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ハイライナー、クライマー、アクロバットパフォーマーによる、スポーツとアートの境界を取り払う新感覚のパフォーマンス。極限状態で湧き上がる感情とは? 本作の表現に対する狙いを、ラシッド・ウランダンが語る。

ラシッド・ウランダン(C)Julien Benhamou

ラシッド・ウランダン(C)Julien Benhamou

Rachid Ouramdane ラシッド・ウランダン
振付家・パフォーマー。2005年からアヌシーのボンリュー国立舞台、10 年からパリ市立劇場のアソシエイト・アーティストを務めた後、16 年よりグルノーブル国立振付センター(CCN2)の共同ディレクターを務めた。サーカスアーティストやビジュアルアーティストとのコラボレーションや、難民らの声を取り入れたドキュメンタリー的な創作手法で注目を集める。21 年、シャイヨー国立劇場のディレクターに就任。

――10月に来日する『Corps extrêmes─身体の極限で』は、「ハイライナー(綱渡り)、クライマー(素手で崖や岩山を登る)、アクロバット」の3者が登場します。あなたはなぜ彼ら「危険に立ち向かう身体」を作品のテーマにしたのですか。そしてなぜこの3者を選んだのでしょう。

この作品がコロナ禍の時期につくられたことと関係しています(初演2021年)。あのとき私たちは自分自身の弱さ、環境のもろさ、生物の弱さといった多くのことを問い直すことになりました。
彼らに共通しているのは「ハイレベルな技術とともに、周囲の環境を鋭敏に感じ取る豊かな感受性をもつ人たち」ということです。作品中に彼らのパフォーマンス映像が流れますが、ハイライナーやクライマーは峡谷や絶壁など大自然のなかで、空気の流れや岩肌といった周囲の環境を観察し対応しています。アクロバットは室内ですが、やはり仲間をつねに観察し感覚を共有していなければ、高レベルのパフォーマンスは不可能です。
私は彼らをスポーツ選手やパフォーマーという分類ではなく、「エアリアル(空中)にいるコミュニティ」と考えて作品にしようと思ったのです。

――彼らは人類の歴史のなかでも、ずっと魅力的な存在であり続けてきました。

エクストリームスポーツをする人たちは決して「死と戯れる、ちょっとクレイジーな人たち」ではありません。彼らは繊細に周囲を観察し合理的に判断してリスクをコントロールしている。いわば「生命の極限状態に、明晰な意識のまま存在することができる人々」なのです。

『Corps extrêmes―身体の極限で』舞台写真(C)Pascale Cholette

『Corps extrêmes―身体の極限で』舞台写真(C)Pascale Cholette

――しかし今作でアクロバットの方は、トラウマと呼べるような失敗の経験について語っていますね。

本作で彼ら自身の言葉を使った理由は、まさにそこです。「彼らは超人だから」で終わるのではなく、超絶パフォーマンスの内側で彼らが感じている煩悶を、観客と共有したかったのです。
彼女は必要な知識と技術がまだ自分に備わっていなかったのにできる気がして、事故が起きてしまった。平静な気持ちと集中力をもって物事に取り組む彼らにとってすら、自分自身を知ることの重要さと困難さを示す、非常に重い言葉だと思います。

――この作品は、動きは激しいのに静寂さが漂っているような不思議な印象を受けます。それはウランダンさんのおっしゃる「自分自身と周囲を冷静に見守り続ける視線」のためかもしれません。熱と静けさが同居している独特な感覚にはジャン=バティスト・ジュリアンの音楽も重要な役割を果たしていますか?

彼との協働は長いですが、彼の音楽は映像的な次元をもっているんですよ。時には時間を止め、瞑想へと誘うような環境をつくってくれるのです。それが「静けさ」を舞台にもたらしているのかもしれませんね。

――今回取り上げられた3人以外にも、現代社会にはさまざまな「危険に挑む人々」がいます。なぜ我々は彼らに魅了されるのでしょう。本作中でクライマーは「今の社会は安全を重視するあまり、子どもは転ぶことすら経験できない。それは身体を歪ませる」と発言していますね。現代社会に住む我々は、日常が安全すぎるあまりにそういう人を求めてしまうのでしょうか。

たしかに、最近そういうことが多い感じはします。それが今だからなのか、以前からそうだったのかはわかりませんけれども。人間はもともと、あらゆるものを自由に探求していく生き物です。自然や環境は直接身体に語りかけてくるものですし、身体もまたリアクションしようとする。リアクションによる小さな達成感でも、積み重なることでさらに新しい可能性へ挑戦していく意欲につながっていきます。

『Corps extrêmes―身体の極限で』舞台写真(C)Pascale Cholette

『Corps extrêmes―身体の極限で』舞台写真(C)Pascale Cholette

――危機に向かう彼らをとおして、我々はそういう小さな達成感を求めているのかもしれませんね。

彼らは自分の限界を正確に意識することで、いま可能なぎりぎり最大限のパフォーマンスを実現しています。それは限界が「弱み」から「強み」に転化する、非常にエキサイティングな瞬間でもあります。

――最後に、あなた自身のことを聞かせてください。あなたは2021年にシャイヨー国立劇場の芸術監督に就任しました。劇場の将来像について、どのような取り組みを考えていますか?

シャイヨー劇場は、フランスで唯一の国立ダンス専門劇場です。しかしダンスは劇場だけではなく社会のあらゆる場所に存在しています。私たちの劇場は多様性とホスピタリティを体現し、世界中のあらゆる身体表現を迎え入れる場所であるべきです。ダンスを体験し・学び・楽しめる、つまりダンスに関する「知識」と「実践」を集約する場所にしていきます。

――今作は「環境の観察」と「技術」を使って高いレベルのパフォーマンスを実現していく作品です。今おっしゃったシャイヨー劇場の「知識」と「実践」の理念を体現した作品といえるかもしれません。公演を楽しみにしています。

取材・文=乗越たかお Takao Norikoshi(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)