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2026年7月2日(木)に歌舞伎座で、『七月大歌舞伎』が幕を開けた。荒事、世話物、舞踊の大曲と大いに盛り上がった「夜の部」をレポートする。

一、歌舞伎十八番の内 鎌髭(かまひげ)

修行者快鉄実は悪七兵衛景清(以下、景清)を、Aプロでは中村福之助、Bプロでは中村鷹之資が勤める。ふたりは今年1月に、新橋演舞場で『歌舞伎十八番 鳴神』をWキャストで勤めた。今度は歌舞伎座で、新たな「歌舞伎十八番」に挑む。

長く上演が途絶えていた『鎌髭』を、市川團十郎が復活させたのは、2013年のこと。以来再演を重ねてきたが、今回初めて、團十郎以外の俳優が景清を勤める。脚本は松岡亮、演出・振付は藤間勘十郎。

この日は、鷹之資が出演するBプロ。舞台下手には「初代中村鷹之資 相勤め申し候」と掲げられていた。提灯には、歌舞伎座の座紋と成田屋の三升(みます)の紋が交互に並び、舞台美術には團十郎ゆかりの「かまわぬ」の判じ絵。舞台は、市川團十郎家の家の芸、「歌舞伎十八番」の特別感に満ちていた。

夜の部『鎌髭』修行者快鉄実は悪七兵衛景清=中村鷹之資

夜の部『鎌髭』修行者快鉄実は悪七兵衛景清=中村鷹之資

主人公の景清は、平家の残党だ。壇ノ浦の戦いで惨敗した後も、平家再興のチャンスをうかがい、源頼朝の命を狙っている。今は旅の修行者に身をやつしている、との情報を得た源氏の人々は、鍛冶屋になりすまし、景清を待ち受ける。髭を剃るふりをして、鎌で首を落そうと企んでいるのだ……。

荒事のカラフルさと大らかさは、源氏の物騒な計画もポップにみせる。鍛冶屋四郎兵衛実は三保谷四郎を勤める市川右團次は、華と深みを兼ね備えた第一声で芝居の空気を引き締めた。中村虎之介の猪熊入道は、坊主頭で、もみあげだけを長い三つ編みにした拵え。そんな奇抜なビジュアルにも、虎之介の明るさは不思議なほど馴染み、観客の心を掴んでいた。大谷廣松のかわうそお蓮は、古風でしっかり印象に残る色気をまとい、可笑しみある掛け合いで楽しませる。

鷹之資の景清は花道から登場。第一声は、一瞬身構えるような低いところから聞こえてきた。拍手が迎える中、床を踏み鳴らして進む景清は、ふてぶてしいほど堂々としながらも、その顔は凛々しい。お酒をあおる場面では、三味線の旋律が景清に、景清が三味線に、互いに酒を酌み交わすような心地よさをもたらした。壇ノ浦の合戦を語れば、源氏の反感をめいっぱい煽り、痛快に楽しませる。うるおい有右衛門(市川九團次)のショータイムをはさんで後半、景清は本性をあらわし、顔も衣裳もガラリとかわる。大きな鎌を構えた三保谷との見得では、ぐっと腰をおとす流れに引っ張られるように引き込まれた。きまった瞬間は、舞台の光が集まるかのような華があった。

夜の部『鎌髭』(左より)修行者快鉄実は悪七兵衛景清=中村鷹之資、猪熊入道=中村虎之介

夜の部『鎌髭』(左より)修行者快鉄実は悪七兵衛景清=中村鷹之資、猪熊入道=中村虎之介

幕外の花道でも、鷹之資の声は深くから沸き上がり、天井を打つように高く響き、観客の惜しみない拍手がそれに続いた。これを虎之介が伸びやかに受け、芝居を爽快にまとめあげる。古風で大らかな「歌舞伎十八番」に、生き生きとした花形俳優の熱い風が吹き抜けるようだった。

二、神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ) め組の喧嘩

現実なら、喧嘩を好む人とは距離を置きたい。女性に手を上げる場面にも、め組の頭・辰五郎(市川團十郎)が夜陰に紛れて力士の四ツ車大八(中村芝翫)を襲う展開にも、「それは卑怯では」と引っかかる。女房お仲(中村扇雀)の離縁の決断にはとても驚かされた。現代の感覚では、すんなり受け入れにくいところがいくつもある。それでも生身の俳優たちの本気×舞台いっぱいの人数が生み出す熱に包まれると、気づけば大乱闘に興奮し、「め組、格好いい!」と思っていた。理屈を越えて観客を巻き込む力が、この芝居にはある。

夜の部『神明恵和合取組』(左より)焚出し喜三郎=松本幸四郎、め組辰五郎=市川團十郎、四ツ車大八=中村芝翫、尾花屋女房おくら=市村萬次郎

夜の部『神明恵和合取組』(左より)焚出し喜三郎=松本幸四郎、め組辰五郎=市川團十郎、四ツ車大八=中村芝翫、尾花屋女房おくら=市村萬次郎

物語の舞台は、品川の遊郭。お座敷でのちょっとしたトラブルが火種となり、町火消「め組」の鳶と江戸の力士たちの喧嘩が始まる。江戸時代、鳶も力士も庶民にとって憧れの存在だった。そんな時代の1805年(文化2年)、実際に、め組と力士の乱闘事件が起こり、これを題材に1890年(明治23年)に初演されたのが『め組の喧嘩』だ。
鳶たちは、人間味に溢れている。はじめに登場する、長次郎(中村歌之助)は、威勢のよさに若さが滲み、良い感じ。へべれけでも親しみやすさと頼もしさを感じるのは、亀右衛門(市川右團次)。お座敷で、タン! と障子を開けて入ってきたのは藤松(中村歌昇)。気性は荒いのに、どこか品のある色気を放っていた。そして團十郎の辰五郎は、静かに立っているだけでも別格の存在感。去り際、目に怒りを走らせ、力いっぱい戸を閉めた時は、その殺気に客席がどよめいた。これに対して、力士のリーダーは芝翫の演じる四ツ車だ。大きさ、強さだけでなく、鳶たちにも、並んで座る侍たちにもない品格があった。喧嘩は、個人間のいさかいではなく、鳶、力士、互いの顔と意地を懸けた譲れない勝負になっていく。

夜の部『神明恵和合取組』(左より)女房お仲=中村扇雀、辰五郎倅又八=中村秀乃介、め組辰五郎=市川團十郎

夜の部『神明恵和合取組』(左より)女房お仲=中村扇雀、辰五郎倅又八=中村秀乃介、め組辰五郎=市川團十郎

印象的だったのは、「浜松町辰五郎内」の場。倅又八(中村秀乃介)の「あいよ!」は、問答無用に観客の頬を緩ませる可愛らしさ。鳶頭としての辰五郎から、より人間味を引き出すのは、女房お仲だった。情の深さが滲みながらも、いざとなれば辰五郎をハッとさせるような覚悟をみせる。ひとときの安らぎから、後には引けない決意を、義太夫が鮮やかに繋いだ。

大詰は、火消し半纏に身を包んだ、め組の鳶たちの決起集会ではじまる。揃いの装束の鳶が集まり、よく見れば刺青にそれぞれの個性がある。顔ぶれはあの俳優、この俳優と、贅沢に勢揃いで、山門の仙太(市川新之助)を皮切りに水盃を交わす。半鐘が鳴り、鳶が花道を一斉に駆けていく。舞台の熱気が、そのまま客席に流れ込んでくる。ついに激突するめ組と力士。三味線、太鼓が鳴り続け、ツケが響き続ける。アクロバティックな見せ場には驚きの声が上がる。身軽に飛び回る鳶と、立ちはだかる大柄な力士。その死闘は時にコミカルにも描かれながら、舞台が回るごとに興奮が高まっていった。ついに全面衝突となった時……。

夜の部『神明恵和合取組』

夜の部『神明恵和合取組』

團十郎の辰五郎は、「命のやりとり」という言葉をこともなげに口にした。め組の看板を背負う意地も、命懸けの覚悟も、さらりと自分の中におさめてしまう。そこに辰五郎の粋を感じた。江戸座の芝居小屋の前では、中村梅玉の喜太郎が、颯爽と割って入り柔らかに場をおさめた。松本幸四郎の焚出し喜三郎は、歌舞伎座を揺らさんばかりの大騒動に飛び込んで、あっという間にヒーローの座におさまった。隅々にまで、江戸っ子感覚の「かっこいい」が詰まっていた。令和の時代に理屈を越えて、それを体感させるお芝居だった。

三、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

『春興鏡獅子』は、「新歌舞伎十八番」の一つに数えられる長唄舞踊の大曲である。市川團十郎が、前半では初々しい小姓弥生を、後半では勇壮な獅子の精を勤める。舞台は、新年の恒例行事が催される江戸城。その余興に、弥生が上様の御前で踊りを披露することになり……。

幕が開くと、そこは江戸城の広間。まばゆい金襖が連なる。奥の襖が左右に開くと、長唄とお囃子の演奏家がずらりと登場。客席にいながら将軍の威光に包まれるような、絢爛たる空間だ。そこへ老女と局に手を引かれて、弥生が現れる。一度引っ込んでしまった時、客席には温かい笑いが起きた。もう一度現れて、恭しく頭を下げ、ようやくみせた顔の愛らしさには、ハッとした。なにしろ、つい30分ほど前まで、め組の鳶頭として大立廻りを披露した團十郎だ。その鮮やかな変身ぶりに驚かされ、思わずオペラグラスでも観なおした。

夜の部『春興鏡獅子』小姓弥生=市川團十郎

夜の部『春興鏡獅子』小姓弥生=市川團十郎

“上様の御前”という緊張の中、弥生はまず、手踊りを丁寧に見せていく。紫色の振り袖とクールな顔立ちは、ミステリアスで大人びて感じられる。しかし「褒められたい」「取り立てられたい」などの野心が少しも感じられない、涼やかな佇まいが、かえって弥生をあどけなく見せた。扇を使った踊りでは、垣間見える表情が可憐だった。手獅子が大暴れする踊りまで進んでも、その可愛らしさを、オペラグラスで何度も観なおした。

胡蝶の精をつとめるのは、市川ぼたんと市川新之助。ぼたんは、胡蝶の可憐さを見せた。一人の舞踊家として、舞台の一角を確かに担っていた。新之助も、鞨鼓(かっこ)をつかった踊りなど、軽やかに息を合わせて踊る。

夜の部『春興鏡獅子』獅子の精=市川團十郎

夜の部『春興鏡獅子』獅子の精=市川團十郎

そして後半、いよいよ獅子を迎えるお囃子は、研ぎ澄まされた間(ま)と響き、そして漲る覇気によって、歌舞伎座の場内を清めるようだった。白い毛の霊獣となった團十郎は、圧倒的な大きさで舞台を埋める。さらに親子が揃えば、どうしたって「親子だな」という考えは過ぎるもの。大きすぎるほど大きな獅子と並ぶ二人が、将来『春興鏡獅子』を踊る日を勝手に想像し、楽しい気持ちになった。昼の部から出演し、『め組の喧嘩』のすぐあとに『春興鏡獅子』を勤めるタフすぎる團十郎。その獅子の迫力に、負けないくらい大きな拍手が送られた。目にも耳にも、歌舞伎の格調と絢爛を浴びるような幕切れだった。

 

取材・文=塚田史香