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関東に住んでずいぶんになる。「あ、揺れてる」と地震を感じるたび、ついに来たか…と思って身構え、揺れが小さいまま終わってくれるとホッとする。そういうことを何度繰り返しているだろう。  

2025年は阪神・淡路大震災から30年、そして2026年は東日本大震災から15年、節目の年が続く。発売されたばかりのコミックエッセイを、今回は紹介させてほしい。

大地震が起きたらどんなことが起こりうるのかを思い出し、知っておきたい。そして、どんな備えをしておくべきなのか。「災害と食」を考える上でも好適な本だと思う。

非常事態であっても人は必ず腹が減る

アベナオミ 著『今日、地震がおきたら』(KADOKAWA)アベナオミ 著『今日、地震がおきたら』(KADOKAWA)

コミックエッセイストである著者のアベナオミさんは、東日本大震災を20代のときに宮城県で経験された。夫と1歳になる子どもと被災したが、自宅は大規模損壊と津波を免れ、自宅での避難生活がなんとか可能だった。

人生ではじめての非常事態。だがそんなときでも、人間は必ず腹が減る。電気も水も止まっている中、どうやって炊事をするのか。加熱するには? 冷蔵庫の保冷は? 食器も洗えず、食後の歯磨きにも苦労する。給水所まで、時には川まで水を汲みに行く大変さ。そして買い出しに行けば、電子マネーは使えない……。

こんなとき、何が必要になってくるだろう。何ができないのだろう。読み進めるうち、我々はいかに調えられた便利な状態で「煮炊き」を行っているのかが浮かび上がってくる。同時に自分の災害への備えがいかに脆弱か、そして想定がスキだらけなのかが痛切に感じられてもくる。

炊飯器を使わず、ごはんを炊く経験を

アベさんの子どもは当時1歳7カ月、まだぐずって泣くことも当然あり、食料を求める列におぶって並ぶのも大変だった。被災時の食べものの貴重さを理解できる年齢でもなく、またアレルギーもある……。保護者として、養育者として、どれだけ不安で心を削られる日々だっただろう。そんな気持ちの揺れと張りつめも描かれていく。 

あの年から15年が経とうとも、つぶさに思い出すのはきっとつらかったろうと想像する。しかし当時幼かった我が子は高校生になり、震災のことを覚えていない。あの日あのときを体験していない人の数も、年々増えていく。

「被災したあとの生活が想像できたら、必要なものも量も想像ができると思うんです」

だから、伝えていきたい。そう決意されて描き下ろされたのが本作だ。

幼子を抱えながらの被災生活を読むうち、介護が必要な親と暮らす方の被災生活もどれだけ大変だったろうと思わされた。噛む力、飲む込む力が弱り、食べられるものが限られる高齢者の方は多い。普段なら難なくできる「しっかり煮込む」という調理も、卓上用ガスボンベなどの限られたエネルギーだと、作ることも毎度不安だったろう。

そして抱えているといえば、ペットと暮らす人も多い。ドッグフードやキャットフードが減っていく毎日は、どれほど心細かったろう。と、本書を読むうち、いろんなことが想像され、当時報道されていた様々なことを思い出してもいった。 

深刻なテーマではあるけれど、アベナオミさんの絵柄はとてもやさしく、読みやすいということも付け加えておきたい。アベさんは2016年に防災士の資格を取り、どう備えるかの発信を多方面で続けられている。「今日、地震がおきたら」というタイトルに、3月11日の朝「誰も思ってなかったんです」というあとがきの言葉が響く。 

備えよう。

蛇足的にひとつ。炊飯器を使わず、ごはんを炊く経験を一度でいいからしておいてほしい。ふた付きの鍋なら、なんでもできる。フッ素樹脂加工のフライパンでも。災害で電気が止まって不安なとき、未経験のことをやるというのは本当に大変なこと。一度でもやっておくと、ハードルはグンと下がるから。

忘れられない食卓の1シーン

さて、まだ今年は始まったばかりだが、2026年における「忘れられない食卓の映像」トップになるかもという作品に出合えた。Eテレで放映された、ハートネットTV『対岸の父』の1シーンである。 

<NHKでディレクターとして働く「私」。私は、父が好きだった。本を愛し、知ることを愛し、他者への開かれたまなざしがあった父。しかしこの15年ほどで、マイノリティーに対し差別的・排外的言動をとるように。いったい、なぜ? 同じく家族の差別言動と向き合う人や、専門家との対話を通じ、どうしたら身近な人との分断を乗り越えられるのか、私的アプローチで迫る“対話ドキュメント”> 番組ホームページより 

気がつけば親が排外主義に、あるいは陰謀論者になっていた……というのはよく聞かれる話である。

取材者であり、番組の主人公でもあるディレクターの娘さんからは確かな父への愛と「なぜ……?」が常に伝わってくる。父からこぼれ出る言葉への驚き、そしてやるせなさをにじませつつ、対話をあきらめないその姿勢。そして父は現代社会への彼なりの思いと、これまでの人生で抱えてきた悶々としたものと辛苦を娘に吐露していく。

否定からの説得ではなく、傾聴して、その上で「私はこう感じるけど、どうですか」というアプローチを続けるディレクターの娘さん。ラストシーン、ふたりは分かり合ったわけではないけれど、少し縮まった距離を感じながら食卓を囲む。ここで交わされる本当にささやかな会話に、私は強く、強く胸を打たれた。 

現代を生きる人に必要なメッセージが濃く詰まったドキュメンタリーだったと思う。    

(文:白央篤司 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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