4年にわたり全4回が予定されている、Hakuju Hall主催『髙木竜馬プロデュース 2台ピアノで奏でるシューマンとブラームスの交響曲全集』シリーズ。2026年6月25日(木)、実妹である髙木薫子を共演者に迎え、第1回が開催された。
精力的な演奏活動、後進の指導、コンクールの審査員やプロデュースなど、引く手あまたのピアニストである髙木竜馬は、交響曲にも造詣が深く、音楽雑誌で連載を担当した経験ももつ。ピアニストにとって、交響曲は遥かなる憧れだ。演奏家としてそこに入ることはできない。だからこそ、このビッグ・プロジェクトには彼の並々ならぬ意気込みを感じる。
そんな髙木竜馬(以下、竜馬)が第1回のパートナーに選んだ髙木薫子(以下、薫子)は、兄と同じく幼い頃から故エレーナ・アシュケナージ氏、故中村紘子氏の薫陶を受け、その後ウィーンとイモラで学び、現在もウィーンで研鑽を積む実力派ピアニスト。第10回ロザリオ・マルチアーノ国際コンクールで第1位を獲得しており、竜馬にとって絶大な信頼を寄せる相手だろう。雨の中集まった満席の聴衆に迎えられた二人は、まずこの公演開催の喜びと感謝を述べ、曲についての解説を披露した。
シリーズ初回からチケットは完売。満席となった客席を前に感謝を伝えた
前半に演奏するシューマンの交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」は、シューマンの絶頂期とも言える時期の作品で、その構想はわずか4日間で書き上げられている。シューマン自身は標題に縛られることを嫌い、「春」という標題を後に削除しているが、季節としての春、人生の春を大いに感じさせる作品で、「ヨーロッパの冬は真っ暗で、日照時間が短く、春が待ち遠しい。春が来ると久しぶりに青空が見え、花が咲き、緑豊かになる。そんな季節の人々の生き生きした、ワクワクした雰囲気がこの曲には表われている」という薫子のコメントに、竜馬が「100点」を出した。
第1楽章、プリモの薫子が奏でるファンファーレが、まっすぐ伸びやかに立ち上がり、一気に交響曲の世界に誘われる。第1主題の細やかなパッセージも、ピアニスティックな指捌きの軽やかさに任せず、指先にヴァイオリン全員をしっかり引き連れている。符点のリズムの躍動感、エレガントな音色、共鳴し合う和音の一体感など、場面ごとに多彩な魅力を聴かせる。
第2楽章は、ゆったりと情感豊かに歌い上げる旋律が印象的。ピアノのトランスクリプションにおいて、このような弦楽器のシンプルな旋律こそ非常に難しい箇所だが、ピアノという楽器での歌い方を熟知する二人が、息の長いのびやかなスラーで歌った。
第3楽章は、堂々と威厳に満ちた響きで始まり、トリオでは様々な楽器の音があちこちから立体的に聞こえてくる。オクターヴの華やかな場面も、高いテクニックの安定感も手伝って、決して浮き足立たない。
第4楽章、華やかな序奏に続くコケティッシュで朗らかな第1テーマでは、まるでウィーン・フィルの弦セクションが目の前に見えるよう。「クライスレリアーナ」のモチーフが現れて、この二人がピアニストであることを思い出したほどだ。クライマックスに向けては互いの丁々発止、会場中に豊潤な響きを満たし、どんどん勢いを増しながら喜びを爆発させた。会場から大きな拍手が送られ、前半が終了。
後半は、ブラームスの交響曲 第1番 ハ短調 作品68。「ベートーヴェンの第10交響曲」とも言われるこの作品は、先ほどのシューマンとは対照的に、完成までに約20年を要している。こちらも演奏前に作品の歴史的背景などについての解説があるが、リスペクトが溢れてなかなか簡単に説明とはいかないようだ。それでも「暗闇の中で運命の扉をさがして叩きにいくよう」という薫子の言葉に、我々も襟を正し、覚悟して音楽に向かう気持ちにさせられる。
引き続きプリモを薫子、セコンドを竜馬が演奏。第1楽章、地鳴りのようなCのオスティナートと緊迫した上行音型で、冒頭からエネルギー全開だ。間を繋ぐフルートやオーボエ、弦のピチカートも、二人の頭の中に描かれている響きのイメージがはっきりとこちらに伝わってくる。その後も大編成の厚みを保ちつつ、オーケストラの時には聞き逃しやすい旋律さえもくっきりと浮き立って聞こえ、スコアを手中に収めた二人の細やかな音楽づくりと曲への愛情がひしひしと感じられる。
ふくよかなp(ピアノ)で始まった第2楽章は、どこまでも温かい音楽。各楽器のメロディーが絡み合いながら光を求めていくよう。セコンドの包容力とヴァイオリンソロパートの美しさが心に残る。
第3楽章はセコンドの絶妙な推進力が心地良く、それにのってのびのびとプリモが歌う。のどかな間奏曲風ながら、符点のリズムの下行音階、中間部の印象的な3音のモチーフなどが、しなやかな生命力を感じさせた。
第4楽章、冒頭はまさに暗闇を彷徨うような、張り詰めた緊張感が広がる。ホルンのメロディーに続く厳かなコラールは朝陽のような希望に満ち、ブラームスの歓喜の歌へと会場を導いていく。Tuttiを背負った二人の音は重厚かつ荘厳。自然で巧みな身体の使い方で、楽器をすみずみまでたっぷりと鳴らし切る。暗闇を抜けきったクライマックスは、この瞬間のために超大な曲を書いたと思わせるような神々しさで、まさに標題を必要としない絶大な説得力をもって、聴衆をも「ここまで上り詰めた」という充実感でいっぱいに満たしてくれた。大熱演の二人に会場から長く温かい拍手が送られる。
ピアノ・トランスクリプション作品の方向性として、原曲の響きの再現を試みず、ピアノという楽器の特性を活かしたピアノ作品ならではの魅力を追求するものも多いが、今回の二人の演奏はオーケストラの響きに近づくことを目指していたように感じられたし、本当に目の前にオーケストラが見えるようだった。奏者としての没入感、そこに溺れることなく音楽全体を俯瞰する指揮者の視点と構築性、そして聴衆をも高みに連れていくような吸引力。大曲をより近くで、解像度高く見せてもらうような時間に、2台ピアノの交響曲にはこんな特別な喜びもあるのかと感じた演奏会だった。木を見て森を見て、木を見て森を見て……。その作業を愚直に、しかし喜びをもって繰り返し、音楽を積み上げてきたであろう二人に、改めて心からの拍手を送りたい。
「夢が叶いました」と感無量の二人、興奮冷めやらぬ会場の火照りを冷ますべく、連弾で2曲のアンコール。
ブラームスの「16のワルツ 作品39」より「第15番 イ長調」は、セコンドの竜馬の慈悲深さとプリモの薫子の品格ある美しさが光り、さすがはウィーン仕込みの二人のワルツ。
2曲目はプリモ・セコンドを入れ替え、「めっちゃいい曲見つけた!」というシューマンの東洋の絵「6つの即興曲 作品66」より「第4番 変ロ短調」を披露してくれた。光と影が交錯し、絡み合う旋律が内声的なピアノ作品の世界を見せ、大充実のコンサートを締め括った。
あと3回続くシリーズ、早くも次への期待が膨らむ。次回は来年2027年にvol.2の開催が予定されている。
取材・文=正鬼奈保 写真提供=Hakuju Hall