ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで開催されたBAFTA授賞式で、プレゼンターを務めるマイケル・B・ジョーダン氏とデルロイ・リンド氏(2026年2月22日)ロンドンで2月22日に行われた英国アカデミー賞(BAFTA)授賞式で、トゥレット症候群の当事者が、黒人を差別する用語を叫んで大きな問題になった。発言はBBCで放送された。
発言したジョン・デイヴィッドソン氏はトゥレット症候群の啓発活動家で、BAFTAで複数の賞にノミネートされた映画『I Swear』のモデルになった人物でもある。
トゥレット症候群は、本人の意思とは関係なく体が動いたり、声が出たりしてしまう疾患で、思っていなくても相手を罵る発言をしてしまうこともある。
デイヴィッドソン氏は授賞式で「黙りやがれ」「くそくらえ」と叫んだが、特に問題になったのは、黒人に対する差別用語だ。
映画『罪人たち』に出演した黒人俳優のマイケル・B・ジョーダン氏とデルロイ・リンドー氏がプレゼンターとして登壇していた時に、デイヴィッドソン氏は黒人を侮辱する「Nワード」を叫んだ。
この出来事は、トゥレット症候群への理解の重要性と同時に、社会に根ざす人種差別についても考えさせるものとなった。
トゥレット症候群とは何か
クリーブランド・クリニックによると「トゥレット症候群は脳と神経に影響を与える神経疾患」だ。
平均的に6歳前後の幼少期に発症し、女性よりも男性に多く見られる。アメリカでは推定で子ども160人に1人がトゥレット症候群だと考えられている。
トゥレット症候群は、本人の意思と関係なく、望んでいない動きや発言をしてしまう「チック」という症状が長期間続く。
チックは軽度の動きから、BAFTAで起きたような激しい発声まで、幅広いスペクトラムがある。
ニューヨーク市の救急精神科医でニューヨーク郡精神医学会会長のアジョア・スモールズ=マンティ氏によると、チックには「音声チック」と「運動チック」の2種類ある。
「運動チックは、頭を上下に振る、腕をピクッと動かす、顔をゆがめる、まばたきをするなどさまざまな動きがあります。肩をすくめる人もいます」とスモールズ=マンティ氏は説明する。
「音声チックでは、咳払いやうなり声、鼻をすする音、フクロウのような声などが見られます。今回のような突発的な発声もあり、その一つが公の場で不適切な卑猥な言葉や侮辱的な言葉を叫ぶ“汚言症(コプロラリア)”です」
発言は必ずしも本心を反映しているわけではない
トゥレット症候群が原因の侮辱的な言葉は、必ずしもその人の考えを反映しているわけではない。
デイヴィッドソン氏のNワードについて、SNSでは「本人の人種差別的な考えに基づいたものだったのか、制御不能な発声だったのか」という議論が広がった。
スモールズ=マンティ氏は「この病気についてはまだ多くのことがわかっていないのですが、理解されている範囲で言えるのは、神経疾患だということです。衝動に対する制御が欠如している病気なのです」と指摘。
その上で、「侮辱的な見解やヘイトを持っているかどうかは、その人について事前の文脈や知識がなければわからないことであり、1つの出来事だけでは判断できない」と強調する。
「とはいえ、その人がそうした見解を持っていないと断言しているわけではありません。難しい問題です」
精神科メンタルヘルスの診療看護師であるケイト・ハンセルマン氏も、「神経学的な疾患であり、自身の選択ではありません」と述べ、チックを「まつ毛が目に入って瞬きするのと似たようなもの」と表現する。
デイヴィッドソン氏は授賞式の翌日に発表した声明で、自身の発言について「チックは私の本意とは異なるものですが、意図的あるいは何らかの意味を持つものだと受け取られたのであれば、非常に申し訳なく、恥ずかしく思います」とつづった。
チックはストレスの高い環境で悪化することがある
スモールズ=マンティ氏によると、チック症、特にコプロラリアは、ストレスがかかる状況や興奮状態の時に症状が悪化する。
著名なセレブが参加し、社会的な注目が集まるBAFTAのような場は、トゥレット症候群かどうかに関わらず、誰にとっても大きなストレスになりうる。
スモールズ=マンティ氏は「そのような状況ではさまざまな考えが頭に浮かび、一般の人のように(衝動を)抑えられなくなることがあります」と指摘する。
治療法はあるが、完治の方法は見つかっていない
トゥレット症候群を完治する方法は確立されていないものの、利用可能な治療法や薬は存在する。
スモールズ=マンティ氏は「今回のような人を傷つける状況を防ぐためには、可能な限り治療を受けることが重要です」と述べる。
ただし、一つの薬を飲めば、すべてのチックや衝動が完全に抑えられるわけではないという。
スモールズ=マンティ氏は「社会として私たちができるのは、この病気や他の精神疾患に苦しむ当事者の行動で傷ついた人々をできる限り支え、同時に当事者への支援や治療を提供することです」と強調する。
それでも言葉は人を傷つける
トゥレット症候群による罵りの言葉は神経疾患が原因であることを理解することは重要だ。それと同時に、言葉は人を傷つけるということも忘れてはならない。
今回の出来事を「単なる突発的な発言」として片付ければ、黒人コミュニティへの配慮を欠くことになる。
スモールズ=マンティ氏は、「大きな観点での話として、今回はBBCの対応に問題があったと思います。状況が悪化しないようにするためにできたことがあったはずです」と語る。
BBCは授賞式後に、差別用語をそのまま放送したことを謝罪し、声明で「プロデューサーが発言を聞いていなかった」と釈明した。
また、BBC広報は授賞式での発言について「トゥレット症候群に伴う音声チックによるもので、式の中でも説明された通り、意図的ではありませんでした。放送前に編集で削除できなかったことをお詫びします。該当箇所はBBC iPlayerからは削除されています」とハフポストUK版にコメントしている。
BAFTAも23日に発表した声明で差別用語を謝罪。チックが本人の信念を反映するものでもないことを説明した上で、同団体にはゲストを困難な状況に置いてしまったことへの責任があると述べた。
それでもBAFTAやBBCの謝罪が後手に回った感は否めない。
リンド氏とジョーダン氏は、授賞式当日に主催者からの連絡はなかったと明かしている。
スモールズ=マンティ氏は主催者やBBCの対応について「文化的感受性や黒人が抱えるトラウマ、傷つける言葉をどう感じるかへの配慮が欠如していることを示しています」と指摘する。
「謝罪の声明には『不快に感じた人がいれば申し訳ない』と書かれていましたが、『これは人々を傷つけるものであることを私たちは認識している』とはっきり宣言するような内容ではありませんでした」
「あの(差別)用語を聞けば、黒人であれば当然、凍りつくでしょう。言葉が持つ歴史的な重みが瞬時にトリガーとなるのです」
社会に根付く人種差別
救急精神科医として、症状の重い患者を診察しているスモールズ=マンティ氏は、これまで何度も、患者からNワードで呼ばれたり、「サル」と言われたり、「アフリカへ帰れ」と言われたりしたことがあるという。
「病気だとわかっていても、やはり傷つけられます。社会に存在する人種差別的な価値観が、人の中に刻み込まれるのです。本心かどうかにかかわらず、憎悪の感情が心の奥深くに存在し、精神疾患で抑制できなくなった時に表に出てくることがあります」
スモールズ=マンティ氏は、今回のような問題が起きた時に「誰が同情を受け、誰が置き去りにされるのか」が興味深い点だとも話す。
「ある人々にはより寛大な対応がなされる場合があります。精神疾患が、その寛容さの理由になることもあります。しかし、別の精神疾患に苦しむ人々には、同じような寛大な対応が取られないこともあり、人種的背景がその原因になっている場合もあるのではないかと思います」
授賞式で司会を務めた俳優のアラン・カミング氏は、式の途中で「トゥレット症候群のある人は自分の発する言葉をコントロールできません。不快に感じられた方がいらっしゃいましたら、お詫びします」と謝罪した。
しかし、謝罪で複雑な気持ちを抱いた人もいる。
『罪人たち』のプロダクションデザイナー、ハナ・ビーチラー氏は「非常に対応が難しい状況であることは、理解しています。私たちは気品と配慮をもって対応し、前に進み続けなければならないこともわかっています。しかし、この状況をさらに悪化させたのは、『不快に感じたのであれば申し訳ない』という式の最後の投げやりな謝罪でした。もちろん私たちは不快に思ったに決まっています…」とXに投稿している。
今回の問題で改めて考えたい人種問題
BAFTAでの一件は、トゥレット症候群を取り上げた映画『I Swear』以上にこの疾患への認知を高めたかもしれない。
スモールズ=マンティ氏は、今回の出来事が2つの変化をもたらすことを願っている。
その1つは、トゥレット症候群への理解が広がり、原因解明やより良い治療法の開発のための資金が増えることだ。
「もう一つは、私たちの社会の人種の問題や、どんな集団が重要視されているのかに目が向けられることです。発言をカットせずに放送するという判断は、明らかに意図的だったと思います」とスモールズ=マンティ氏は話す。
今回の一件をめぐり、SNSにはデヴィッドソン氏やBAFTA側には「言い訳」が用意されている一方で、ジョーダン氏やリンド氏、黒人コミュニティ全体に対する配慮はほとんど示されていないという指摘が多数投稿された。
「不快に思われたのであれば申し訳ない」や「人種差別ではない」といった説明はあったが、Nワードが持つトラウマについての言及はなかった。
スモールズ=マンティ氏は「今回の出来事が、社会に様々な集団が存在するということを考え続けるきっかけになってほしいと思います」と強調した。
「社会の中のすべての集団を守ることを忘れてはいけません。誰もが保護されるに値するのです」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。


