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鴻上尚史率いるレジェンド劇団「第三舞台」が「第三舞台2026」として再結集し、新作『パレイドリア』を上演する。同作は、8月9日(日)~8月30日(日)まで東京・紀伊國屋ホール、9月4日(金)~9月6日(日)まで大阪・サンケイホールブリーゼほかで上演される。1981年に早稲田大学演劇研究会を母体として、作家・演出家の鴻上を中心に旗揚げ。1980年代の小劇場ブームを牽引し、社会現象ともいえる人気を集めた。2001年『ファントム・ペイン』の公演を最後に“10年間の封印期間”に入り、2011年、封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』にて惜しまれつつ解散。それから15年。大高洋夫、小須田康人、長野里美、山下裕子、筒井真理子(映像出演)の5人のメンバーと若い俳優たちが共演する『パレイドリア』が幕を開ける。なぜ、復活ではなく「2026」なのか。『パレイドリア』とはどんな物語なのか。鴻上にとって第三舞台とは。鴻上尚史にインタビューした。

分断を生む「物語」とどう向き合うか

鴻上尚史 66

鴻上尚史 66

――合同取材会で印象に残ったのが『パレイドリア』では「人間が自分の選びたい物語を選んだことによって分断と対立が大きくなっているという状況の中でどうやって生きていけばいいんだろうね、ということを取っ組み合って作品にできたらいいなと思っています」という鴻上さんの言葉でした。

それこそ、気持ちいい物語が人によっては陰謀論になるわけです。それが今の世の中の分断と不寛容を加速させていることだけははっきりしています。と言って、じゃあ人間は物語を手放して生きることができるのか。これは実は第三舞台の旗揚げから一貫して僕が問い続けているものなんです。『朝日のような夕日をつれて』では「僕は一人」と言いきることで、物語に安易にすがりつかないという宣言をしました。生きていくなかで苦しいことがあればあるほど、人は物語を選んでしまう。今回の台本の中にもセリフで出てきますが、正しいデータよりも、自分の選んだ物語に固執する時代になってしまった。多分、インターネットが自分の物語に簡単にしがみつけるような環境を作ったのでしょう。そういう時代の中でどうやって生きていけばいいのか。物語があふれ、自分に有利な物語を盲目的に選ぶ人が増えているが、自分も同じようなことはしていないのか。当人に都合のいい物語を選んだ人に対して自分はどう対処すればいいのか。そういう問題提起が『パレイドリア』の根幹になります。

――大学時代の仲間たちが42年後に再会したとき、仲間のひとりは認知症と診断されていて、記憶が曖昧という設定です。その「記憶」もそれぞれが選びたい「物語」のひとつなのでしょうか。

認知症は記憶が改変されるわけだから、それもひとつの物語を選んでいるということですよね。

――仲間たちはかつて演じた芝居をやることにします。それは『桃太郎』だそうですが、昨年、鴻上さんが書いた『サヨナラソングー帰ってきた鶴―』(25年)では『鶴の恩返し』、『ハルシオンデイズ』(04年)では『泣いた赤鬼』とたびたび昔話が出てきます。今回、『桃太郎』を選んだ理由はありますか。

『パレイドリア』を書く前に「最近の俺は何を考えているんだろう?」と思い返して。そのときに、「そうだ、エンパシーの話をいつも考えているな」と。そこから『桃太郎』が浮かびました。僕は最近、講演会などでシンパシーとエンパシーの話をしていて、『桃太郎』はエンパシーの話で、よく例に出していたんです。シンパシーは同情心や思いやりで、エンパシーは共感力と訳されますが、そうではなくて、相手の立場に立てる能力です。例えば、『シンデレラ』で「シンデレラは頑張ったね」とか「けなげだね」と思うのがシンパシー。「シンデレラの継母はなぜあそこまでシンデレラをいじめ続けたのだろう」と考えられる能力のことをエンパシーと言います。継母の行為に共感する必要はないし、許せなくてもいいけれど、なぜ継母がシンデレラをいじめ続けたのかと考えられる能力が、エンパシーです​。「この人はなぜこうしたのか​?」と考えられる能力が人間に求められているわけです。講演会でこの話をした後、僕は聴衆に、「なぜ桃太郎の犬はきびだんご1個で命がけの冒険に出たと思いますか?」と問いかけるんです。鬼退治に旅立つ犬に渡さなきゃいけないのは本来はおにぎりなんですよ。おやつを渡している場合じゃない。でも「なぜおやつしか渡せなかったか」というと、桃太郎は貧しかったんだよね。だから米を渡せなかったわけです。で、なぜ、おやつ1個で命がけの旅にでるのか?

――興味深い推察ですね。

それともうひとつの理由は、「60代の俳優たちが桃太郎をやるのは面白くないか?」と思って。たぶん、出演者が若かったらやらなかったと思うんです。だけど、 60代が桃太郎や猿犬キジをやるのは面白い。これ以上はネタバレになるのでそこまでにしておきます。

会見で鴻上は、普段は取材の参考として台本を公開しているが、今回はミステリー要素があるため公開しないと説明した。報道陣には、あらすじのみが配布された。映像出演する筒井真理子の役どころについても、「明かした段階で謎が終わってしまう(笑)」と詳細は伏せられた。

――エンパシーが自分の物語に固執し、客観的なデータや相手の言い分を認めない現状と関係するということでしょうか。

エンパシーは欧米では重要視されています。分断と不寛容な時代下、子どもたちに相手の立場に立つということを教育しなくてはいけないという流れになっているんです。実はエンパシーの能力を最も育て上げられるのは、自分じゃないものになることです。つまりそれは“演劇”なんです。長時間の作品を1本上演しなくても、たった15分でもいいから、自分じゃない人になったら、「この人はこんなことを思うんだ」と理解できる。それがエンパシーを育てる方法です。先進国では演劇を取り入れた教育が行われていますが、日本だけは小中高まで演劇教育がないんです。昔はあったのですが、学校の先生がどう指導していいかわからないという理由でなくなりました。とても残念なことです。

――本来、演劇は社会に必要だということですね。鴻上さんの戯曲が教科書に載るときがくるといいですね。

いや、僕の戯曲は子ども向けではないから(笑)。代わりに、文章を載せてはいるんです。コミュニケーション論や考えることと悩むことを分けましょうという題材で。考えることと悩むことを分けるというのは、第三舞台のはじまりと関係があるんです。学生時代、早稲田大学の演劇研究会に所属していた僕は、独立してプロの劇団を作ろうとしたものの、うまくいくだろうかと悩んでいたんです。そのとき、先輩に聞かれて答えたら、「それ考えてないじゃん、悩んでるだけじゃん」と言われて。プロになりたいなら、何人客が入ればその劇団員のギャラが払えるようになるかということを調べて計算するとか、いま日本にどれだけプロの劇団があって、何人集客しているかとか、作りたい作品とバッティングするような内容の劇団があるかないかなどを調べ、対策を講ずる。それを考えてると言うんだ。うまくいくかなあ、ダメかなあ……というのは悩んでるって言うんだよと言われて、目から鱗が1万枚ぐらい落ちて。

――いま聞いていても落ちました。

ところがそんなとても素敵なアドバイスをくれた先輩の顔も名前も、いま、全然覚えていないんですよ(笑)。

ファンへの誠実さから生まれた再結集

鴻上尚史 43

鴻上尚史 43

――そうして誕生した第三舞台。プロの劇団として成功し、社会現象にもなりました。惜しまれつつ解散して、今回、「第三舞台2026」として再結集した経緯を教えてください。

長野里美と僕はご近所で、会うたびに「やろうよ」と言われていたんです。2024年にひょんなことから若い人たちと『朝日のような夕日をつれて』をやったとき、大高洋夫も小須田康人も見て喜んでくれた。里美も見てここでも「やろうよ」と。今回集まった5人は、大高が旗揚げメンバー、その下が小須田と里美、さらに下が、山下と真理子。早稲田の劇研で10代後半から20代前半の思いを、ぶつかったり試行錯誤したり傷ついたりしながら作品を作ってきたメンバーです。みんなが60代になったいま、新たな作品を作るのもありだと思ったんです。当然、同窓会にはしたくないので、新作をやりたい。いまの時代、自分が思っていることをやりたい。そのとき、大人だけではなく若い世代もいたほうが、大人たちとのぶつかり合いを通して、作品として面白くなると思って、最低1回僕とやったことのある信頼できる若者に出てもらうことにしました。

――久しぶりに集まって、稽古をしてみていかがですか。

何も変わってないです。まあ、みんな元気で良かったなというのはもちろんですけれど。

――「変わったなあ」と思うところや「変わったところが見たい」と思うことはないですか。

これだけ長く​一緒にやってきて、ここまで生き延びてきたやつらだから、それはないです。変わって欲しいところがあったとしたら、もっと前に言って、ぶつかって揉めているはずですしね(笑)。

――本来の劇団員は8人なので第三舞台の「復活」とは言わないとのことですが、いつか今回出ていない人も集まる可能性はありますか。

京晋佑はすでに役者を引退しているし、伊藤正宏は放送作家として活躍しているから、フルメンバーが集まることはないのははっきりしています。これまでとても誠実にずっと応援してくれたお客様に対しては、2026年に集まれるメンバーによる『第三舞台2026』というユニット名にしたということです。やっぱり、いまいる5人に残りの3人も入れて第三舞台と思っていたお客様もいるはずですから。『第三舞台』を名乗ってしまうとそのお客様に対して申し訳ない。それだけファンの思い入れが強かった劇団なんですよ。

――それこそファンがそれぞれの物語を求めて劇場に詰めかけ、それぞれの物語を持ち帰っていました。

いい意味でも悪い意味でもね。悪い意味でいえば、エッセイにも書いたのですが、ある作品の千秋楽が終わってほっとして劇団の事務所に行ったら、ドアの前に張り紙があって。「チケットがとうとう取れなかった。殺してやる」と書いてあった。前売りも当日券もとれなかったお客様の思い詰めたメッセージでした。それぐらい思い入れが深い方もいて。ありがたいけれど、思いがマイナスに転じるとそういう風になるんですよね。

――それだけ強く人を引きつけるものが鴻上さんの書く物語にはあります。

そうであるとうれしいですけどね。

――どうしたらそれだけ強い物語が書けるのでしょうか。

自分ではわからないですね。自分で面白いと思うものを作るだけで、パワーとか影響力とか、そんなことは何も思ってなくて、俺がとにかく楽しめるものっていうのを作りたいだけなんですよね。

「敵じゃない大人」でありたい

鴻上尚史 27

鴻上尚史 27

――20~30代のとき60代以上の人たちをどういうふうに見ていましたか。

僕らが20代のときは本当に尖っていましたから、30​代以上は全部、消え去れと思っていました(笑)。いまは、たくさんの60、70代の方が現役でやっていて、状況はちがうんじゃないかと思います。

――鴻上さんに限らず、若いころは、大人を打倒すべき存在と捉えることも少なくありません。自分たちが何年も経ってある種打倒の対象になり得る世代になったことをどう考えていますか。

あるロックバンドのボーカルと彼が20代のときに知り合って。その彼があるときポロッと俺のことを他の人に「こんな大人もいるんだ」としみじみ言ったそうで。それを聞いてうれしかった。やっぱり「大人になるのも悪くないよ」というか、「敵じゃない大人の存在の仕方というのもあるぜ」ということは示したい。いや、そんなおこがましいことじゃないな。自分が若いときに嫌だった大人にならないようにしようとしているということですね。

――20代のとき嫌だった大人とはどんな人ですか。

権威を振りかざすとか、年齢で人を差別するとか、年齢が上というだけで偉いと思っているとか、そういうのは嫌な大人だと思っていました。

――公演を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。

第三舞台を見ていてくれた方には間違いなく青春がよみがえる作品に、演劇の歴史の中でしか第三舞台を知らない人には、これが第三舞台だと思える作品に、それから第三舞台を聞いたことがありませんという人は、こういう芝居があるのかという興味で観に来てもらえればうれしいです。

鴻上尚史 23

鴻上尚史 23

取材・文=木俣冬 撮影=大橋祐希