演劇集団キャラメルボックスが2012年に初演し好評を博した舞台『無伴奏ソナタ』が、2024年夏に初のミュージカル化。東京・サンシャイン劇場と大阪・森ノ宮ピロティホールでの上演が決定した。
アメリカの作家オースン・スコット・カードの短編小説を基に、これまでの舞台版も手掛けてきた成井豊がミュージカル版の脚本・演出・作詞を、ソロプロジェクトONCEとして活動する杉本雄治が音楽を務める。さらに、ミュージカル界の実力派キャストとキャラメルボックスの人気俳優陣とのコラボレーションにも注目が集まっている。
本作の稽古期間が始まる前に、主演のクリスチャン役・平間壮一とギレルモ役・大東立樹に作品への意気込みを聞いた。二人はこの日が初対面だったそうだが、お互いの話を柔らかい表情で聞く姿が印象的で、終始リラックスした雰囲気のインタビューとなった。
『無伴奏ソナタ -The Musical-』
すべての人間の職業が、幼児期のテストで決定される時代。 クリスチャン・ハロルドセンは生後6ヶ月のテストでリズムと音感に優れた才能を示し、2歳のテストで音楽の神童と認定された。そして、両親と別れて、森の中の一軒家に移り住む。そこで自分の音楽を作り、演奏すること。それが彼に与えられた仕事だった。彼は「メイカー」となったのだ、メイカーは既成の音楽を聞くことも、他人と接することも、禁じられていた。 ところが、彼が30歳になったある日、見知らぬ男が森の中から現れた。男はクリスチャンにレコーダーを差し出して、言った。 「これを聴いてくれ。バッハの音楽だ……」
もしも『無伴奏ソナタ』の世界で生きていたら
ーー初めて本作の台本を読んだときにどんなことを感じましたか?
大東:まず、言葉に言い表せないという感覚がありました。僕は作品に触れたときに心の中でいろんなことを考えるのが癖なんですが、今回は全く整理がつかなくて。お話の難易度が高いのかもしれないですが、それ以上にこの作品がすごく特殊だからなのかなと思いました。それが正直な第一印象です。
平間:台本を読み終えたとき、最初に“幸せって何なんだろう”と思いました。僕の家族は「やりたいことが見つかったなら学校は休んでそっちをやりなさい」という行動的な人たちだったんです。でも、一般的には小学校や中学校は卒業するものでしょう。それは義務教育だからですが、「じゃあその義務って一体何? 誰が決めたの?」と小さいときから思うことはありました。この『無伴奏ソナタ』は新しいルールの世界のお話。こういう世界が本当にあったとしたらと思うとすごく不思議な感覚になったし、恐ろしかった。34年間生きてきたけれど、そのルールが100%幸せになれるものなのかというとそうでもないんだろうなと。幸せについていろんなことを考えました。
ーーもしも『無伴奏ソナタ』の世界で生きていて幼い頃の適正で職業を決められたとしたら、どんな職業に就いていると思いますか?
平間:何だろう? まあ頭を使う仕事は無理なので(笑)。
大東:それは僕も同じですね(笑)。
平間:……たこ焼き職人とか! 何かを極めた職人系になりたいかも(笑)。靴磨きのような地味な作業も好きなので、やってみたいですね。
大東:僕は人間が好きなんです。幼少期のテストでもそういう数字が出てたので、接客業だと思うんですよ。人の歌を聴くのが好きだから……カラオケの店員さん!
ーークリスチャンが自身のアイデンティティでもある音楽を禁じられてしまうというストーリーですが、ご自身にとってアイデンティティであり、禁じられたら一番辛いなと思うものは何ですか?
平間:難しいなあ……僕は逆に、アイデンティティを取り払っていく作業をずっとしてきたから。役者をやっていると、頑なに自分を持っているとできない役に出会うこともあるんですよね。でも一番取られたくないものはやっぱりダンスかもしれません。今回だって本当はたくさん踊りたいところですが、そこを取っ払って裸の自分を見てもらうので、そういう恐怖はいつもありますね。
大東:僕にとって一番嫌なのは、自分が今持っている正義感が禁じられることです。人に言えない大きな目標があるのですが、そのきっかけは正義感からきていて、かっこよくありたいとかエゴとかではない目標なんです。もしその正義感を禁じられてしまったら自分の一番の目標がなくなってしまうので、恐ろしいなと思います。
>(NEXT)それぞれが演じる役柄について
「ギレルモのクリスチャンに対する気持ちの強さが鍵(大東)」
ーー今回ご自身が演じる役柄についてはそれぞれどう感じていますか?
大東:僕が演じるギレルモは、とにかく明るい象徴でありたいと思っています。根本的にはダークな面がある作品だとは思いますが、その中でギレルモというすごく明るい性格の人物が舞台上で話している感じが好きなんです。キャラメルボックスさんの『無伴奏ソナタ』の映像も拝見しましたが、キャラクターを作り上げていらっしゃって素敵だなと思いました。もちろんそれを追っていくのではなく、演出家さんと話し合って僕なりのキャラクターを作れたらいいなと思います。
ーーギレルモはギター弾きの作業員ということで、劇中でギター演奏もされるんですよね。
大東:はい、ギター演奏は初めてなので、早く「ギタリストの手」を手に入れたくて絶賛練習中です。結構順調なペースだとは思いますが、このままだと出演できません(笑)。自分を叩き上げて頑張りたいと思います!
ーー平間さんが演じるクリスチャンはどうでしょう?
平間:キャラメルボックスの公演で多田直人さんが演じていた役なので、ご本人に役作りのヒントにしているものを伺ったんです。30歳にしてはすごく純粋で、大人なのに子ども過ぎるようなキャラクターに思えたので「そういう風に作っていたんですか?」と聞くと「そうだね」と。台本を読んで自分なりに役を捉えたときに、クリスチャンは適性検査でメイカーという職業が向いているだけで、本人がやりたいと思っているのかまではわからなかったんです。ロボットのように無心で音楽を作っている部分もありながら30歳まで生きてきた彼が、他の音楽を初めて聴いて心を知ったときが本当の0歳なのかもしれない。それから周りの人たちと交流して心を学んでいければいいのかなって。これはあくまで今の時点の想像なので、うまくいくかはわからないですけどね。
ーー以前クリスチャンを演じていた多田さんが、本公演ではウォッチャー役で出演されます。多田さんが近くにいるというのはいかがですか?
平間:いや〜、僕はすごく気にしちゃうだろうなあ(笑)。でも多田さんはすごく気を遣って「全然見ないし、全然好きにやっていいよ」とおっしゃってくださったので、楽しんで作っていきたいですね。むしろ「多田さんにはこれ思いつかなかっただろう」みたいな気持ちで臨もうと思います!
ーークリスチャンとギレルモの出会いは大きなポイントになってくると思いますが、お互いにとって相手はどういう存在ですか?
平間:クリスチャンにとってのギレルモは、背中を押してくれる存在。気持ち面で一歩乗らせてくれる人という感じですね。それはなんでだろうと思いますが、不思議と突き動かされちゃうんでしょうね。
大東:そこに僕がどう持っていけるかは、ギレルモのクリスチャンに対する気持ちの強さが鍵になると思っています。どうでもいいやつをなんとなく音楽に誘い込んだわけではないと思うんですよね。だから、ギレルモはクリスチャンのことを最初から意識しちゃっているというのが自分的には理想です。クリスチャンに対しての思いが強いんですよ。
ーーそれだけクリスチャンのことが気になるのは、音楽を通して何かしら感じるものがあったからでしょうか?
大東:おそらくそれがきっかけです。運命的なものも感じていて、それは恋愛ではなく人と人との繋がりとしての運命。そういうものを直感的に感じていてもおかしくないんじゃないかなと考えています。でも全然的外れかもしれないので、稽古場で演出家さんに聞いてみます(笑)。
ーー今回、成井豊さんの演出を受けるにあたってどんなことを楽しみにしていますか?
大東:お会いしたことはないのですが、キャラメルボックスさんの公演映像を拝見してお話ししたいことがいっぱいできたので、稽古場では誰よりも話しかけに行きたいと思っています。まずはお芝居で絶対にやっちゃいけないことから入っていって、一旦役作りを挟んで、ゆくゆくはプライベートまで……。
平間:プライベートまで!?(笑)
大東:僕、演出家という職業に対して憧れがあるんです。俯瞰して物事を見ないといけないし、自己満足で終わらせられない職業なので、僕自身そういう視点を持てる人間になりたくて。だから休みの日に何をしているのかとか、どういう女性がタイプなのかとか知りたいんです。そこまで聞くには好印象じゃないといけないので、まずは信頼関係を!
平間:リッキーって面白いね(笑)。成井さんには僕もまだお会いしたことがないんですが、原作のことを誰よりも愛して大事にする方だと聞いています。自分、「僕はこうやりたいんです」とか「こういうのどうですか?」とかオリジナリティを持っていっちゃうタイプの役者なので、大丈夫かなとちょっと心配しています(笑)。キャラメルボックスの『無伴奏ソナタ』を拝見したときに、劇団として演じ方の統一感みたいなものがあるからこそ、多少無理な設定があったとしても物語世界に生きている人たちがスッと入ってくるのが強みだなと感じました。今回、作品がミュージカルというさらに受け止めにくいものになったときに、僕たちがいかに説得力を持たせられるかが課題だなと。成井さんも初のミュージカル演出なので、その辺りいろいろ考えていらっしゃるんでしょうね。
>(NEXT)ミュージカル化で変わるもの
「ミュージカル化で想像力に音楽という武器を重ねて(平間)」
ーー本作は今回初めてミュージカル化されますが、お客様に伝わるものはどのように変わっていくと思われますか?
平間:お客様の想像力の中でそれぞれできていた『無伴奏ソナタ』が、もっと統一化されるのではないでしょうか。音楽が与える力ってやっぱりすごいと思うんです。雰囲気や想いといった目に見えないものが音として伝わってくるから、お客様の中の想像がより形になりやすいんじゃないかなあ。ミュージカル化で想像力に音楽という武器を重ねて、歌や音の高低も含めて感情を受け取ってもらうことで、よりわかりやすい舞台になるんじゃないかなと思います。
大東:ストレートプレイとミュージカルのどちらが良い悪いではなく、お客様が観たときに作品の愛し方が変わってくるんじゃないかなと思います。音楽や歌も含めて好きになってもらえれば、作品の捉え方自体も変わってくると思うんです。公演が終わってからももしかしたら・・・・・・あ、なんかすごいこと言いそうになっちゃった(笑)。あの・・・・・・例えばCD化とかあったらいいのになあって。そうしたら公演期間の枠を超えたお客様との繋がりにもなりますし!(公演関係者に熱い視線を送る大東さん)
ーーお二人は今回が初共演で今日が初対面ということですが、お互いにこれからの稽古や本番においてどんなことを期待されますか?
平間:このままでいてほしい!
大東:(笑)。
平間:本読み初日から「もうセリフ全部入れてきました。明日から立ち稽古いけます」みたいなのはちょっとやめてほしいな(笑)。
大東:絶対ないです(笑)。僕は今日の取材で平間さんと長時間ご一緒させていただいて、かっこいいなあって。尊敬する先輩としてこれからもずっと見ていくと思います。
平間:稽古場でいっぱい失敗するよ? ゲンナリしないでね。
大東:いやいや、ラフに話しているときや演じているときも含めてすごく素敵なお人柄と素敵な経験とが滲み出ているスター感があるというか。ちょっと話しただけでそういうところが伝わってくるので、すごく魅力的な方だなという印象なんです。
平間:稽古場でいっぱい恥ずかしい姿を見せるんだろうなって、覚悟します(笑)。
大東:全然想像つかないです(笑)。
平間:歌、上手なんでしょう?
大東:いや、ミュージカルの発声はまだ全然できていなくてポップスになっちゃうんです。
平間:かっこいいじゃん! 僕は高い音が苦手だから教わるね。
大東:え、でも歌めちゃくちゃ上手って聞きましたよ! 今回の出演が決まってたくさんの方に、「(平間)壮一さんめっちゃ歌うまいよ。すごい人と共演するんだね」って。
平間:怖いわあ〜(笑)。僕がいつも言われているのは「音楽の力を借りなさい」ということ。「芝居だと思って歌うのをやめなさい」って最近はよく言われるんだ。多分、僕たちは言われることが逆なんだろうね。二人の間くらいがちょうどいいんだろうなあ。
ーー最後に、これから始まるお稽古に向けて楽しみにされていることを教えてください。
平間:今回はキャラメルボックスさんとのコラボレーションということで、最初から劇団のようにとはいかないと思うんです。僕らも含めいろんな人たちがいるので、徐々にひとつになっていけたらなと。素晴らしい作品に力を借り、身を任せて一生懸命向き合っていけばいいカンパニーにもなるし、いい芝居にもなるんじゃないかなと思っています。ミュージカル版ならではの作品の世界観が生まれるように一生懸命稽古します。その完成が僕たちも楽しみです。
大東:僕はそんな稽古場での出来事を一瞬も逃さないくらいずっと観察して、みなさんの技術を全部根こそぎ奪い取って……って、キャラとズレたこと言っちゃいましたね(笑)。でもそういう気持ちです! 全部吸収したいと思います!
取材・文=松村蘭(らんねえ) 撮影=荒川潤