歌舞伎座にて『十二月大歌舞伎』が上演中だ。第一部から第三部まで、新作歌舞伎から古典歌舞伎までが並び、いまの歌舞伎の幅を感じさせる座組となっている。第三部では、坂東玉三郎という、半世紀以上にわたり輝き続けるスターにして女方の最高峰と、市川染五郎という今まさに勢いづく若きスターが共演。18時10分開演、第三部の模様をレポートする。
一、与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし) 源氏店
人目を忍んで親密な仲になったお富(坂東玉三郎)と与三郎(市川染五郎)だが、ふたりはすぐに離れ離れになってしまった。それから3年後、お富は、和泉屋の多左衛門(河原崎権十郎)に囲われ、源氏店にある妾宅で暮らしていた。ある雨の日、軒先で雨宿りをしていた番頭の藤八(片岡市蔵)を、お富は家にあげてやる。そこへ胡散臭いチンピラ風情の蝙蝠の安五郎(松本幸蔵)が、傷だらけの若い男を連れてやってくる。この男の療養のために、とお金を無心するが……。
第三部『与話情浮名横櫛』(左より)番頭藤八=片岡市蔵、お富=坂東玉三郎
湯上りのお富にはドキドキした。口にくわえた緋色の糠袋が艶めかしい。と言われたらその通りだが、あれをくわえれば、誰からもあの色気が出るのか。そんなわけがない。玉三郎の声はしっとりと潤いながらも芯があり、立ち姿はスラリとしながらも描く曲線が美しい。鏡に向かい髪に櫛をとおす時間は、プライベートをこっそり盗み見るようだった。市蔵の藤八は本人なりの紳士的な態度でぐいぐい好意を寄せていく。これをお富は、優しく淡々と“いな”す。お富の言葉は、文字にして意味だけを拾えば脈がありそうに思えなくもない。しかしお富の態度もあわせて見れば、脈がないことは(藤八を除く)誰の目にも明らか。客席は何度も笑いに包まれていた。
第三部『与話情浮名横櫛』(左より)与三郎=市川染五郎、蝙蝠の安五郎=松本幸蔵
チンピラの2人組は花道から登場。蝙蝠安に連れられて、気だるげについてきたのが与三郎だった。一説によると、きれいなお顔は芸をするには邪魔ともいう。だが染五郎は、そのきれいな顔から主導権を奪い、世話物屈指の名台詞を若々しく大きく聞かせる。若さを売りにせず、結果として若さを武器にする。その自然体は、現代の若者のリアルとは別物。歌舞伎の様式と世話物の空気の中で、のびのび生きていた。家の外で石ころを蹴る姿には暇つぶし以上の影があり、蝙蝠安との掛け合いにはやんちゃな可愛げも。お富に気づいてからの与三郎は、フレームの端の奥の方にいた人物にピントがあい、ぐんぐんズームしていくように存在感を高めていった。家に上がった時の足運びはドカドカしながらも流れるような美しさだった。
第三部『与話情浮名横櫛』(左より)和泉屋多左衛門=河原崎権十郎、お富=坂東玉三郎
そんな与三郎を前に、あれほど肝が据わっていたお富の顔に驚きと必死さが滲む。それでいて、権十郎の多左衛門には真摯に誠実さをみせる。誰かに頼らなければ生きてはこられなかったお富の、多左衛門への感謝と誠実さが胸をうつ。多左衛門の温かさが、なおのこと心に沁みた。痛快で楽しい掛け合いのお芝居に、ぐっと深みをもたらす多左衛門だった。幕切れは、与三郎の頼もしい台詞とお富の幸せそうな表情に、祝福の拍手が降り注いだ。
二、火の鳥(ひのとり)
竹柴潤一脚本、原純の演出・補綴・美術原案、坂東玉三郎演出・補綴で、今年8月に初演された新作歌舞伎が、早くも再演となった。
すべての壁が黄金の、とある豊かな国の宮殿が物語の舞台となる。金の玉座が目に入るが、大王(市川中車)は、そのそばの金のベッドに身を横たえていた。血で血を洗う戦いの末に富を得た王国だが、大王は病に伏し、国の行く末を案じている。永遠の力を得るべく、息子のヤマヒコ(市川染五郎)とウミヒコ(尾上左近)に、伝説の火の鳥を探す旅を託すのだった。
第三部『火の鳥』ヤマヒコ=市川染五郎
第三部『火の鳥』ウミヒコ=尾上左近
兄弟が花道を通り宮殿をあとにする時、侍女(市川笑也、市川笑三郎)たちは、今生の別れのように見送った。それが大げさではないことは、ここから目の当たりにする自然の厳しさが教えてくれる。舞台いっぱいに広がる世界に対して、ふたりの小ささ。美しい音楽とともに、険しい旅は続く。劇中で客席通路を使う演出があると、俳優が向かう先々で拍手が起こることが多い。しかし『火の鳥』では、誰一人音をたてなかった。観客も景色の一部となり、道端の草のように静かに見守る。
やがて兄弟は、金の実をつける林檎の木に辿りつく。その木を守りつづけてきたイワガネ(坂東新悟)に教えられ、そこで兄弟は火の鳥に出会うのだった。歌舞伎座の舞台は、間口がとてつもなく広い。加えて奥行きも凄いらしい。舞台が暗闇に包まれる時、光は突き当りまで届かない。その空間が宇宙にまで広がっているかのようだった。そこからやってくるのが、火の鳥(坂東玉三郎)たちだった。
第三部『火の鳥』火の鳥=坂東玉三郎
火の鳥は大きな翼を広げ、真っ赤な衣裳のバレエダンサーたちがその羽根をさらに遠くまで広げる。炎が揺らめいて形を留めないように、輪郭はすぐには定まらない。かと思えば、玉三郎ひとりの可憐な姿へと収束する。圧倒的な存在感でたしかにそこにいるのに、現実味がわかなかった。
そんな火の鳥が、宮殿の大王、そして苦難を乗り越えて帰還した兄弟の前に舞い降りて、火の鳥自らの運命を語りはじめる。ここまで舞台の演出で、音楽で、そして玉三郎とダンサーたちの身体で見せてきた、世界の大きさ、宇宙の果てしなさが、最後は玉三郎の火の鳥の言葉で実感を帯び、さらに悠久の時間の流れをも感じさせた。抽象度の高い語りにもかかわらず、いま見てきた景色と体験により、具体的な重みで届く。
第三部『火の鳥』(左より)火の鳥=坂東玉三郎、ウミヒコ=尾上左近、大王=市川中車、ヤマヒコ=市川染五郎
再演を経て、物語はよりストレートにまとまり、染五郎のヤマヒコは勇敢で、左近のウミヒコは兄への憧れに満ち、手をとりあう兄弟は人間賛歌のよう。中車の大王は、その風格を持ちながらも命や国を失うことに怯えていたが、その姿もまた限りある命の人間らしさに思われた。時代を越えて上演しうる普遍的なテーマをもつ作品。しかし同時に、玉三郎という存在なくしては立ち上がらない世界観でもあった。2025年の歌舞伎座の最後を飾るひと月、どの部も特別な体験を味わえるに違いない。歌舞伎座にて、2025年12月26日(金)まで。
取材・文=塚田史香