一般社団法人「トランスレーション・マターズ」という団体がある。戯曲翻訳者による企画を発信・実現する目的で、2021年6月に設立され、現在、理事(ディレクター)として、小川絵梨子、常田景子、小田島創志、広田敦郎、小山ゆうな、髙田曜子、木内宏昌(代表)が参加している。これまで翻訳研究会、リーディング、トークセッションなどの活動を積み重ねてきた。そして、この10月にいよいよ上演プロジェクト第1弾としてユージン・オニールの最後の作品『月は夜をゆく子のために(A Moon for the Misbegotten)』を予定している。「トランスレーション・マターズ」の言い出しっぺの広田、本作を演出する木内、そして戯曲の読み合わせに参加し、主演のジムを演じる内藤栄一に話を聞いた。
奥より左回りに小田島創志、常田景子、小川絵梨子、広田敦郎、髙田曜子、小山ゆうな、万里紗
――まずは「トランスレーション・マターズ」の意義と意図を改めて語っていただきたいんです。
広田 翻訳は大事だということを喧伝するために立ち上げました。コロナ禍の始まった2020年から21年にかけて上演の仕事がほとんどなかったこともあり、文化庁の継続支援事業を受けて、自分のためだけでなく、周りの人とも共有できるようなことをしたいと考え、僕の訳した戯曲(テネシー・ウィリアムズ作『パレード』──「西洋能 男が死ぬ日」 他2篇/而立書房所収)をほかの翻訳者の方々に読んでもらい、議論してフィードバックをいただく会を何回か実施しました。出版済みではあったのですが、上演を経ていない翻訳なので、心残りな箇所が多々あり、練り直したいと思っていたんです。翻訳者はそれぞれ大事にしていることが違うので、互いにそれを共有し、いい翻訳をつくるために必要なものを探ろうということなんですが、何より自分の勉強のためでした(笑)。翻訳者は一人で作業している時間が長いので、ほかの方々とアイデアを共有し合う場をつくりたかったんですね。団体化の言い出しっぺは木内さんです。
木内 広田さんに仲間に入れてもらって、「こういうことをやりたいね」ということを相談しましたね。広田さんも僕もtptという場にいて、デヴィッド・ルヴォー、ロバート・アラン・アッカーマンら錚々たる演出家の現場で学んだことは、僕自身の翻訳劇との出会いでもあるんです。プラス、その後に経験したことを含め、翻訳劇をこれからどうやって上演していけるのかについて、翻訳をつくるところから考えていけたらと思ったわけです。
広田敦郎(右)と木内宏昌
――翻訳という仕事に、どこか陽が当たらないという思いがあったんですか?
広田 いえいえ、陽は当たっているんですよ。松岡和子さんがシェイクスピア全訳を終えられたときには、演劇界の外でも大きなニュースになった。日本は翻訳者が尊重される国だと思います。出版でも表紙に大きくクレジットされますし、英語圏ではもっと軽視されているかもしれません。日本では国の発展に翻訳が伴走しているんだと思うんです。大昔は中国大陸から何か持ってきてローカライズするということが行われ、明治になると西洋のものを取り入れて近代化を進め、戦後はアメリカのものを取り入れてきた歴史を考えると、その中で翻訳は重要な位置を占めてきたはずです。ただ、それはそれとして、「戯曲の翻訳は今のままでいいのか」という疑問が僕には常にありました。翻訳の作業は始めるとどこまでも終わりがないものですし、「こうすれば必ず良くなる」という方法論もあるようでないようなところがある。ただ、ある戯曲を今ここで上演するというときに、どういう翻訳がいいのかを考えて、その考えも常にアップデートしていくことが大事だと思うんですね。
木内 トークセッションをやったときにいろいろなお客様が来てくださったんですけど、学生さんから「どうしたら戯曲翻訳者になれますか」という質問があって。でも僕らもそのための勉強をしてきたわけではない、道筋があるかもわからない、食べられるかもわからない中で、広田さんの言葉ですが、「稽古場で必要とされるスタッフになっていかないといけないんじゃないの」は翻訳者みんなが思っていることだったとわかったんです。でも、コロナ禍で最初に稽古場の人数を減らすときに外されるのも翻訳者だったりするんですけどね。「トランス〜」はたまたま小田島雄志・翻訳戯曲賞をいただいているメンバーが多いんですけど、小田島雄志さんは「僕が寂しく思ったのは演劇をつくる仲間でいられなかったこと」とおっしゃったそうです。戯曲翻訳者としては出版も大事ですが、やっぱり稽古場で役者や演出家に必要とされる演劇のつくり手になっていくことが大事なのではないかと強く思います。
――「トランス〜」で、いよいよ公演、目に見える形で作品づくりに至った喜びみたいなものはありますか。
広田 この作品はデヴィッド・ルヴォーさんの出世作なんです。イギリスで上演されて、そこからブロードウェイにも行った。読んだことはあるんですけど、難しいし、上演したらどうなるだろうとずっと思っていました。こういう形で、上演されることになってワクワクしています。
木内 ものすごくワクワクしてます。そしてとても興奮しています。
――『月は夜をゆく子のために』を選んだ理由はどういう意図からですか。
木内 提案したのは僕です。広田さんに「これやりたいんだけど」と聞いたらあまりニコニコしなかったんですけど、ゴリ押ししました。
広田 ニコニコしなかったですか?
木内 きっと昔に見たものがつまらなかったんじゃないですか?
広田 ははは! オニール作品全般を知っているわけではないのですが、上演のハードルはすごく高いと思うんです。リアリズム演劇の文体ができてそれほど年月が経っていないころに出てきた「アメリカ最初の劇作家」で、とても実験的な作家でもある。この本も長ゼリフが多く、それを生きた人間がしゃべるというだけでものすごくチェレンジングだと思いますね。僕はオニールを訳したことはありませんが、木内さんは3本目なので、もっといろいろご存知だと思います。
木内 僕はもともと翻訳家を目指してきたわけではないのに、自分のキャリアの中で非常に長い時間、オニールを訳しています。きっとやりたい気持ちになったんでしょう。オニールはノーベル文学賞やピューリッツァー賞をもらっているけど、実はあまり名ゼリフがないんです。オニールの作品は自然主義的に書かれていると思われていますが、いろいろな文学作品の寄せ集めなんですよ。『月は夜をゆく子のために』も、『櫻の園』や『テンペスト』がいっぱい入っている。もしかしたらイプセンも入ってるかもしれない。おそらく本人がこの作品が最後になることを自覚しながら書いているので、チェーホフやシェイクスピアの最後の作品を引用したんだと思うんです。そういう文学オタク的な面の集大成になっている気がして、それがわかったときに「トランス〜」の始まりにいいんじゃないかと思いました。彼がプロヴィンスタウンプレイヤーズに行って、オフブロードウェイ、そしてブロードウェイの作品になっていく道筋をつくることになった作家であるので、作家を見ながら作品を立ち上げていくこともできるのではと思いましたね。
――企画書には「翻訳監修 トランス〜」というクレジットがされていますね。
木内 本当はみんなで翻訳するところまで持っていきたかったんですよ。でもメンバーの皆さん、とても忙しい方々。試演会を7月にやったときに来てくださった常田景子さんに翻訳について意見をいろいろいただきました。タイトルを新しくつけようというときには広田さんがニコニコしてくださるまで何案も出しました。
――本当はそういうふうなつくり方をしていくのが理想なんですか?
木内 それはわかりません。でも広田さんがすでに出版した戯曲本を、みんなで読み直そうと言ってディベロップメントしたときに、できる翻訳者は勇気があるんだなと思い、それを見習いたかったんです。
広田 上演でうまくいく翻訳台本をつくるためには、稽古を経ないとわからないことがたくさんあるんです。そこが出版翻訳とは違う、難しいところ。役者さんに実際に読んで、演じてもらうことで、翻訳者がはっきり理解できていなかった物語の展開や、翻訳がうまく機能していないセリフ、つまらないセリフが見えてくる。現場でそういう発見をしていく作業を許してくれて、面白がってくれる演出家さんや俳優さんがいてくださると、とてもありがたいです。そういう場をつくるという点で、今回のプロジェクトは大変意義深いものだと思います。
木内 この作品は、オニールの最後の作品ですよ。でもアーサー・ミラーやテネシー・ウィリアムズに比べると、日本で上演されることはなかなかない。そして歴史的に重要な位置づけがされてしかるべき作品でありながら、読もうと思っても手に入らない。70年前に翻訳が出版されているんですけどね。だからそれを新たに訳すことから始めて、1年以上前に、広田さんや、内藤さんをはじめとする役者さんと昔の本を読むことから始めたんです。
内藤 去年の夏でしたね。
木内 それからキャスティングを始めて、内藤さんもいつの間にかジェイムズ・タイローン・ジュニア役になっていったんです。主役です。
内藤栄一(手前)
――内藤さん、翻訳ができる過程に関わられていかがですか。
内藤 木内さんと初めてお会いしたのは新国立劇場が若手劇作家を育てるために行っているワークショップでした。劇作家が書いて、ブラッシュアップしてきた戯曲を実際に俳優が読んでみるという最終段階の企画に参加したんです。劇作家ご本人もいらっしゃる場でディスカッションできた経験はすごく面白かった。木内さんはその作家さんが書いた言葉をどんな意図があって書いたのか、すごく掘ってくる人だという印象でした。そして『月は夜をゆく子のために』の稽古では、さらにその印象が強くなりました。木内さんは演出ですが、翻訳されたご本人でもあるので、なぜこの日本語にしたのか、すごく聞きやすい環境なんです。読んでいて知った気持ちになるのは危険なこと。実感を持ちながら稽古を進めていかれるのはすごく幸せです。生きている芝居にするために、日々稽古をしている感じです。
――『月は夜をゆく子のために』の翻訳をつくる過程のどの部分を担われたのですか?
内藤 僕は読み合わせに参加しました。70年前の古い訳を読んだんです。だから木内さんの新訳が上がってきたときの衝撃といったらなかった。とても読みやすくなっていて。
木内 その「読みやすい」という言葉は、広田さん嫌いだよ~。
広田 嫌いではないけど、僕はそれでしょっちゅう失敗します。読みやすくした箇所、わかりやすくした箇所に大事なモーメントがあったのを見逃していて、訳し直すことがよくあるんです。複雑で面白い機微があるのに、でこぼこを真っ平にならして訳してしまうみたいなことです。読みやすさというのは、あるレベルではもちろん大事なんですけどね。
――「読みやすさ」には僕も反応したのですが、マーティン・マクドナーのような世界観だなと思ったんです。
木内 なるほど。マクドナーってどこの国の人ですか?
――アイルランド人です。
木内 そこだと思います。オニールの両親はアイルランド人です。なので、オニールは自分のことを理解するには、彼をアイルランド人だと思ってもらわないと理解できないと言っているんです。アイルランド人から彼らの特徴を聞いたんですが、何かの感情にアクセスするスピードがものすごく早いんですよ。一つのセリフは一つのト書きで支配されることが普通ですが、この台本のセリフは一つのセリフにト書きが3つ、4つもあったりする。そういう心理的な規定を作家がしているので、それに役者がどう応えるかがこの本の面白さだと思います。そのためには挑戦がしやすいような言葉にしないと僕は思っていて、それを理解せず翻訳家の感覚だけで訳してしまうと、おそらく作家が求めている心理規定に追いついていかないのではないかと感じているんです。
――物語や演出家視点で感じる作品の面白さはどんなところにありますか。
木内 舞台設定が100年前で、書かれたのは70年前なのでパソコンも出てこなければ、携帯電話もスマホも出てこない。スピードやモヴィリティなどに支配されていない人間たちのやりとりが存分に味わえて、すごく楽しいんです。
内藤 生々しいですよね。
木内 けっこう生々しい。演劇って、人間はもっと怒っていいし、笑っていいし、悲しんでいいしということを伝える芸術のはずなのに、現代になればなるほどそういうものが疎外されていく。面白い戯曲に出会えた喜びがとてもあります。
内藤 月が出た夜の晩の話なんですけど、母が他界し遺産を相続することになった中年のジムと、その領地の小作人の娘で婚期を逃したかもしれないジョジーのラブストーリーです。キュンキュンとする物語ではなく、命がかかわったり後悔があったり、そうした要素が混ざり込んでいて、しかも若者のラブストーリーとは違う重要なアイテムとしてお酒が出てくる。このお酒がすごく大事で。演じている俳優として、酔ってそれを言っているのか、酔ったふりで言っているのか、本気なのかがわからないところがある。僕の演じるジムはアル中。僕もお酒は大好きなので、理解できるところがたくさんあるだろうと軽い気持ちで読み始めたら、そんな次元じゃなかったんです。でも内包している母親や父親に関する思いは、読んでいて「わかる」瞬間がある。思い出したくもない後悔や思い出を引きずって生きてるのが大人じゃないですか。
木内 おっしゃる通りです(笑)。
内藤 なるべく見せまいとしますよね。でも何かの拍子にこぼれ出てしまう。お酒のせいだったり、本当に愛している人の前だからこそつい出てしまったり。そういう要素が随所に散りばめられている。俳優は物語の展開はわかっているけれど、それをつもりでやってしまうと途端に面白くなくなってしまう。だから稽古の際も本当に緊張している必要があるんです。それがうまくハマったときに実感としてすごく面白いと思えるんです。やっぱりそれを本番に乗せたい。そして共演者の方々のエネルギーったらないんですよ。
――ジムと向き合うジョージは本を読んだところでは体が大きくて、力強い印象でしたが、キャスティングされたお二人はむしろ逆のイメージです。
内藤 いやいや、ダブルキャストの毛利悟巳さん、まりゑさん共に可憐だし、華奢だし、お茶目ですけど、巨大に見える瞬間があります。ものすごい力強い女性たちですよ。
木内 オニールの作品はエンタテインメント作品が上演されてきたアメリカの歴史の中で、それまでの作家が書かなかったテーマにチャレンジしていて、その多くが上演禁止に追い込まれています。『月は夜をゆく子のために』も、初演時には母性を冒涜しているという理由で上演禁止になっている。女性の性欲も扱っているからでしょう。まだタブーだった時代の片鱗が残っているし、自分自身の兄の死を描いているので、オニールらしい暗さが底辺には流れています。ただ表面的には、人間は孤独なまま死んでいくことはないという強い願い、祈りを込めて描かれた作品と言うことができます。
内藤 僕はこの作品に、これが最後という思いで挑みます。芸術に携わっている人たちはみんなおそらくそうですよね。必死に挑むにふさわしい作品だと思うから。
木内 がんばりましょう!
――広田さん、木内さん、「トランス〜」についてどんなお考えがありますか。
広田 勉強会から始まっているので、それを発展させられたらと思っています。上演にこだわらず、誰かが作品を訳して、それを題材に自由に議論できるような場を持ちたいですね。そのプロセスで、作品を面白いと思った方が手を挙げて、上演につながることがあればうれしい。あと、みんなが興味を持つ現代の新作も大事ですけど、古典を新たに訳していくことも重要だと思います。新しく書かれる戯曲のほとんどは、それ以前に書かれた多くの作家や作品の影響を何らかの形で受けていますし、上演が重ねられて定番とされているテキストを新しい角度から見直す作業は、結局新作の読解に役立つことを多く教えてくれると感じます。
木内 僕はいろいろな方が参加できるようになればと思いますね。小山ゆうなさんはドイツ語だけど、ほかの言語の翻訳家さんにも広がってほしい。同時に上演の機会もできるのであれば生かしたい、と考えています。やっぱり上演され、再演があり、見ていただく機会がないと新しい訳も定着していかないじゃないですか。劇場から学生が減っている感覚を持っているので、学生に来てもらえるような作品を生み出したいと思います、それも硬軟交えた内容のものを取り上げていきたいですね。
取材・文:いまいこういち