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この夏、米国のメディア・アーティストであるトニー・アウスラーの個展『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま〜魔術・メディア・アート〜』が、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEにて開催されている。

トニー・アウスラーは、音・映像・彫刻・パフォーマンスなど複数のメディアを組み合わせたマルチメディアアートの先駆者であり、「四角いスクリーンから映像を解放した人」とも言われる。今日ではすっかり一般的になったプロジェクションマッピングの技法も、映像をあらゆるものに投影するトニー・アウスラーの表現スタイルの延長線上にあるものだ。

フォトセッションにて、自らのスマホを使って顔に女優ライトを当てるお茶目なトニー・アウスラー氏

フォトセッションにて、自らのスマホを使って顔に女優ライトを当てるお茶目なトニー・アウスラー氏

意外なことに、その長期にわたる世界的なキャリアにも関わらず、これまで日本で彼の作品がまとまって紹介されることはなかったという。本展『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま〜魔術・メディア・アート〜』こそ、作家にとって日本初の大規模展覧会であり、日本の多くのアートファンがトニー・アウスラー作品を知るきっかけとなるものなのだ。

この記事では内覧会の写真とともに、展示の見どころをいくつかピックアップして紹介する。とは言っても、本展では49点の展示作品のうち半数以上が日本初公開のもので、その中には世界初公開の新作も含まれている。正直に言ってしまうと全てが見どころなので、ぜひ「見どころはこのほかにもいっぱいある」と踏まえてご覧あれ。

さあ、目と目を合わせて。

《スペキュラー》2021年

《スペキュラー》2021年

展示冒頭で来場者を待ち構えているのは、代表作のひとつ《スペキュラー》だ。広い展示空間に大小の球体が浮かび、そこにあらゆる眼球の4K映像が投影されている。さあ展示を見るぞ! と入った瞬間に、大量の目玉から見られ返す、というキツめのカウンター攻撃である。それぞれの瞳をよく見ると、その目の見ているスマホの画面や、ニュース風の映像などがうっすらと映り込んでいる。確かに私たちの目は、いつでも何かしらの画面を見ているような気がする。解説によれば、これは「現代人が情報に飲み込まれて、直接的な経験よりもメディアで見るイメージを消費することの方を好むことへの考察」だという。鑑賞開始早々にハッとさせられる展示である。

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

展示室いっぱいに散りばめられた作品たち。写真右手の壁には、トニー・アウスラーによるアクリル絵画も展示されている。自身の見た悪夢などを描いたものらしいが、メディアアートの巨匠によるアナログ絵画だと思うとちょっと面白い。絵画だと使われているツールが作家の手だけなぶん、描きたいもの、表現したいものが率直で分かりやすいように感じる。

《C>o++》2017年

《C>o++》2017年

「顔認識シリーズ」と題されたもののひとつ《C>o++》も、思索を誘う作品だ。街なかにある監視カメラなどに搭載されている顔認証システムは、人の顔を数値(座標)に置き換えて処理をする。デジタルデータ上の「顔」は数字の連なりであり、私たちが人と向き合った時に感じる個性・年輪・佇まいといった曖昧なものは存在しない。そしてそのデータがまた別のデータ(例えば購入履歴や医療情報など)と結びついて、確固たる個人を形づくる。デジタルデータの作る肖像は人間の能力を遥かに超えて精緻かつ広範囲に及び、いつまでも忘却されない。知らぬ間にあちこちでそんなデータが収集されているかと思うと気味が悪いし、そこんところ肖像権ってどうなってるの? と疑問だって湧いてくる。

顔認証システムのブリリアントカットのようなフレーム越しに、目や口が鑑賞者に何か語りかけてくる。このシステムには実際に対面するよりもずっと膨大な個人情報が蓄積されている、そうだとしても、やっぱりちゃんと「顔」が見たいし手前のフレームが邪魔に感じる。デジタルデータの網目からこぼれる、人が人を認識する上での大事なものがあるのではないか……そんな気がするのだが、それはそう思いたいだけだろうか。

ちなみにタイトル《C>o++》の読み方はトニー・アウスラー自身も「わからない」とのこと。顔認証するやり方が私たちとシステムとで全く違うのと同様に、タイトルもまた人の理解を超えているというわけだ。

初期代表作《プライベート》

《プライベート》1993年

《プライベート》1993年

初期の代表作と言われる《プライベート》は複数のオブジェやドローイングを組み合わせたインスタレーションで、家庭をテーマとしている。会場の壁を覆うクロスは古き良きアメリカ家庭を思わせる小花柄で、トニー・アウスラー自らセレクトしたものだという。

よく見ると、家具や調度品に紛れて監視カメラが設置されており、撮影された映像はリアルタイムで作品内のTVモニターにて放映されている(モニターはミュージアムショップにも設置されているらしい)。真っ赤な垂れ幕に記されているのは、肖像権の使用同意書だ。プライベートというのは「個人の私生活や私的な情報が他者から干渉や侵害を受けない権利や状態」である。改めて考えてみると、もっとも個人のプライバシーが守られていないのは家庭内なのかもしれない。

《プライベート》より、ジム・ショーの顔が投影された人形

《プライベート》より、ジム・ショーの顔が投影された人形

奥の方では、現代美術家ジム・ショーの顔を投影したカカシのような人形《Dream》が壁に向かって何かぶつぶつ呟いていた。トニー・アウスラー作品は登場人物がぶつぶつ呟いていることが多い。当然ながら英語なので、全て理解できたとは言えないのが悔しい。英語が理解できる人だったら、きっともっと深い鑑賞体験ができることだろう。

これがマルチメディアインスタレーションだ

ほか、会場で出会える数々のインスタレーションの中から、気になったものをピックアップしよう。

《mAcHiNe E.L.F.》2023年

《mAcHiNe E.L.F.》2023年

こちらは《mAcHiNe E.L.F.(マシンエルフ)》という作品。エルフという言葉にはファンタジーでお馴染みの妖精(Elf)という意味のほかに、超低周波(ELF)という意味もあるのだという。巨大な水晶の形をしたオブジェに、自然界と精神世界をごちゃ混ぜにしたようなサイケデリックな映像が投影されていく。水晶はスピリチュアルなアイテムであると同時に、電子機器の中で時間・周波数を正確に刻むための“心臓”のようなパーツとしても使われている。人の精神的なお守りになる石が機械の心臓にもなっているなんて、なんだか妙な感じである。

《空(くう)》2000年

《空(くう)》2000年

伝説的アーティストとの共創作品として特に注目を集めている《空(くう)》は、展覧会の後半にある。本作はロックスターのデヴィッド・ボウイが映像に出演し、作曲家のグレン・ブランカがオリジナル音楽を提供しているインスタレーションだ。4つの卵のようなオブジェにデヴィッド・ボウイの顔が投影され、鑑賞者に向けてトニー・アウスラーによるテキストを語りかける。鑑賞ポジションとしては4つの顔の向きあう中心に立って、音と映像と言葉にぐるりと囲まれるのがおすすめ。できれば少し長めに作品の中心に立って、音と映像の圧をじっと体感してみるのがいいと思う。

本作は《空》のタイトル通り、仏教思想の影響を受けた作品とのことなのだが、やはり語られる言葉は英語である。自分の英語の聞き取り力にもっと自信を持てればどれほどよかっただろう……と、またしてももどかしい。解説パネルによると本作は「イメージをつくること、変わること、そしてデジタルの世界で自分を保つ難しさへの、静かな問いかけ」なのだという。4つの顔はたまにバグったり様子がおかしくなったり消えてなくなったりして、どうも苦しそうに見えた。「デヴィッド・ボウイ」という素材としてイメージを消費されることに、思うところがあるかもしれない。

創造の源泉であるオカルト資料の数々

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

本展ではほかにも《計り知れないもの》《穴から吊り上げられて》などといった意欲的な作品たちを見ることができる。《計り知れないもの》は映像がなんと80分以上もある長編映画。作品自体ももちろん面白いのだが、注目は傍にある関連資料の数々である。トニー・アウスラー作品はどれも複合的なオカルトの知識に裏打ちされており、会場には作家の膨大なリサーチコレクションの中から選りすぐりのものが併せて展示されているのだ。

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

20世紀初頭に流行った交霊会にて、霊媒師が吐き出す「エクトプラズム」の演出に使われたガーゼもあった。おそらく胃袋に仕込んでおいて吐き出したのか……と想像でき、言ってしまえばトリックのタネにあたる証拠品である。トニー・アウスラーは超自然現象を信じる目線と科学目線、両方の資料を揃えており、もはやそのテンションは学術調査に近い。人が人をまやかす方法や、人が何かを信じるメカニズムへの、作家の強い関心がうかがえる。

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

「トニー・アウスラー展」展示風景、TOKYO NODE、2026年

こちらはネス湖のネッシーの資料を集めた展示ケース。ほかのUMAの写真や、UFOの写真、実際にあった捏造事件の資料など、オカルト好きなら永遠に眺めていられそうな充実の展示である。

世界初公開の新作《キメラ》

「カリカチュア」シリーズ /《キメラ》2026年

「カリカチュア」シリーズ /《キメラ》2026年

最後の展示室は、本展のために制作された世界初公開の新作《キメラ》にあてられている。TOKYO NODEの天高15mの大空間を使って作り出される、ちょっとした箱庭のような幻想的な空間だ。壁面に投影された森林の合間には想像上の生き物が現れては消え、大きな垂れ幕にはここ虎ノ門を意識してか、日本の浮世絵を思わせるイメージが重なる。妖しく光る倒木のオブジェや、水を張った小さな池のオブジェにも、不思議な生物の映像が投影されているので忘れずに覗き込んでみてほしい。

《キメラ》2026年

《キメラ》2026年

特に池の映像は分かりやすい。水中をゆっくりクマムシが進んでいく……と思って見つめていたら、あっという間にヒト型の生物が発生してきてうわっと驚いた。確かにヒトも原始のスープの中から始まった生命の進化形だし、地球の時間で考えればものすごく急速に登場してきたものである。私たちが生きるこの世界は、自然という意味でもカルチャーという意味でも、なんでもありの“揺りかご”のようなもので、次にどんな未確認生物が生まれ出てきてもおかしくないのかもしれない、と一気に腑に落ちた。

「カリカチュア」シリーズ《ボール》2003年、《SSS》2004年

「カリカチュア」シリーズ《ボール》2003年、《SSS》2004年

《キメラ》と併せて展示空間に散りばめられているのは、《カリカチュア》というシリーズの作品群。これらは2000年代初頭に流行したデジタルペット文化を背景に制作されたもので、トニー・アウスラー曰く「たまごっち」に影響を受けているとのこと。一見すると歪んだ顔パーツを投影されたグロテスクな存在なのだが、表情をくるくると変えながら幼児のように甘えた声をあげていて、次第にちょっと可愛く思えてくるから不思議だ。会場を案内してくれたキュレーターの方が、《カリカチュア》シリーズを《キメラ》のそばに展示した意図について「よくお庭に置いてある小人の人形みたいなもの」と表現していて、言い得て妙だなとしみじみ思った。

展示室の外にも続く、トニー・アウスラーの世界

ミュージアムショップ風景

ミュージアムショップ風景

さて。本展オリジナルグッズがかなりハイセンスなので、展示をたっぷり楽しんだあとはミュージアムショップに立ち寄ってみることをオススメする。定番のアパレル商品やアクリルキーボルダーなどのほか、昨今のブームに乗ったぷっくりシールや、《スペキュラー》の目玉デザインの棒付きキャンディなど、アートと遊び心が融合したアイテムが揃っている。お土産にも良さそうなので要チェックだ。

結構うまく撮れた。そして、画質がめちゃくちゃいい。

結構うまく撮れた。そして、画質がめちゃくちゃいい。

ショップの奥で、本展のオリジナルフレームで撮影できる「Photomatic」なるマシンを発見(税込800円)。プリクラ感覚で友人・恋人などと思い出を残すもよし、筆者のようにお一人様の場合には、どアップで自分の目玉を撮影して《スペキュラー》の一部になってみるのもいいだろう。

写真は、コラボメニューの中でも比較的おとなしい方の「Witch’s Brew」というドリンク(税込1200円)。鮮やかな赤と青がせめぎ合う美しい一杯は、魔女をテーマにした作品の《ウィッカ》をイメージしているそう。

写真は、コラボメニューの中でも比較的おとなしい方の「Witch’s Brew」というドリンク(税込1200円)。鮮やかな赤と青がせめぎ合う美しい一杯は、魔女をテーマにした作品の《ウィッカ》をイメージしているそう。

さらに、TOKYO NODE内のカフェやレストランで多数展開されている展覧会コラボメニューも見逃せない。本展を象徴する「目玉」モチーフを取り入れたスウィーツや、魔術をイメージした色の変わるドリンクなど、結構大胆に振り切ったメニューが多い。鑑賞のあとにオーダーすれば盛り上がること間違いなしなので、アートに触れた1日を格上げするならぜひチェックを!

何度でも訪れたいアート体験

鑑賞を終えて、すぐにまたもう一度訪れたい、という気持ちになった。トニー・アウスラー作品の背景には、超常現象、テクノロジー、宗教思想、都市伝説、社会問題……と他領域にわたる膨大なコンテクストがあり、悔しいが一度の鑑賞できちんと受け止め切れた自信が無い。けれど本展の鑑賞体験は間違いなく刺激的で、理屈より先に感覚で「圧倒される」「気持ち悪い」「何か大事なことがこの感覚の裏側にある気がする」と心が震えるのも確かだ。アートとの出会いでいちばん大切なのは、そういうことなのだと思う。

個人的に最も心に残ったのは《ロック 2,4,6》(2010年)。「人は自分の思い込みに合うよう事実を歪めてしまうという確証バイアスの研究に基づいている」作品とのことだが、非常に難解だった。さらなる解説パネルがほしい。

個人的に最も心に残ったのは《ロック 2,4,6》(2010年)。「人は自分の思い込みに合うよう事実を歪めてしまうという確証バイアスの研究に基づいている」作品とのことだが、非常に難解だった。さらなる解説パネルがほしい。

ちなみに本展の会期中にはキュレーターらによるギャラリーツアーをはじめ、ナイトミュージアム企画、子供向けワークショップ、怪談イベントなど、展覧会を楽しむための豊富な関連イベントが用意されている。トニー・アウスラーのつくり出す世界にさらに深く潜り、確かな手応えを得るためには、それらの企画を手掛かりにするのもいいかもしれない。本展はマルチメディアアート界の巨匠による、待望の大規模個展である。この貴重な機会をスルーせず、全力で向き合うことこそがアートファンの使命なのではないだろうか。

『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま〜魔術・メディア・アート〜』は TOKYO NODEにて2026年9月27日(日)まで開催中。

文・写真=小杉 美香