父ゆかりの伴蔵を初役で

巳之助と右近が演じるのは、長屋住まいの夫婦だ。

「とても人間くさい夫婦です。ふたりの間に愛はあるのでしょう、おそらく。ただ金がない。金が手に入った途端、まったく違う関係性になってしまう。それを笑えたり、泣けたり、怖かったり。色々な角度からお見せできる魅力的なお役だと思います」と巳之助。

坂東巳之助

坂東巳之助

演じる上で意識するのは、善人か悪人かで二極化しないこと。

「元は悪い人ではなかったのに悪人になったとか、悪い奴だったのに改心していい奴になったとか。二極化して考えてしまうと、特に今回のような(世話物で、因縁も描く)作品では、人物像からどんどん離れていくように思います。たとえば伴蔵は、人の家の台所に転がっていた大根を黙って持ち帰るような人。悪心もあり、妻に横柄な態度をとる瞬間もあれば、寄り添いもします。人が変わったわけではなく、環境の変化で見えていなかった側面が、表に出るという認識です」

伴蔵は、巳之助の父・十世坂東三津五郎が、何度も演じた役。三津五郎が最後に出演した2003年8月の歌舞伎座公演には、巳之助も丁稚定吉役で出演した。「幕切れが衝撃的でした。中学生だった僕の脳裏に強烈に焼きついています」と振り返る。

「『牡丹燈籠』は、お演(や)りになる方によって、多様性が見られるのも見どころだと思います。僕は父と同じやり方で、脚本のト書き通りの幕切れでやらせていただきます」

さらに「父だけでなく、菊五郎劇団にとって歴史のある演目です。“型通り”に演じる演目ではありませんので、右近さんと芝居を作っていけることは嬉しいです。右近さんは世話女房が初めてとのことですが、世話物の土台に、僕ら同じ菊五郎劇団の人間として同じ血が流れているはず。お互いにそれを感じとれれば、自然と面白いものになっていくのではと思います」。 

■右近、お峰にリアリティと狂気を

右近は、「この夫婦は、お金がないときの方が楽しそうなんです。うんざりしながらも2人でいることが楽しい、と感じさせます。まさに僕らの十代の頃に感じた、満たされていなくても楽しかった感覚と、重なる空気を感じます」と語った。

尾上右近

尾上右近

右近は、落語や歌舞伎における女性像が男性の目線を通して描かれてきたことにも触れながら、その上で「お峰にはリアリティーや共感性をご覧いただけるはず」だと語る。

同時に、歌舞伎には「どこかにエネルギーの発散がないと、物足りなさを感じられたりもします。クライマックスでは、お峰の“死なば、もろとも”の狂気もお見せし、きっちり歌舞伎のエネルギーも感じていただけるかと思います。《怪談をみた》だけでなく、《歌舞伎をみた》感覚もお持ちかえりいただけるように勤めたいです」

巳之助の言葉を受けて、右近も本作のルーツに話を向けた。

歌舞伎の『牡丹燈籠』は、右近の高祖父・五代目尾上菊五郎により初演された。「僕にとっては先祖が作ったお芝居」という感覚もあるという。また近年歌舞伎で上演される『牡丹燈籠』は、1974年に大西信行が文学座のために書きおろしたもの。

「お峰は、文学座の杉村春子先生が初演以来、何度も演じたお役です。お峰をやらせていただける日が来るとは思っていませんでした。それが今年、僕が(読売演劇大賞)杉村春子賞を頂いた年であることにも、思いがあります。『牡丹燈籠』の歴史、経緯(いきさつ)を感じ、自分が現代においてそのバトンを受け取っている。僕にとって、作品やその歴史にルーツを感じられることも、作品の中で同じ時代の仲間に巡り合えることも、歌舞伎の醍醐味です。だから巳之助さんとの『牡丹燈籠』には、僕にとっての2つの醍醐味が詰まっています」

■二人が見る、一人では見られない景色

関係の良さが随所に滲む巳之助と右近。お互いへの印象を問われると、巳之助は「右近さんは、自分一人では行けないところまで連れて行ってくれる相手」だと答えた。

「僕はどちらかというと、自分の中から出てくる熱が、役の邪魔になる出方をしてしまうタイプの役者だと思っています。一方で、右近さんの“尾上右近としての熱量”は、役の邪魔せずに舞台上に出てくるんです。それに当てられる形で僕から出てくる熱ならば、僕にとっても邪魔にならない結果になることが多い。僕が一人で出せる色とは、違う色になれる相手だと思います」。 

(右から)坂東巳之助、尾上右近

(右から)坂東巳之助、尾上右近

じっと聞いていた右近が、のどかに「すごーい」と反応。会場は笑いに包まれ、巳之助はツッコミながら笑った。

そんな右近は、自らを「末っ子気質」とし、3歳違いの巳之助に「大いに甘えさせていただいています」と返す。「夫婦役は初めてですが、ずっと精神的旦那さん。舞台でご一緒する時は、巳之助さんが考え、整頓し、冷静に判断し、《これならいける》と安全性を確認してくれるから、僕は衝動のままに動けます。巳之助さんと一緒の時、僕は一番安心しているかもしれません。だから、自分一人では見られない景色というのは、まさに同じ感覚です」

さらに「こういった思いをご本人の前で喋ることを、ちょっと照れくさいのですが……なんて言うこともありますが、僕らはもう、その次元は通り越しています。どんな姿もお互いに見せ合えると確信しております」と続けた。2人はお互いに「ありがとうございます」「ありがとうございます」と頭を下げていた。

■この先も変わらない、これからのこと

取材会の終盤、次々に大きな役を勤めているこの時期を、それぞれ、どのように受け止めているか問われた。

巳之助は、先月同じ楽屋で過ごした尾上松也からも「みっくん(巳之助)は、なんなの!?」と聞かれたことを明かし、「自分でも、そう思う節はあるのですが」と笑った。そして「結局、その時にやるべきことを、やるだけだなという感覚です」と続けた。

坂東巳之助

坂東巳之助

「ありがたいことに大きなお役を、任せていただく時もあります。午前に一役出させていただき、お昼過ぎに楽屋を出る月もあります。もちろん自分の出し物(主演する演目)となれば、演じる以外にも気に留めなくてはならないことがたくさんありますが、脇の役の時は手を抜くわけではなく、脇ならば、芯(主演)の方が望むことに全力で応えていく。すごく当たり前の責任を、果たしていく。それは、どの立場になろうと変わりません。舞台に立つとなれば、役の大きい小さいに貴賤はないと思います 」

右近は「大きなお役をいただくようになり、一番大きいのはやはり、ありがたいという気持ち」だと語る。

尾上右近

尾上右近

「役への責任はもちろん、自分たちの世代への扱いの変化も感じます。僕らだけで一幕を任されることも増え、歌舞伎の“一つの顔”という自覚も大きくなりました。僕個人でいえば、歌舞伎役者としての夢が一つひとつ実現し、ふと自分は歌舞伎役者として、立ち位置を約束してもらっているかのような感覚になる時もあるんです。でも、“さあ、歯を磨いて寝ましょう”みたいな何でもない瞬間に、ふと“こうじゃなくなる日がいつ来てもおかしくない”と不安を感じたりもします。これからも、それを繰り返していくのだろうなと思います」

カメラマンからの「夫婦っぽく!」のリクエストを受けた、坂東玉三郎巳之助と世話女房風に構えなおした尾上右近。 (撮影:塚田史香)

カメラマンからの「夫婦っぽく!」のリクエストを受けた、坂東玉三郎巳之助と世話女房風に構えなおした尾上右近。 (撮影:塚田史香)

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』は、8月2日(日)から26日(水)まで。歌舞伎ならではの『牡丹燈籠』を、歌舞伎座で体感してほしい。
 

取材・文・写真(クレジットのあるもの):塚田史香