母親の就労率が8割を超え、育児をする父親の姿が珍しくなくなった令和の日本。企業で働く父親に育児参画の機会を作る出生時育児休業制度(産後パパ育休、2022年)や改正法(2025年)が施行され、その取得率は導入3年目で40%を超えた。長い間、日本社会で一般的だった「男は外で仕事、女は内で家事育児」の性別役割分業モデルは今や、確実に変化している。
その一方で、ワンオペ育児の辛さから産後うつや虐待に陥る母親や、さまざまな事情から孤立出産に至った女性の新生児遺棄など、「父親不在」の母子をめぐる悲しいニュースは後を断たない。また育児に関わるからこそ患う「父親のうつ」に、警鐘を鳴らす発信も増えた。こうした事件や現象では当事者たちを一面的に責める声が上がるが、実際の事情や経緯は確認されず、個人の体験や思い込みから強い言葉が投げられることも少なくない。
令和の今、育児をする父親たちが置かれている状況は、どのようなものなのだろうか。そこに至るまで、日本社会はどんな経過を辿ってきたのだろう。本稿では父親育児に焦点を絞り、その「これまでと今」をデータとファクトで確認しながら、有識者の話を聞いた。
イメージ父親育児の分水嶺は1990年代
「私の見てきた30年で、日本の父親育児は大きく変わりました」
子育てアドバイザーの高祖常子さんは語る。長年児童虐待防止に取り組み、その一環で父親育児のNPO法人「ファザーリング・ジャパン」の副代表理事としても活動。自身も3児を育てる共働きの母親として約30年間、日本の子育て環境をつぶさに見てきた有識者の一人だ。
「30年前の日本では、父親が育児をしていると『家庭に何か問題があった』と思われていました。平日に父親が子どもといると『この人はリストラで失職したのか?』と疑われるくらい、当たり前のことではなかったのです」
当時も育児に主体的に取り組む父親たちはいたが、日本社会の中では少数派で、珍しがられる存在だった。そんな空気が変わったと、高祖さんが感じたのは1999年。
「当時の厚生省がダンサーのSAMさんを起用して、『育児をしない男を、父とは呼ばない。』というポスターを作成しました。育児をする父親の姿が『かっこいいもの』として発信されていて、こういうものが出てくるようになったのだな、と」
当時の報道や資料からは、好意的に受け止められた様子が伝わる。だがこのポスターと反応は、突如として湧いたものではない。1999年までの日本社会には、それ以前とは違う目で、父親育児を見る流れができていた。
90年代は、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて以来、女性の就業率と共働き世帯の割合が上昇し続けていた頃。また1990年に厚労省が発表した人口動態統計では、合計特殊出生率が1.57と戦後最低を記録する「1.57ショック」があり、少子化の危機の認識と対策の検討が始まった。そこで注目された要因の一つが「働く女性の子育てと仕事の両立困難」であり、保育先の拡充とともに、父親の育児参加の必要が語られた。
1991年には日本で初めての育児休業が法律で制度化され、企業で働く人が子育てもする時代への転換点となった。続く1992年には、それまで日本の子持ち世帯の多数派だった専業主婦世帯と共働き世帯の割合が逆転。1993年には、男子生徒に技術・女子生徒に家庭と性別で分けられていた中学校の「技術家庭」が、男女全員の必修科目になった(高校は1994年から男女必修)。
「男は仕事、女は家事育児」の性別役割分業が終わり、男も女も仕事と家事育児をするーーその分水嶺が1990年代だったのだ。
「2000年代の初めには、主体的に前向きに、育児を担いたい男性が増えていきました。当団体の代表・安藤哲也が、そんな父親たちの当事者団体として『ファザーリング・ジャパン』(FJ)を立ち上げたのが2006年。2010年には父親育児を推奨する『イクメンプロジェクト』を、厚労省や他のNPO団体とともに始動させています」(高祖さん)
「育児をしない男を、父とは呼ばない。」と書かれたポスター父親育児を加速させた2010年代からの変化
この2010年には、働く親をめぐる労働法制に大きな改革があった。「改正育児・介護休業法」(2010年6月施行)により、3歳までの子を持つ従業員の時短勤務制度の導入が、企業に義務化されたのだ。同時期に、父親の長時間労働の是正や育児休業の取得促進の必要が、政府の会議でも議論された。
「当時は職場に育休取得経験のある男性が非常に少なく、上司や経営者側の理解も薄かった。育休制度はあっても取得希望を言い出せない、ハードルの高さが問題でした。それに対して2014年2月、ファザーリング・ジャパンが上司の意識を変えるべく『イクボスプロジェクト』を発足。その後、厚労省も『イクボスアワード』を展開しています」
2016年12月には、当時の安倍晋三首相が国際会議で「国家公務員は全員『男の産休』の取得を」と発言し、子の誕生直後からの父親育児を推奨。父親が育児に参加するだけではなく、育児と仕事を両立させる必要が、少子化対策の一環として訴えられた。
2019年には、多くの父親が当事者である長時間労働の是正のため、働き方改革関連法が施行される。ここにコロナ禍が重なり、リモートワークが普及したことで、在宅勤務と育児の両立が、父親の問題としてさらにクローズアップされた。
働き方を柔軟にする企業が増える中、「仕事と育児の両立のために転職する」選択肢が、父親たちの間でも次第に広がっていく。2019年に始まった転職サービス「withwork(ウィズワーク)」はまさに、仕事と育児のバランスの良い両立を望む現役世代に特化したものだ。
そして2022年、子の誕生直後の父親を対象とした「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度がスタート。この制度改正にはファザーリング・ジャパンをはじめ、育児の当事者団体が多く関わっている。施行の際には、企業側にこの育休の「通知と取得促進」が義務化された。2025年には、育休手当が実質的に手取りの10割になるよう、制度が改善された。これら近年の法改正により、日本の父親育休制度は「世界一」のレベルに拡充されている。その効果が出ているのか、取得率は2022年度に17%、2023年度に30%、2024年度に40.5%と、右肩上がりで上昇中だ。
「私は2010年代から出産前の育児講座をやっていますが、平日開催でも、夫婦同伴で来る人が増えました。今は参加者の8割が夫婦同伴です。この30年間で私の子も親になり、その子育てを見ていても、父親育児は『当たり前』になってきているのだと実感しています」(高祖さん)
男性の育休取得率の推移産まない父親の「産後うつ」とは
父親育児が広がるにつれて、今の日本社会には、新たな問題が表面化している。乳幼児の育児期間に精神的な苦痛を感じ、抑うつ状態に陥る「産後うつ」。それが母親たちだけではなく、父親たちにも見られているのだ。
信州大学医学部で妊産婦のメンタルヘルスを専門とした「周産期のこころの外来」を担う村上寛医師は2024年、育児中の父親向けの「周産期の父親の外来」を、日本で初めて立ち上げた。きっかけは「周産期のこころの外来」を受診する妊産婦や母親たち、そして地域の母子保健を担う保健師・助産師からの、「夫(父親)の様子がおかしい、心配だ」との声だった。
「産後うつ、という言葉の使用には注意が必要ですが」と前置きして、村上医師は言う。
「2020年、生後1歳未満の子どもがいる二人親世帯で、産後うつのリスクがある親たちの調査が発表されました。その結果、心理的苦痛を抱える父親は11%、母親は10.8%という数字が出ています」
この調査で父親側のリスク要因として示唆されたのが、世帯の支出の多さ、長時間労働、そして睡眠不足。長時間労働と睡眠時間の短さは日本に特徴的な問題だが、働きながらの新生児育児では、その短い睡眠時間がさらに削られる。
「私の外来ではこの他に、妻の産後うつや、妻との不安定な関係が、夫の心理的苦痛の要素になっている実感があります。また近年は父親の育休取得率が上がっていますが、育休明けに以前のような仕事ができなくなっている状態も要注意です。育休前にはありえなかったミスを連発する、仕事への熱意が持てなくなってしまった、などは、抑うつの可能性があります」
新生児育児期の父親には、母親とはまた違う、心理的な苦しみの構造がある。妻ともども慣れない育児と睡眠不足で疲弊していても、「妊娠出産をしていない父親がなぜ苦しむのか」「よりつらいのは妻の方だ」と、助けを求められない。また自身が「男は仕事、女は家事育児」の性別役割分業の時代に育てられており、頭では分かっていても、育児を「自分の役割」と納得しきれず、仕事に打ち込めない状況に強いストレスを抱えてしまう。その一因には「働いて育児をする」父親のロールモデルが少ないことがあるが、これは当人だけはなく親戚や周囲も同様で、結果、父親育児に理解や応援を得られないケースも少なくない。
「父親のうつとその予防に関しては、まだまだ研究が十分ではありません。個人的には一人一人への対応というよりも、マクロな社会制度、特に育休や時短勤務などの制度を見直してほしい。また、産前から父親も妊婦健診に同席しやすくする仕組みを作る、などが重要と考えています」
イメージ「年齢層が広い」令和の父親たち
そして令和の日本社会で育児をする父親たちには、ひとつの特徴がある。40歳を超えて子を持つ男性が増えており、乳幼児の父親の年齢の広がりが、大きくなっていることだ。
政府の人口動態統計では、その年に生まれた子の数を、親の年齢別に参照できる。2023年、最も多くの子が生まれた父親の年齢は31歳(4万8239人)。以降40歳まで、父親の各歳ごとの子の出生数は2〜4万人で推移するが、20代で2万人以上の子が生まれるのは、父親の年齢が26歳以降だ。41歳の父親から生まれた子(1万9120人)は、25歳の父親から生まれた子(1万6631人)より多い。2023年、50歳の父親から生まれた子の数(2418人)
これまで親の年齢層の広がりに関しては、高齢出産などのトピックで、母親側が多く語られてきた。実際にはそれは、父親にも共通する現象なのだ。
年齢が違えば、そのキャリアや働き方、時代に影響される価値観やライフスタイルも異なってくる。部活やスポーツなどで上下関係の意識が強い人の場合、自分と年の違う相手に個人的な問いや悩みを話すのは、心理的なハードルがさらに高くなる。この「悩みを話すこと」の難しさから、育児に関して孤立が深まり、抑うつに繋がるケースもある。
だが今の日本では幸いにして、年齢層もキャリアもさまざまな父親たちが、育児について学び、語り合える場が増えている。
父親の年齢別出生数。乳幼児の父親の年齢が広がり、40歳を超えて子を持つ男性も増えていることがわかる。父親として学び話せる場の広がり
いわゆる「パパ友」たちが個人的に集うほか、父親たちの学びと交流の機会を、職場に増やすサービスもある。働き方のコンサルティングを行う株式会社ワーク・ライフバランス社の「男性育休推進研修定額制サービス」だ。オンラインの「企業版父親学級」「経営層・管理職向け研修」「推進担当者交流会」などをパッケージし、定額制で企業向けに提供している。このうち「父親学級」は年に4回、60分の講義と30分の交流会をセットに開催。講師は全員が30〜40代の子育て現役世代の父親で、みな半年以上の育休取得を経験している。
講義ではまず、男性が妻の出産直後に育休を取る必要について、5つの理由を説明する。妻と子の命を守るため、育児のスキルを身につけるため、中長期的な夫婦仲の維持のため……そのすべてに調査や研究、統計のエビデンスが添えられる。次いで講師の経験を交え、育休期間の過ごし方のポイントや効果的な育休取得のパターンなど、具体的なノウハウを伝授。チャット欄でコメントが入ると、講師はそれを取り入れつつ、柔軟に場を展開していく。
「講義でお伝えする内容は基本的に同じですが、参加者の反応によって、毎回の雰囲気や展開が変わっていきます。その後の交流会では、参加者たちが思いや考えを伝え合って、独特のコミュニティが作られていく。それを見ていると、これまで父親たちが言えずに抱えていたこと、その『蓋が開いた』ような感覚を抱きます」
2022年にこのサービスを立ち上げた講師の大畑愼護さんは、「父親学級」の雰囲気をそう表現する。
「私自身もそうでしたが、男性たちの日常生活には、仕事以外のテーマで他の男性と話をする機会があまり多くありません。そして相手の年齢や立場を知ると、無意識に序列を作って発言を控える面もあります。私生活に関する会話のキャリアが浅い、とも言えますが、これは男性たちがこれまで、人生の中で仕事を最優先にしてきたからです」
ワーク・ライフバランス社の「父親学級」は、まさにその仕事の場で提供されている。職場での研修という形によって、父親たちが私生活の会話をする機会へのアクセスを高めているのだ。
「契約企業の従業員の方々は誰でも、何回でも参加できるため、リピーターが多いのが特徴です。開始から3年で契約企業は200社ほどになっていますが、その9割ほどが、継続してご利用くださっています。これは社内で内製化できない、この雰囲気は作れないと」
ワーク・ライフバランス社がこの「男性育休推進研修」に取り組む背景には、他社にはない理由がある。働き方改革の一環としての取得促進義務化つきの産後パパ育休制度を、ワーク・ライフバランス社が、日本社会で推し進めてきたことだ。
「産後パパ育休の施行直後には、仕事を休むだけで家で何もしない父親が問題になりました。『夫が育休を取得しても迷惑だ』『取るだけの育休ならいらない』という声が、母親たちから上がったのです。法改正を進めたものの社会的責任として、制度の運用支援にも努めるべきだ、との思いで、この研修を作りました」
自分自身も3人の子どもを育てる共働きの父親として、大畑氏は続ける。
「これまで男性は、時間外労働という武器を使って、長時間労働で戦ってきました。ですが父親になったら、その働き方を変えてほしい。産後の女性の死因1位は自殺で、その原因に多い産後うつのリスクのピークは、産後2週間から1ヶ月半の間。父親育休で共にこの時期を乗り切っても、その後も育児は続きます。育休復帰後に時間外労働以外の武器で効果的に戦えれば、キャリアを諦めないこともできる。育児もキャリアもどんとこい、追い求めていこう!と、伝えたいです」
「父親学級」で講師を担当する大畑愼護さん(上)「イクメン」から「トモイク」へ
2025年7月、厚労省は記者会見を開き、これまで父親育児推奨の中核にあった「イクメンプロジェクト」の終了を発表した。そして新たに「トモイク(共育)プロジェクト」の始動を宣言。仕事でも育児でも心身の健康を害する「ワンオペ」に焦点を当て、その克服を目指すものだ。この記事に登場した団体や人々も、推進委員に名を連ねている。
子育てアドバイザーの高祖さんは、新しいプロジェクトの意義をこう語った。
「令和の子育てでは、父親が参画することのマイナス影響として、『夫婦だけ』で孤立する密室化が起こっています。密室化した家庭では育児うつのほか、DVや子どもの虐待のリスクも高いのです。コロナ禍で止まった地域活動が今も復活せず、親子が地域と繋がる機会が減ったことも影響しています。子育ての密室化を防ぐには、親子を孤立させず、関わる大人を増やしていくこと。父母以外に、子どもと『ななめの関係』で繋がれる大人たちが、多くあってほしいです」
そのために、使える手はすべて使ってほしいと話す。たとえば全国的な自治体事業には、親子と子育て支援員のマッチングを行う「ファミリー・サポート・センター」がある。自治体によっては、育児相談や家事支援を安価で提供する「子育てSOSサービス」を、独自に運用するところも。どれも在住する自治体のホームページや福祉部、保育課などで検索可能だ。
昭和・平成から大きく変わった、令和の時代。そこで働き育てる父親たちは、彼らの父親とは異なるキャリアと家族生活を送り、違う社会を作っていくのだろう。しかし父親と母親が共に、バランスよく仕事と家事育児を両立するために、改善すべき点はまだ多い。父親育児を考える際は、男性に偏る長時間労働や女性に偏る非正規雇用・時短勤務、それに伴う賃金格差などの労働問題、家事育児の当事者意識、親子の孤立問題など、多角的に注視していきたい。


